第15話 体育祭

 白川さんみたいな人がなんで悠のことを……。


 うち、立花梨花は大事な場面を目前に控えている。


 今は陸上競技高体連札幌地区大会の真っただ中、ここで勝って全道大会に進まなければならない。

 それに私は短距離専門。スタートの合図まで集中力を研ぎ澄まさなければならない。

 ……それなのに、どうしても考えてしまう。

 何故白川さんみたいな美少女が、悠のことを好きなのかって。

 もちろんそれに確信があるわけではない。

 でも悠も自分で言っていたし……。


「はい。では次の組の方、セットしてください」


 前の組が走り終わり、いよいよ自分の番が回ってきた。


「立花先輩! 荷物預かります!」


「あ、うん……」 


 ユニフォーム姿になるため、傍について来てくれていた後輩に上着とリュックを渡す。

 予め中にユニフォームを着てスパイクを履いているため、あとは荷物を渡すだけだ。

 そして前方100メートル先のゴールを目指して走りきるのみ。


「頑張ってください!」


「うん。ありがとう」


 そうして後輩は先にゴール先へと向かう。

 自分はスターティングブロックをセットし、一度スタート練習を終え、出発までレーンで待つ。


「オンユアマーク」


 一礼してスタートの姿勢に入る。

 考えても意味のないことは考えないようにしよう。

 今はこの試合に勝つことだけを考えるんだ。


「セット」


 お尻を上げる。

 数秒後、ピストル音と共に勢いよく走り出した。


 ☆


 月が変わり、6月になった。

 今月からは夏服も許可される。

 つまりあの分厚いブレザーを着なくてもよいというわけだ。

 しかもその場合、ネクタイまで外していい……最高だ。


 ……とはいえ、ここは北海道だ。

 6月でも肌寒い日はある。そんな日はブレザーが必須である。


 臨機応変に対応しなければな。


 そして6月といえば、皆お待ちかねの行事である体育祭が行われる。


 おそらくもうすぐ体育委員か誰かがその告知をするだろう。


 そんなことを考えながら、一人で登校していた。

 ちなみに今日はブレザーを着ている。


「おっはよ!」


 後ろから肩を叩かれた。

 無論翔太だ。


「そういやよぉ。梨花、全道決めたらしいぜ! しかも札幌で1位通過だってさ!」


「そうか」


 翔太と反対側にいた梨花と目が合う。

 何やら照れくさそうな様子だ。


「な、なによ。それだけ?」


「よくやった。えらいぞ」


「な、なんでそんな上から目線なわけ!?」


「別にそんなつもりはないが……」


「はいはいそうですかぁ」


 からかったつもりも何もなく出た言葉だったが、どうやら駄目らしい。


「まあまあ。ていうか、梨花だけじゃなくて今年の北平高校は凄いらしいぜ。他の色んな部活も全道ぼんぼん決めてるらしいぞ」


 翔太がその場を静めようとしたのか、話題を少しずらしてきた。


「確かにね。うちの陸上部も、他に全道決めた人大勢いるしね」


 腕を組みながら梨花は言った。


「俺らもなんかやるか? 悠」


「今から入ってなんとかなるなら誰も苦労しないだろ」


「そりゃそうだけどよぉ。ちょっとくらいのってくれてもいいじゃねえか。でも悠なら100メートルとかなんとかなるんじゃね?」


「いや、無理だな」


「そうよ。いくら学校で足が速いからってそれが大会で通用するかってなったら話は全く別物。それに今年の男子100メートルは大接戦だったんだから」


 梨花の言う通りだ。

 確かに俺はある程度走力に自信はある。

 でもそれはスポーツをやっていない人間としてであって、走ることをメインに活動している人間に勝てるはずがない。


「ちっ。二人揃ってよ。ちょっとくらいのれっつうの」


「まああんたは体育祭レベルで走れば活躍できるんじゃない?」


 何かと俺の走りを認めているような言い方をする梨花。


「そうか。今月は例年通りなら体育祭あんのか。てか去年、悠リレー走ってたよな」


 翔太は少し笑いながら俺の触れてほしくない過去に侵入してくる。


「あれは事故だ」


「事故ってなんだよ。リレーにでれるだけいいじゃん」


 俺が目立ちたくないことを知っているこいつだからこそ言えることだ。


「譲れるなら譲りたかったよ」


「それは嬉しいけど、クラス違ったからなぁ。てか俺自分のクラスでリレーでてたわ!」


「そうだった」


「今年はうちがいるから一位確定ね」


「うぉ! 流石梨花。任せたぜ!」


「ふん!」


 確かに、梨花はその辺の男子よりも速い。こいつが走れば、一位になれる確率は跳ね上がるだろう。


 それよりも……。


 今年はリレーに選ばれませんように。

 そう祈りながら学校へ向かった。


 ☆


 結局この日は体育祭の説明がされることはなかった。


 それよりも部活で活躍した人についての話が多かった。


 朝のホームルームでは、梨花が札幌で優勝したことや他の部活でも全道進出が決まったことなど……部活動の成績について色々な結果が霧島先生より報告された。


 そして6月の二週目を迎えた。

 いよいよあの行事についての説明がなされそうだ。


「――以上だ。そして今から、お前たちお待ちかねの体育祭についての話がある。体育委員、よろしく頼む」


 体育委員の男女が立ち上がって説明を始める。


「今年も体育祭の時期が迫ってきました。それに伴い、今週末の授業時間を用いて誰がどの種目に出場するかを決めます。なので各自、この後教室の掲示板に掲載する種目一覧表をみて、どの種目に出たいかを大体でいいので決めといてください。お願いします。当日は種目が記載された紙に希望する順番を書いてもらい、その場で集計するというかたちをとります」


 全て女子が話した。

 なんでお前は立ったんだ……と男子の方の体育委員に内心つっこむ。


 それにしても今年も紙に希望する順番を書く形式か。

 去年はそれで分布がめちゃくちゃになり、結局じゃんけんが採用された場面が多かったが、今年はどうなるのか。


 とりあえずこの後、今年の種目を確認しに行こう。


 案の定、ホームルームが終了した直後は……いわゆる陽キャが掲示板周辺を占拠しているため、俺のような人間はその場でタイミングを窺う。


 目の前の白川はすぐ観に行ったが……。


 しかし一瞬で戻ってきて再び俺の前の席に座る。


 そしてスマホに写真が届いた。


 種目一覧表だった。もちろん送ってくれたのは目の前のこいつだ。


『ありがとう』


『いえいえ。ていうか吉田君は何に出るの?』


 貰った写真に目を通す。


 A種目 1人1つ参加    B種目 1人2つまで参加可

 サッカー(男子)      大縄跳び    10人/クラス

 バレー(女子)       借り物競争   3人/クラス

 バスケットボール(男女)  男女混合リレー 8人/クラス

 障害物競走(男女)


 ※B種目については参加は強制ではないが、それぞれの種目の規定人数を満たすように組むこと。また男女比についてはリレーのみ1対1である必要があるが、その他は特に規定はない。

 ※バスケットボールは男子チームと女子チームを組む。

 ※障害物競走は男女比は特に定めない。どちらか一方のみでも可とする。


 去年と特に変化はない……と思ったが、B種目の借り物競争というのは例外だ。

 去年、この枠は玉入れだった。

 他は例年通りといったかんじか。


 ちなみにA種目というのは……体育祭自体は2日にかけて開催されるのだが、1日目の朝から2日目の昼まで行われる種目のことだ。

 この間は自分の出番以外は基本的に自由に過ごしてよいことになっている。


 教室で寝るもよし。誰かの応援に行くのもよしといったかんじだ。


 一方B種目は、2日目の午後から行われる種目である。これはA種目と違い、全校生徒がグラウンドに行き、決められた場所で応援しなければならない。

 一番盛り上がるといっても過言ではない。


 特に最後のリレーは凄まじい。


『そうだな。障害物競走が安全そうだ』


『安全って笑。でも目立ちたくないならいいかもね。リレーはでないの?』


『できればでたくないな』


『なんだぁ。去年走ってよね? しかも普通に速かった気がするんだけど』


『いや、多分俺じゃないな』


『もうちょいましな嘘つかないと笑 まあ本人がでたくないならしょうがないか。でも見たかったなぁ。吉田君のリレー走ってるとこ』


 去年、俺は体育祭のリレーに出場している。

 それは事実だ。

 でも何故こんな俺がリレーにでたのか、俺の性格的に一番目立つリレーなんかに出たくないのは普通ならわかるはずだ。


 しかし去年。

 リレーメンバーを決める際の参考にと、体育の教師が授業で100メートルのタイムを計測すると言ってきたのだ。

 しかも、そのタイムは体育の成績に反映すると言ってきた。

 成績はできるだけ良いものをとらなければならない。


 1年次のクラスには陸上部やサッカー部が多かった。


 だから本気で走っても大丈夫……だと思っていた。


 しかし、その時の俺は自分の才能というやつを見誤っていたらしい。

 

 授業後、クラスの男子のタイムが掲載された紙が配られた。

 なんと、その中で俺のタイムは2位だったのだ。

 しかも1位はサッカー部だった。

 陸上部なにしてんねんと思ったが、問題はそこではない。


 後日のメンバー決めで、俺は堂々とクラスの男子から指名され、晴れてリレーメンバーになったというわけだ。てんぱりながら断るのも意に反するので、今のようにクールぶってそれを受け入れた。

 まあ、それだけなら百歩譲ってよかった。


 しかしリレー本番、俺はアンカーに繋ぐという大事な場面で転んでしまった。

 先頭を走っていた俺のクラスは4位まで落ち、結果は3位だった。


『残念だが見れなさそうだな』


 リレーを走る気はないのでそう返答した。


『そっかぁ。残念。でも頑張ろうね』


『ああ』


 手を抜くつもりはない。障害物競走くらいは本気でやってやろう。


 謎に上から目線な俺だった。

 

 特に体育祭やりますという告知以外、この日は何もなかった。


 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る