第13話 生徒会選挙
数分後。
教室の前から、担任である霧島先生が入ってきた。
それと同時に、生徒は読書を始める。
朝のホームルームの前に、約10分の読書時間が設けられているのは珍しくないだろう。
先ほどまでの喧騒はどこへ行ったのかと思うほど、空気(吸わない方の)の切り替えが速い。
一部の人は課題に追われているのか、ものすごい勢い凄いでペンを動かし始める者もいた。
10分後。
読書時間が終了する。
「おはよう。今日も月曜とメンツは変わらないようだな。こうして登校しただけでも偉いな。お前たちは」
登校しただけでも偉い……こうして俺たちは高校に来ているが、クラスの4分の1くらいは月曜と今日を欠席しているのだ。
晴れてそいつらは10連休をものにしたというわけだ。
「それでは朝のホームルームを始める」
いつも通りホームルームが始まった。
「――以上だ。何か話のある生徒はいるか」
今日も特に何も無さそうだな。
そう思っていたのも束の間、一人の女子生徒が手を挙げた。
「はい」
「いいぞ」
「はい。選挙管理委員会からです。今年度の生徒会選挙の実施日が決まりました。それに伴い、立候補者の募集を開始します」
生徒会選挙か。
学校によって実施する季節は疎らだと聞くが、この高校は5月中に行っている。
まあ俺にはほとんど関係のない行事なんだが……。
「募集は来週の水曜日から三日間受け付けます。立候補を考えている人はその二日前の月曜日に実施する説明会に参加してください。選挙活動についての説明を行います。その他詳しい要項は一回ホールの掲示板に記載しているので各自確認しておいてください。以上です」
そう言って選挙管理委員の女子は着席した。
「今年も選挙の時期か。ちなみに私が受け持ったクラスの生徒から生徒会に入った例はない。誰か立候補してみてもいいんだぞ」
その言葉と同時に、先生の視線が俺と一瞬だけ合ったした。
いやいや、俺はやりませんよ……と心の中で答える。
「まあ。無理強いするものではないな。では今日のホームルームはこれで終わりだ。一日頑張れよ」
教室に「はーい」という声が響きわたる。
各々一限目の準備を始めだした。
「あ、そうだ。おい吉田、この後職員室に来てくれ。すぐ終わる」
ぺこりと頭を下げて分かりましたという合図を送る。
「おい悠。なんかやらかした?」
「いや、心当たりはないな。とりあえず行ってくる」
「お、おう」
そうして俺は授業の準備を一瞬で終え、職員室へと向かった。
「失礼します」
職員室は一階下の二階にある。
「おう来たか」
霧島先生は割と入り口近くの席にいた。
はいと言って、先生の机の近くに歩いていく。
「すまないな。急に呼び出して」
「構いませんよ。用があるなら言って下さい」
「そ、そうだったな。去年のことなんだが、お前学年トップの成績だったな」
「はい。それが何か?」
「知ってるだろ。進路通信」
「はい知ってます。一年で数回配られる、主に進路について書かれたプリントのことですよね」
「そうだ。その進路通信にな、今年度からは成績優秀な生徒の体験記というか……そんなものを書いてもらうらしい」
「そんなものとは……具体的に何を書けばいいのか皆目見当もつかないのですが……」
「それについては大丈夫だ。これから渡すプリントに何を書いてほしいか書いてあるからな。それがこれだ」
そう言って先生からはA4サイズのプリント……上に何を書けばよいのかが掲載されており、下には作文を書くときによく見る大量のマスがあった。それは裏面にまで及んでいる。
「期日は再来週いっぱいまでだ。できたら私に渡してほしい」
「分かりました。では失礼します」
「ああ……あ、そうだ吉田」
「はい」
その場を去ろうと踵を返したが、呼び止められ方向を戻す。
「お前生徒会に興味はないのか?」
「特にありませんねぇ」
「そうか。すまんな呼び止めて」
「いえいえ。あ、そうだ。俺も一つ聞いてみたいことがあったんですけど……いいですか?」
「ああ。構わないぞ」
俺は以前ふと気になったことがあった。
これを機に聞いてみることにする。
「先生のその話方とかって、演技ですか? 本来のキャラですか?」
「!? そ、そんなわけないだろっ! これが素の私だ」
先生は若干赤面しながら否定してきた。加えていつもより少し声のトーンが高い。
――普通に可愛いじゃんこの人。
「そうですか。俺の勘違いだったようですね。今度こそ失礼します」
「あ、ああ」
今度こそ俺は職員室を後にして教室へと戻った。
「ど、どうだった?」
自分の席へ戻るや否や、後ろからそう尋ねられた。
「いや、別に。これを書いてほしいらしい」
そう言って先ほど受け取ったプリントを翔太に見せる。
「ん? あぁ、進路通信のやつか。例年だと卒業生とかが書いてたのにな」
「ああ。でも今年からは他学年のことも載せるらしい」
「流石優等生君だな」
「黙れ」
「はい」
まもなく一限目が始まった。
☆
「――これで今日のホームルームは終わりだ。明日から二連休……羽目を外すなよ。では解散だ」
今日の学校はこれで終わっ……てない。
今日は放課後の教室掃除がある……面倒くさい。
当番である以上、まだ学校生活は終わっていない。
これを終えてから晴れて休みに入れるのだ……違うかな。
さっさと終わらせようと教室後ろの掃除箱から箒を取り出して掃除を始める。
「あ、悠。今日用あっから先帰るわ」
「ああ」
「じゃな! そうだ。宿題の件、明日か明後日でもお前の家行ってもいいか?」
「大丈夫だ。朝早い時間だけはやめてくれ」
「うっす! じゃあな!」
そう言って翔太は教室からいなくなった。
翔太みたいに、用がない生徒は教室から出て行ってほしいものだな。
半分くらいの生徒は教室に残ったまま、誰かと話したりスマホを触っている。
当番の邪魔になるから出ていけ……なんて言えないから、無言で掃除を進める。
掃除もいよいよ大詰め。
あとはゴミ箱のごみを誰が捨てに行くかを決めるだけだ。
「誰が行く?」
「んーじゃんけんでいいんじゃないかな」
「そうだね」
同じ当番だった女子がじゃんけんを提案してきた。
まあいいだろう。
「それじゃあ……じゃんけんっ!――」
正直、じゃんけんが大分運ゲーというのは理解している。
でも5人もいて俺が負けるとは……思わなかった。
なんか肝心な場面では運が味方してくれない気がする。
内心で文句を言いながらも、俺は大きなゴミ箱片手にゴミ捨て場まで来ていた。
ここは表からはなかなか見えない、せまい通路になっている。
ゴミ箱のごみを捨てるときは皆ここまで来て捨てる。
大きな箱を反転させ、ごみを捨てる。
さっさと戻って帰ろう。
そう思った時だった。
「す、好きです! 付き合ってください!」
俺が来た方向とは逆側の角から男の声が聞こえた。
俺も人間だ。
これは覗いてはいけないということは分かっているが、何となく気になってしまったのでそっと覗いてみた。
そこにいたのは見たことのない男子生徒と白川だった。
男は下を向きながら右手を差し出している。
「あ、ありがとう。でも――」
すまない。名前の知らない男子生徒よ。おそらく今からお前は振られる。
残酷なことを言っているのは重々承知だ。
「付き合うことはできないな。ごめんね」
「や、やっぱそうですよね。こんな根暗な僕なんかが白川さんみたいな方と……」
口調的に後輩だろうか。
それに、お前は自分を根暗と言っているが、そんなお前が告白した相手が恋してるのはお前よりも根暗だと思うぞ。
「いや、そんなことないよ! 思いはちゃんと伝わったし……ありがとうね。好きになってくれて」
「は、はい……よ、よかったらこれからは友達として付き合ってくれませんか?」
「うん! もちろんだよ」
「はぁ! ありがとうございます! ではまた!」
「うん。またね」
そう言って男子生徒はこちら側へ駆け足でやってこようとしたので、俺は空のゴミ箱をもう一度逆さにして捨ててる最中を演じる。
同時に男子生徒は俺の後ろを駆けていった。
数秒後。白川もやってくる。
「お、吉田君」
「ああ」
「掃除当番か。お疲れ様」
「お疲れ」
「もしかして……見てた?」
「なんのことだ?」
「私が告白されてるの……」
「ああ」
特に否定せず肯定する。
「み、認めるのはや! ちなみにあの子ね。後輩なんだって」
「そうか。お前の人気は学年には留まっていないってことだな」
「ま、まあそういうことなのかな……ていうかなんで覗いてたの?」
「たまたま告白の瞬間の声が聞こえてな。少し気になったってだけだ」
「そういうことか。つけてきたとかではないんだ……」
「なんでそうなる」
「いや、私が告白されるのを案じてつけてきたのかなって……そしていざとなったら割って入ってくる的な?」
「少しアニメとかラノベを控えた方がいいかもな」
「じょ、冗談だよ! でも心配しないで、私の思いは変わらないからさ」
「そうか」
「うん! じゃあまた月曜日ね!」
「ああ」
そうして白川は行ってしまった。
そうだよな。あいつは俺以外の男子には好意を抱かない……そうだ。
特に意味はないが、そう思い返して俺は教室へと戻った。
教室に着くと、当番の人は誰もいなかった。
普通捨てに行った人が帰ってきてから解散ではないのか。
まあ行ったのが俺だからというのもあるのかもな。
そう思いつつ帰宅の準備を済ませ、俺も教室を後にした。
そのまま帰ろうとしたのだが、なんとなく選挙の要項を見てみたいと思い、玄関でユーターンし、ホールへと向かう。
誰も掲示板を見ている人はいなかった。
さらっと目を通して見る。
「なあ
俺の隣に二人の男子生徒が並んだ。
二人とも野球部のユニフォームを着ている。
これから練習といったところか。
「もちろんだ。今年は俺こそが生徒会長にふさわしいと踏んでいる」
「流石ぁ。期待してるぜ!」
「ああ。生徒会長になったら勉強にも本腰をいれないとな。去年は学年二位しか取れなかったからな」
「確かに、あの吉田悠ってやつがずっとトップだったもんなってあぁ!」
「どうした」
「こ、こいつその吉田悠じゃね!?」
二人の視線が俺に向かってきた……ていうかこんな至近距離にいて気づいてなかったんかい。
「どうも。その吉田悠です」
「君が吉田悠か。初対面だな」
「そうだな。俺はあんたを前々から知っていたがな」
「俺もだ。こうしてここで会えたのも何かの縁かもしれない。吉田は生徒会に立候補するつもりはあるのか?」
「いや、興味ない」
「そうか。選挙結果で君に大差をつけて勝つことを今思いついたが、叶いそうにないな」
「そうだな」
「俺たちはそろそろ部活なんで失礼するよ。またな吉田」
「ああ」
そうして二人は玄関へと向かっていった。
あいつは
野球部では同じ二年生ながらエースらしい。
短髪で男らしい顔つき、イケメンというよりもかっこいいと言った方がいいのだろうか……いや、どちらも同義か。
そんな感じだ。
横にいたのは……知らないが。
深く考えても意味が無いので俺は帰宅した。
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