第12話 宿題
「ねえちょっと」
まだ眠いんだ。
もう少し寝かせてくれよ。
目は閉じているが、カーテンの隙間からの微量な日差しが朝であることを知らせてくる。
――ん?
待てよ。
俺はいつも基本的にアラームで起きることが多い。
妹が起こしに来ることがあるが、それは稀だ。
ましてや今日は休日だぞ。それはまずない。
まさかこの声……。
「いい加減起きなさいよ!」
その言葉と共に、被っていた布団が剝がされる。
目を開いた俺の視線の先に居たのは……梨花だった。
「な、なぜここにいる」
「はぁ? 昨日の夜メッセ送ったでしょ!」
そんなはずはないと思い、枕の横にあったスマホを開き確認する。
『明日行くから』
思い出した。
白川からのメッセージに返信した直後、通知が鳴ったことを……俺はあまりの眠気に抗えず、そのまま寝落ちしてしまったのだった。
「い、いや昨日は疲れててな」
「それはこれがあったから?」
そう言って梨花はスマホで例の写真を突き付けてきた。
「それは……別にデートとかではないぞ」
「はぁ!? こんな写真撮られてバックレる気? あんたたち、付き合ってるんでしょ!」
梨花が勘違いするのも無理はない。
この写真を見たら、大半の人はそう思うだろう……でも、俺と白川は付き合っていない。
「いや、俺たちは本当に付き合っていない。ただの友人だ。それはお前ならすぐ分かってくれると思うんだが……」
「そう思いたいけど……でも、こんなの見たら……」
「大丈夫だ。俺は嘘を言っていない」
「わかった」
どうやら信じてくれた……のか分からないが、そう思うことにする。
「一つ聞きたいんだが、その写真はお前が撮ったものか?」
「違う。昨日クラスの友達から送られてきた」
梨花が撮ったものではないのなら、おそらくこの写真はクラス中……いや学年、へたしたら学校中に広まってしまったかもしれない。
これはもうどうしようもない。できるだけ拡散されていないことを願うしかないな。
明日からの学校生活が思いやられる。
「なるほどな。ていうか、お前わざわざこれの確認のために来たのか? そもそも誰が玄関を通した」
「あ、茜ちゃんが入れてくれたよ。あとこれが本命じゃないし! 今日は宿題教えてもらおうと思って……」
茜のやつ、勝手に入れやがって……でも俺と梨花は幼馴染だ。それは茜にとっても同様のことで、あいつからしたら梨花は姉のような存在なのかな。
「あのゴールデンウィークだからと称して課せられた、分厚い冊子のことか」
何故か連休が最後まで続くわけでもないのに、数学のみ分厚い宿題を課せられたのだ。
休みで計算力が鈍るとか何とかで……俺たちは上位の進学校の生徒だぞ。そんな短期間で感が鈍るはずもないだろ……と思いながらも、俺はその宿題を初日で終わらせていた。
「そう。ましてや苦手な数学……一人じゃ到底できないから、学年一位のあんたなら終わらせてくれるかなって」
「終わらせるって……あたかも俺がその宿題をやるように聞こえるんだが、正解か?」
「そうよ。そのために持ってきたんだもの」
「教えるのは構わないが、それは少し無茶だな」
「冗談よ。教えてもらいながらやるから……早く準備してきたら」
「了解です」
なんでそんな上から目線なんだと思いつつも、俺はベッドから立ち上がり、朝の身支度を始めた。
「ここはこの公式をこう変形して――」
数分後。
準備を終えた俺は、さっそく梨花に宿題を教えていた。
朝食をとっていなかったから、片手に食パンを持ちながらだけど……。
「ねぇ」
「なんだ」
「白川さんって、あんたに気があるんでしょ?」
「どうだろうな」
明らかに確信があるといった様子で梨花は聞いてきた。
それもそうだろう。
梨花や翔太は俺が人と絡むのが好まないことを知っている。
そんな人間が誰かと出かけている……ましてや相手は女子だ。
俺の性格を踏まえれば、相手が俺に好意を持っていると考えるのは当然だろう。
「ああいうデートみたいなことをしているってことは、告白されたのか知らないけど……ちゃんと断ってないんじゃない?」
「そうだな」
「相手が可哀そうだと思うけど」
「そうかもしれないな。でも大丈夫だ。俺が白川を好きになることはない。だからこれ以上の関係になることもない。確かにお前の言う通り、白川は俺に気がある。でもあいつは俺と一緒にいるということだけにも喜びを感じている。そこは踏みにじる必要はないと思っているんだが……」
「いつからそんな他人を思うようになったのかしら。まあいいけどさ」
そうして再び止まっていた手を動かし、梨花は宿題を進め始めた。
約4時間が経過した。
「あぁ! 終わったぁ!」
やっと梨花の宿題が終わった。
確かにこれだけの量、数学が苦手な奴が真面目に一人で解いたもんなら……丸一日はかかるだろう。
得意な俺が教えても、こんなにかかるのだからな。
「もう14時かぁ。 帰ってなんか食べよっと」
そう言って梨花は終わった宿題を鞄へとしまい、立ち上がって俺の部屋を後にしようとした。
俺も使っていたシャーペンを筆箱へと戻す。
「あ、そうだ」
何か思い出したように、梨花は俺の扉の前で立ち止まっていた。
「うち今度高体連あるんだけど、幼馴染に何か一言ないの?」
そうか。
運動部に所属している人は来週、再来週あたりから大会を控えているのか。
「貴重な休日を削って宿題を手伝った幼馴染に対して何か一言ないのか?」
「ありがとうございました。はい、あんたの番」
なんだそのいかにも棒読みにしか過ぎない礼の仕方は。
「頑張れよ」
「ありがと」
そう言って梨花は今度こそ帰っていった。
☆
翌朝。
今年最後のゴールデンウィークの休みである二連休の前日、金曜日を迎えた。
いくら一日とはいえ、休日にサンドイッチされた平日は荷が重い。
面倒くさいと思いつつも、準備を済ませ学校へと向かった。
通学途中。
「おっはよう! 悠」
後ろから肩を叩かれた。
紛れもなく相手は翔太だ。
横には梨花もいる。
「ああ」
「まだ終わってないけど、休みどうだったぁ? そういや一昨日会ったよな!」
「そうだな」
この様子……どうやら俺と白川のことは知らないのか?
一瞬ばれていないのでは……と期待した。
「てかなんで白川とデートしてたこと言わなかったんだよぉ」
どうやら期待した俺が馬鹿だったらしい。
俺たちのことは筒抜けの様だ。
そりゃそうか。相手はあの学校一の美少女と名高い白川だからな。
神がいるなら、他の奴らの俺たちに関する記憶を消去してほしい。
「からかわれるかと思った、それだけだ」
「そんなんでからかうわけねえじゃん! むしろ白川みたいな子と付き合ってるならうらましいよ。でもそう言うってことは付き合ってないのか?」
「そうだ」
翔太はいつでも俺の味方だといった様子で話をする。
「なんだぁ……ならどうして一緒にいたんだ?」
「それは……」
反応に困った様子をする。
「まぁ言いたくないなら言わなくてもいいぜ」
「助かる」
翔太は人の気持ちを察することに長けているのか、普通ならここで問い詰める人間の方が多いはずなのにな。
「そうだ! あの数学の宿題終わったか? 全く進まなくてよ。教えてくれよ悠」
「別に構わない」
「やったぜぇ。これで間に合いそうだぁ」
「よかったな」
ふと翔太の居る方向とは逆を見てみる。
いつもと違い、今日の梨花は静かだった。
程なくして、俺たちは教室へと到着する。
後ろの戸を開け、中に入ろうとした。
「あぁ! 吉田ぁ!」
「やっぱ違うって!」
教室中から数多の視線が俺に向かってくる。
ここにくる途中も、いつもより俺に対する視線が多かった。
ていうか通常なら俺に注目する奴はゼロなわけなんだが……。
「とりま席行こうぜ悠」
「ああ」
内心けっこう緊張しているが、翔太の言葉もあり俺たちは自分の席についた。
まだ前の席は空いている。
白川はまだ来てないらしい。
リュックを開け、中のものを整頓しようとした。
「お前、白川と付き合ってるのか?」
「どっちから告白したんだ?」
「茜ちゃんと付き合ってるって本当?」
男女問わず、多くの人間が俺の机の周囲に群れる。
「いや、付き合ってない」
なんとか平静を装いつつ否定する。
「絶対嘘だろ!」
「だって一緒にプリ撮ろうとしてたんでしょ!?」
駄目だ。こいつらには俺の言っていることは響いていない。
これだから人間は嫌いだ。写真一枚で真っ先に思いついたことしか信じず、それを他人と共有する。本人たちに聞いたわけでもないのに……。
「おはよう!」
教室前方のドアから一人の女子が入ってきた。
白川だった。
「ねえ茜ちゃん!」
「お前たち付きあってるのか?」
今度は白川の元へと群れが移動する。
「ち、違うよ! 私たち別に付き合ってるわけじゃ……」
「噓でしょ茜ちゃん。だってここプリ撮るところだよ?」
「付き合ってるなら教えてよ」
もう無理だ。
この状況を静めるには、俺たちが付き合っているという……事実ではないことを認めるほかない。
そもそも白川にはあの写真は送られてこなかったのだろうか。
本人たちの裏で噂は広まったということか。
「てかなんで吉田なんだよ」
「あいつのどこがいいんだ」
今度は付き合ってるという前提で、何故俺なのかという質問に切り替わった。
でもこれはそうだ。付き合ってるというのは誤解だが、仮に付き合っていたとしても、相手が俺なのは皆疑問に思うだろう。
「それってどういう意味?」
笑って誤魔化していた白川の顔に影が差す。
「いや、お前みたいなやつが吉田と付き合うって……なくね?」
やはりこれに関しては俺も否定できないな。
「言ったよね。私たちは付き合ってないって。それに、仮に私たちが付き合ってたとしても、それを誰かになんか言われる筋合いなんてないと思うんだけど!?」
これまで見たことのない表情、口調で白川は答える。
昔なら人に反論なんてもってのほかだったはずだ。
それを……ここまで変えたのは、やっぱり俺なのか。
そんなことを考えていると、後ろにいた翔太が凍り付いた空気を察して皆に言った。
「本人たちが否定してるんだからこれ以上聞く必要はないんじゃねえの?」
そ、そうだな……といった様子で皆自分の席へと戻り始める。
「ご、ごめんね茜ちゃん。無理に聞いたりして……」
「あ、うん。私もごめん。つい熱くなちゃって」
そうして白川も俺の前の席に座った。
スマホにメッセージが届く。
『ごめんね。こんなことになっちゃって』
『気にするな』
『ありがとう』
こうなることはある程度予測していた。
それを踏まえたうえで、俺はこいつの誘いを断らなかった。
だからこいつが謝る必要はない。
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