第8話 遅刻

 教室に戻りたいが一つ問題がある。

 屋上へと続く扉の前で、俺たちは突っ立っていた。

 

 先ほどこっちに入ってくる時は周囲に人がいないことを確認できたが、出て行くときはそれができない。


 俺は扉に耳をあてて向こうの音を聞こうとした。

 

 ――音はない。人気は無さそうだが……。


 授業が始まってしまえば誰もいないだろうが、それだと授業中の教室に二人で入ることになる。タイミングをずらしたとしても授業中に入る地点で二人で何かしていたといった疑いをかけられるのは必然だ。


「まあ開けても目の前にあるのは階段だし、流石に人は居ないと思うから大丈夫じゃない?」


「そうだな。俺が先に行く。少しタイミングをずらしてから白川も来てくれ」


「了解です!」


 そうして俺は扉を開ける。 

 幸い、目の前に人は居なかった。


 あとはさりげなく階段を下って行けば大丈夫だ。


 そう思い、俺は4階へと下り、3階へと続く階段を下ろうとした……。

 しかし3階から見覚えのある女子が上ってきた。


「あ、あんたここで何してるの? 部活にも所属していないのに……一年生に用でもあったわけ? しかも今、屋上に続く階段から降りてきたよね?」


 梨花だった。


「いや。たまには違う場所で昼食を食べようかなと思っただけだ」


「だから開かない扉の前で一人焼きそばパン食べてたってわけ? なんかきも……」


「他人からの評価は気にしていない」


 なんで焼きそばパンを食べていることを知っているのか気になったが、今は聞かないことにする。

 上から白川が来て梨花と鉢合わせなんてことになったらどうなるか分からない。


「あっそう」


 そう言って梨花は俺の横を通り過ぎて一年生のクラスへと入っていった。


 梨花は陸上部だったな。一年生に用でもあったのだろう。


 そんなことを思いながら、白川がまだ降りてこなかったことに安堵しつつ、俺は教室へと戻った。


 教室に入ると、颯爽と自分の席に着く。


 まだ時間が余っていたため、スマホをいじる。


 後ろでは翔太が友人と楽しそうに会話していた。


「お、悠! どこ行ってたんだ?」


「別に」


 翔太は友人たちとの会話から外れて俺に話しかけてきた。


「そ、そうか……てかさ来週の水曜空いてたりするか? 三連休だけどそこだけ暇でよぉ」


 流石は翔太。そこだけということはそれ以外は予定が入っているということだろう。友人が多いと大変そうだな。いや、こいつが特別なだけだろうか……よく分からんな。


 一方の俺は先ほどまで何も予定のないゴールデンウィークだったが……今は違う。

 

 けれど白川と出かける……なんて言えるはずもない。


「すまない。その日は予定があってな」


「まじかぁ。わかった。ありがとな!」


 そうして翔太は友人たちの輪へと戻っていった。


「なんで翔太あいつと仲いいんだ?」


 そんな言葉が聞こえてくる。

 言わずもがなあいつというのは俺のことだろう。

 確かに翔太のような陽キャが俺のような陰キャに見える人間と仲が良く見えることに疑問を抱くのは当然だろう。


「それは……まあ色々あったんだよ」


「よくわかんないけど、まあいいや」


 そうして彼らは話題を戻して喋り始めた。


 同じくらいのタイミングで白川が前のドアから入ってきた。


「お、茜ちゃん。 どこ行ってたの?」


「ていうか茜、その弁当袋大きくない?」


「もしかして彼氏!?」


 一部の女子がそんなことを言って盛り上がっていた。


「ち、違うよ。たまには違うところで食べたいなあ……みたいな?」


 笑いながらごまかす白川。

 そんな言い訳が通用するのだろうか。


「なんだー。言ってくれたら付き合ったのに……」


「ありがとう。今度は誘うから」


 ――通じた。


 そうして白川は俺の前の席に座った。

 俺には喋りかけてこなかった。

 その方が助かるのだが……。


 そして左手で持っていたスマホにメッセージが届く。


『なんかエモいね』


 相手は目の前にいる女子からだった。


『そうだな』


 そう返して、俺は次の授業の準備を始めた。


 ☆


 そうして迎えた水曜日。今日はあの白川と二人で出かける日だ。

 俺は休みの間、ずっとアニメラノベマンガを見ていた。


 待ち合わせは札幌駅の南口と呼ばれるところで11時となっている。


 現時刻は9時半くらいだ。

 札幌駅まではバスと地下鉄を合わせて1時間かからないくらいだ。

 あまり時間がない。


 本当は8時くらいには起きたかったのが、今日見る映画がテレビアニメの続編ということもあり、徹夜で1期と2期を見返していたのだ。


 俺は朝食をとらずにさっさと身支度を終わらせて、家を後にした。


 言わなくてもいいかもしれないが、俺の服装はパーカーだ。


 最寄りの駅へと向かうため、バスに乗っている時のことだった。

 LIMEでメッセージが届く。


『ごめん! 寝坊した。ちょっと遅れるかも……本当ごめん!』


 送り主は白川だ。

 もしかしたらこいつも……なんて考えながら……。


『了解』


 そう返信して俺は窓の外の景色を眺め始めた。


 なんやかんやで11時少し前に札幌駅に到着した。

 もちろん白川の姿はなかった。


 しかし流石はゴールデンウィーク。

 人の量がいつもと全然違う。


 いたるところが人で溢れかえっている。

 絶対に北平高校の生徒も大勢いるだろうと思った。


『もうそろ着く!』


 白川からメッセが届いたので「了解」と返信をして俺はスマホをポケットにしまう。


 数分後。

 

「ごめん遅れちゃってぇ」


 白川は俺の前に現れた。

 それにしても相変わらず似合っている私服だな。シャツの上に深緑のジャケット、下にはベージュ色で大きめのスカートのような物……なんとなく言語化できた。


 スマホで時間を確認すると、1分を過ぎていた。


「1分遅刻だな」


「こ、細かいなぁ。今日の映画のためにテレビシリーズ全部みたら全然寝れなくてさぁ」


「なるほどな」


 俺と同じだとは……まあ、メッセージの段階でなんとなくは察していたが……。


「じゃあ行こっか」


 そう言って白川は歩き始める。


 俺は特にプランを練ったり行きたいところがあるわけでは無いので、白川について行くだけだ。


「長い一日になりそうだな」


 小さな声で呟いてから、俺も歩き始める。


 まず俺たちが到着したのは映画館だった。

 今すぐ見るわけでは無いが、先に席を抑えておこうということらしい。


「お、案外空いてるねえ」


 券売機で目当ての映画の座席選択画面を開いた白川はそう言った。

 確かにこの人の量で、全体の3分の1ほどしか埋まっていなかった。


 ちなみに映画の時間は約4時間後の午後3時からだった。

 公開してから結構時間が経っているせいか、1日に二回しか公開していない。

 もう一つの方は朝一という人間離れした時間に公開しているため、俺たちはこの時間の方を観ることに決めていた。


「吉田君、どこに座りたいとかある?」


「いや。最前列とかでなければどこでも大丈夫だ」


 以前に公開して間もない映画を観に行ったとき、席が最前列しか空いていないことがあった。

 二時間弱の間、顔を上に向け続けて首が痛かった記憶がある。


「了解……じゃあ、ここにしよう」


 そう言って白川が選んだのは中心の中心、座席全体のど真ん中だった。


 次に支払いの画面がでてくる。

 俺は自分の分の金を財布から取り出し、入れようとした。


「ねえねえ。じゃんけんで負けた方が映画代ださない?」


「ああ。いいだろう」


 何を言ってるんだと思ったが、その勝負にのる。

 最強である以上、挑まれた勝負には勝たないといけない……まあ、じゃんけんは運が大半っていうのは置いといて……。


「いくよ」


「ああ」


「じゃんけんっぽ!」


 俺がグーで白川はチョキ。俺の勝ちだった。


「あぁ! 負けちゃったぁ! 言い出しっぺが負けるのはこういうことかぁ」


「俺はださなくていいんだな?」


「うん。私がだすよ」


 俺は手に取っていたお金を財布にしまう。

 少し申し訳ないと思ったが、仕方がない。俺は最強でなければいけないからな。勝負というかたちをとった以上は全力でやらないといけない。


 白川が二人分の支払いを終え、券が出てくる。


「はい。どうぞ」


「ありがとう」


 そう言って1枚の券が渡された。

 それを財布にしまう。


「時間までけっこうあるね。どうしよっか」


「任せる」


「そう? じゃあとりあえず色々なとこ見て回ろうか」


「了解した」


 そうして白川が先導するかたちで、俺たちは歩き始めた。

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