第7話 お弁当

 あれから2週間くらいが経過した。

 一応主人公とヒロインという関係が始まったけれど、特に何かイベントが起きることはなかった。


 唯一変わった点は……白川が「おはよう」とか「おやすみ」といったメッセージをLIMEで送ってくるようになったことくらいだろうか。

 まあ俺はそんなあいつのメッセージに対して「ああ」としか返信していないのだが……。


 いくらあいつが俺の最強主人公計画を知っているとはいえ、自分に好意を抱いてくれている人にそれしか返さないのはひどいかな。


 そんなことを考えながら俺は朝食を食べていた。

 今日は珍しく母が居て朝食を作ってくれていた。


 白米にスクランブルエッグ、魚、野菜。

 やはり母という存在が作る食事は栄養バランスも摂れて美味い。


「そういえばお兄ちゃん」


「なんだ」


 俺と反対の席で同じく朝食を食べていた妹に声をかけられた。


「この間観に行ったラブコメの映画、けっこう面白かったよ」


「そうか」


「うん。公開してけっこう経つから、観たいなら早めに行った方が良いかもよぉ」


「わかった」


 何故妹がラブコメなんて観ているんだと思う人は多いだろう。

 一応こいつ、茜は妹であり同じ屋根の下で暮らしてきた。


 だから俺のオタクというものが少なからず影響してしまったのだろう。


 グッズを集めたりとかは今のところはないが、面白そうなアニメや漫画はけっこう観たり読んだりしている……と本人から聞いている。


 俺にとってヒロインの茜、妹の茜……二人ともアニメが好きというのはなんだか面白いな。


 そんなことを考えていると朝食を食べ終わった。


「ごちそうさま」


 そう言って俺はリビングを後にする。

 

 部屋に戻る途中、ポケットに入っていたスマホが振動した。

 白川とあの関係を築いて以来、LIMEの通知はオンにしている。


 俺は立ち止まってスマホをポケットから取り出す。


 確認すると、白川からメッセージが届いていた。


『今日の昼食何も買わなくていいし持ってこなくていいから!』


 なるほど、今日の昼食はあいつの手作りというわけか。

 これで違ったらある意味面白いが多分そうだろう。


『了解』


 いつもとは違った返信をした。


 再び自室を目指し歩き始める。


 さっさと準備を終え、学校へと向かい始めた。


 ☆


 昼休み。


 前に座っていた白川はチャイムが鳴ると同時に、いつもより大きめな……おそらく弁当か何かが入っているであろう袋を片手に教室から出て行ってしまった。


 いつもなら俺はここで、昼休み前の休み時間に買っておいた焼きそばパンを食べ始めるのだが、今日はそれがない。


 もう少ししたら、LIMEでメッセージが届くのだろうと思い、俺は席についたままスマホをいじり始める。


 程なくしてメッセージが届いた。


『屋上に来て』


 屋上?


 俺は不思議に思った。

 アニメとかの世界では屋上に上がれるのが普通みたいになっているが、俺たちの高校は基本的に屋上は解放していない。

 屋上に繋がっている扉は閉鎖されて鍵がかかっている。


 どうやって行ったのか気になったが、とりあえず向かってみる。


 ――屋上へと続く扉の前に到着した。


 この高校は4階建てであり、上から1年生2年生3年生といった分け方になっている。


 今俺が来ているのは5階……とでも言えばよいのだろうか。

 一応屋上を5階とするならそういうことになる。

 目の前の扉を開けば屋上だ。

 ここまでは4階から階段で繋がっている。


 昼休みが始まって間もないからか、4階の廊下には人がいなかった。

 皆教室で昼食を食べているのだろう。

 一部の教室からは叫び声のようなものも聞こえてきた。


 入ってはいけない場所に入るのだから丁度いいなと思いつつ、本当にこれが開くのかという疑念を抱きつつドアノブへと手をかける。

 そして回しながら押すと……なんと開いた。


 そして屋上に入ると、そこには安全柵の下部分の壁が出っ張っている部分に腰を下ろして待っている白川がいた。


 左手で先ほどの袋を膝の上から落ちないように支えながら、右手には先ほどの扉を開く際に使ったであろう鍵をくるくると回していた。


「来てくれたね」


「ああ。まあな」


「分かってると思うけど、今日は吉田君のお弁当を作ってきたんだ。一緒に食べよ」


「わかった」


 そう言って俺も白川の横に座る。


 同時に白川は持っていた袋を開封し「はいどうぞ」という言葉と一緒に、俺に弁当をくれた。


「ありがとう」


 俺は手に取った弁当箱の蓋を開ける。

 そこにはザ・弁当といった普通の弁当があった……ある一つの点を除いてだが……。


「どう?」


「これ……必要か?」


 白米にはふりかけがかかっていた……それだけで終わればいいのに、さらにその上に海苔を切って作られた「LOVE」という文字があったのだ。


「そりゃあもちろん! 吉田君に私の気持ちは知られてしまっているわけだし、ヒロインなんだからこれくらいはね」


「そうか」


「うんうん! でも肝心なのは味だからね。食べてみて」


 そう言われて俺はふりかけのかかった白米を口に入れて噛む。


「美味いな」


「そりゃそうだよ。炊いたご飯にふりかけかけるなんて誰でもできるんだから……ほらほら、この唐揚げとか手作りだから食べてみてよ」


 そうして白川は自分の箸で俺の弁当から唐揚げを取った。


「はい。あーん」


「自分で食べるぞ」


「いいからいいから」


 もうこんなの付き合っているようなものではないか……まあ、誰もいないしいいか。

 そう思って口を開ける。

 唐揚げが口に入ってきた。それをよく噛んで飲み込む。


「どう?」


「美味いな」


「そう? やったぁ! 私も食ぁべよっと」


 そう言って白川は自分の分の弁当を開ける。


 そんな白川を横目で見ながら、俺は再び弁当を食べ始めた。

 

 10分くらいが経過した。

 俺たちは昼食という名の弁当を食べ終わっていた。

 弁当箱の蓋を閉じる。


「ありがとう。美味かった。これは洗って返すよ」


「いいよいいよ。私からの一方的なものだし、大丈夫だよ」


「そうか」


 白川は「はいちょうだい」といった様子で手を伸ばしてきたので、俺は弁当箱を返す。


「ごちそうさま」


「どういたしまして。今後もこういう日は連絡するね」


「わかった。あと何か話したい事とかあったら、今日みたいに人目のつかないところに呼んでくれたら大丈夫だ」


「了解!」


 そうして俺は安全柵の奥に広がるグラウンドを眺め始める。


「けっこう人増えてきたねえ」


「そうだな」


 グラウンドには先ほどまでは誰もいなかったが、今は違った。

 サッカーをしている人、ホームランを狙っているのか何度も飛んでくるボールを空振りしている人などと様々な生徒がいた。


「流石男子、体力余ってるなあ」


「ああ。俺には理解できないが……」


「そっか。最強主人公は無駄だと思っていることには体力も時間も割かないもんね」


「その通りだ」


 白川は笑った。

 こんな会話が成立するのは、おそらくこいつとだけだろう。


「あ、そうだ! 来週の3連休さ、一緒に映画観に行かない? 吉田君の都合のいい日で大丈夫だから。折角のゴールデンウィークだし、一緒にどこか行きたいなと思ったんだけど……」


 そうか。もうゴールデンウィークか。

 今年のゴールデンウィークは4月最後の金曜日から始まり、まず三連休……そして月曜が平日、再び三連休……金曜が平日、そして最後に二連休といったかたちだ。


 平日である来週の月曜と金曜を休めば、十連休になる。

 まあ学生に有給などはないが……使うとすれば仮病のみだ。


「わかった。俺はいつでも大丈夫だ」


 特に予定は入っていない。

 心配な点と言えば、俺がこいつと二人で出かけていることを誰かに見られることだ。

 休日に男女二人が出かけているのを見かけられるなど、勘違いされないはずがない。ましてや相手は白川だ。噂なんてものは光の如く一瞬で広まるだろう。


 ――でもまあ、それは俺がなんとかすればいいか。

 一応こいつはあれ以来、俺のことを知ったからか……皆の前ではほとんど話しかけてこなくなったし、会いたいときは現にこうして誰もいないところへ呼んでくれている。

 それに……なんとなくこいつの誘いは断りたくない、そう思った。


「本当!? じゃあ水曜日にしよう」


「了解だ」


「楽しみだなあ」


「ちなみに何の映画を見るんだ?」


「えっとねえ。今流行ってるラブコメのアニメ映画! もう少しで終わっちゃいそうだから」


「あれか」


 今朝妹が話していた映画のことか。

 実写じゃなくてよかった。それにあれは俺も観たいと思っていたところだからな。


「あと場所は札幌駅でいいかな?」


「ああ、問題ない」


「ありがとう! 早く水曜日にならないかなぁ」


 よりにもよって札幌駅とは……。

 あそこは北海道の代表駅かつ北海道最大の拠点駅である。普段でさえ人が多いのに、ゴールデンウィークとなればどうなるかは想像に難くない。


 絶対に誰かと遭遇してしまう気がした。

 あ、フラグを立てたわけではないぞ。


 でも仕方がないか。

 おそらくこいつからしたらデートみたいなもの。それで周辺のマイナーな映画館を選択するはずもない。

 人が多いことで逆にばれないだろうといった根拠もない理由で己を納得させる。


「一つ気になっていたんだが……」


「ん?」


「その鍵はどうやって手に入れたんだ?」


 俺は教室に戻ろうとしたが、その前に一つ気になっていたことを聞いてみた。


「それはー……企業秘密!」


「そうか」


「うん!」


 何となく分かったような分からないようなかんじだが、これ以上は聞いても教えてはくれなさそうなので聞かないことにする。


「じゃあ俺は教室に戻る」


「そうだね。じゃあ私も……」


 そう言って俺らは立ち上がって屋上を後にした。









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