第6.5話 友達
私、白川茜は今、ずっと思いを寄せていた男の子と一緒に、私の部屋でアニメを見ている。
今期の見てないアニメがあるから一緒に見ようなんて言ったけど、本当は全部見ている。
ただこの瞬間をもう少しだけ続けたかった。
一つの空間で二人きりになれたことなんて、これまでなかったから。
それに、以前私は夢のことは覚えていないって言ったけど……本当は覚えてる。
私の前から君が姿を消してしまう……そんな夢だった。
君は私のすぐ横にいる。
これが恋人同士だったら、手を繋いだりしているのかな。
そんなことを考えていると、顔に熱が籠ってきた気がしたので、私もコーヒーの入ったマグカップを取る。そして一口飲んだ。
……苦い。
本当はコーヒーは苦手だ。
甘くすればまだ何とか飲めるけど……やっぱりジュースとかの方が良い。
なんで彼と同じようにココアにしなかったのだろう。
少しでも大人に見られなかったのかな。
横目で彼を見る。
うん。やっぱり好き。
改めて彼への好意を確認する。
でもなんでだろう。
私が告白したとき、明らかに好きではないからといった理由だけで断ったようには見えなかった。まるで女子に興味がないような、もてないような……これも最強主人公とやらの何かなのかな。
少しだけ考えてみたが、その答えが出るはずもなかった。
ただ一つだけ分かったことがある。
それは、吉田君に彼女がいないということ。
もしこれでそれがいたなら、彼は俳優並みに演技が上手いと言っても過言ではない。
だから、せっかく主人公とヒロインになれたのだから……結末は二人が付き合うっていう物語にしたい……いや、結婚までいっても?
いやいや飛躍しすぎだ私!
まずは付き合うという目標をクリアしないと。
飛ばしすぎてしまった自分の考えを何とか止める。
こんな提案をしてくれたのだから、彼も無意識にどこかでそういった結末を願っているのかもしれない……流石にそれは考えすぎかな。
でも……。
私がこんなに人に対して積極的になれたのは……やっぱり君のおかげなんだよね。
☆
小学生2年生にして既に何回見た光景だろうか。私一人だけが自己紹介するというのは……。
私の家庭は転勤族だった。父の仕事の関係で、何度も引っ越しというものを経験している。
「はい。じゃあ自己紹介をしてもらおうかな」
優しい顔つきのおばあちゃん先生が私に向かって言った。
私は先生の目を見て頷く。
そして前方、男女30人くらいが座っている方へと視線を移す。
今回こそは噛まないようにしなきゃ……。
「し、白川茜で……す。お友達が出来たらう、嬉しいです。よろしくお願いします」
ダメだ。またやっちゃった。
一瞬の沈黙。
……しかし。
「よろしくな!」
「茜ちゃんっていうんだ! 可愛いね!」
今までの小学校で自己紹介をした時よりも明らかに目の前の光景が明るかった気がした。
今度こそ友達が出来そうな気がした。
そして迎えた……初めてのこの小学校での休み時間。
「なあなあ白川ってさあ――」
「茜ちゃんどこから引っ越してきたの?」
私の机の前にはたくさんの人がいた。
元々コミュニケーションが苦手だった私はあまり上手く皆の質問には答えられなかったけど、なんとか頑張って会話を続けた。
でもそれが続いたのも最初の時期だけだった。
数週間も経てば、私はいきなり他者のテリトリーへと侵入してきた部外者。
別にいじめられたりとかはなかった。
ただいつも通りに戻った気がした。寂しかった。
そんな中、私には気になっている男の子がいた。
私は一番後ろの廊下側の席に座っていたけど、その子は一人挟んで左の席に居た。
いつも一人で本を読んで、給食のときも誰とも会話をしない……まるで一人で何かと戦っているようだった。
そんなある日、休み時間のことだった。
一人の男の子が私の机の前に立ってきた。
顔を上げてその子の顔を見た。
そこに居たのは……私が気になっていた男の子、吉田君だった。
数秒目を見つめ合ったまま、互いに何も喋らない状況が続いた。
戸惑っている私の表情を察したのか……最初に喋ったのは吉田君だった。
「な、なあ……」
「な、なに!?」
再度数秒間の沈黙が流れる。
そして吉田君はこう言った。
「この本、面白いから読んでみてよ。良いなって思ったらアニメ版もあるから見てみてほしい」
そう言って私の手に渡ってきたのは一冊の本……ラノベだった。
表紙に映っているのは黒いコートを纏い剣を持った男の子と剣を持った女の子だった。
「あ、ありがとう!」
「礼なんていらない……あ、あと――」
少し照れ臭そうに、吉田君は他におすすめのアニメの名前を次々と教えてくれた。
「ま、待って! メモするから待って!」
私は一言一句逃したくなった。
彼の教えてくれたもの全部を、知ってみたいと思った。
それだけじゃない……今まで他の人とこんな趣味についてみたいな話もしたことはなかった。
「お、おう」
そして私は全てをきちんと一枚の紙にまとめた。
「こ、これ絶対読むし、全部アニメ見るよ!」
「あ、ああ分かった」
そう言うと、吉田君は自分の席へと戻っていった。
無論、ラノベは借りたその日に読んだ。
それからは、吉田君に勧められたアニメをひたすら消化する日が続いた。
当時は動画配信サービスなんて普及していなかったから母に頼んで何度も近所のビデオレンタルショップに連れて行ってもらった。
たまにマニアック過ぎたのか、当店では扱ってないと言われることのあるアニメもあったけど……。
母は嫌な顔一つせず私に付き合ってくれた。
そして言われたアニメを一通り見終えると、その感想とかを吉田君とずっと話していた。そしてまた新しいアニメを教えてもらうといったサイクルを、再び私が転校してしまう半年間くらい繰り返した。
吉田君にとって私はどんな存在かは分からないけど、少なくとも私の中で吉田君は初めての友達だった。
初めてだった。嬉しくて、楽しかった。
半年間誰かと喋るということがあったからだろう。
その後は自分から積極的に人と話すことが出来るようになっていった。
そしてどんどんアニメにもはまっていった。
でもそれと同時に……もう一度吉田君と会いたいという欲求も実っていった。
中学2年生の頃くらいだったろうか。
再び私は札幌に引っ越してきた。
だから、地元であるこの札幌の高校に入学すれば、もしかしたら会えるかもしれない……なんていう根拠もない思いにかけて北平高校を受験することにした。
一応吉田君の通っていた、私は半年間通っていた小学校から一番近いのが北平高校だった。
学力はそれなりに高いけど、私はもう一度会えるかもしれないという可能性に懸けて一生懸命勉強した。
まあ、オタクなだけあって……アニメとかラノベもちゃんと見ていたけど……。
そして私は無事に合格した。
父は、私が高校に入学すると同時に単身赴任になった。
クラスは違ったけど、初めて学校で君を見かけたときはとても嬉しかった。小学2年生以来だったけど、すぐに君だと分かった。
雰囲気も昔と変わらず、私の思っていた通りの吉田君だった。
すぐに話しかけたかったけど……何かが足かせになっていた。
それは……こうして高校で一緒になれた……。
だからクラスももう一度同じになれるのではないか……そしてそうなったとき、私は自分の思いをちゃんと伝えられるのではないかという、いわば余計な高望みのようなものだった。
そして私は吉田君に話しかけることなく、高校1年生としての時間を過ごした。
そうして迎えた高校2年生の春。
クラス替えの掲示板で君と同じクラスに私の名前を見つけた時、思った。
絶対に君にこの思いを伝えるって。
「おはよう。吉田君!」
数年ぶりに、やっと君に声をかけることが出来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます