第6話 2人の物語

「な、何を言っている!?」


 俺は思い切り動揺してしまった。

 なんとか平静を保とうとしたが無理だった。


 誰でもそうなるだろう。

 よほど女子という存在に慣れていなければ、こんな可愛い生物に告白?をされて動揺しないはずがない。


「言葉の通りだよ。私と付き合ってよ……ていうか、吉田君、話し方変えてたんだね。そういう普通の反応もするんだ」


「へっ!?」

 

 白川は徐々に俺との距離を詰めてくる。

 その差はわずか10センチほどになった。


「な、なんで俺なんかと……」


 俺は動揺のあまり、座ったまま後ろに倒れそうになった。

 なんとか肘で体を支え、完全に横たわらないように踏ん張った。

 

 白川は俺の上にまたがる形で近づいてきた。


「それは……」


 そうだ。こんな奴が俺を好きになる理由なんてあるわけない。

 現に白川も俺のどこが好きか言えていないではないか。


 そう思ったのも束の間、白川は再び口を開いて言った。


「吉田君は私にとってヒーローだからだよ」


「そ、それってどういう意味だ?」


「覚えてる? 吉田君が初めて私に声をかけてくれた時のこと」


「あ、ああ。何となくだが……」

  

 確かに朧気ながらには覚えている。

 クラスでぼっちだった白川に、俺は何故か声をかけた。


 哀れみでも抱いたのだろうか。

 いやそれは無い。仮にそうだとしたらこいつに失礼だ。

 何が俺を動かしたのかは今もわからない。


「あの時、私におすすめのアニメとラノベを紹介してくれたよね」


「ああ」


 そうだ。

 話しかけたはいいものの、話題につまった俺は当時はまっていたアニメとラノベをいくつか紹介したんだった。


「それ以来、私は紹介されたアニメを片っ端から見て、その感想とかをたくさん君と話した」


「そうだったな」


「嬉しかった。初めて友達が出来た気がした……まあ半年くらいでまた転校しちゃったけどね」


「そうだな」


 俺たちは体勢を変えることなく会話を続ける。


「その後もあちこちを転々としてたけど、君と友達になる前の私とは違った。自然に他者と話せるようになったし、友達もたくさんできた」


「よかったじゃないか」


 なるほどな。俺はこいつの人生の一つのターニングポイントだったってことか。


「で、でも……ずっと吉田君と話してた時のような……なんて言えばいいんだろう。ドキドキ感というか……そういうものを感じたことはなかった……そしてある時思ったんだ……私は吉田君のことが好きなんだって……いや、大好きなんだって。だから高校で名前を見かけた時、とても嬉しかった。それに今年は同じクラスにもなれた、だから今しかないと思ったんだよ」


「そうか」


 いつの間にか俺は平静を取り戻していた。


「だから私と付き合ってよ。吉田君が望むならそれ以上だって……」


 そう言って白川は俺から距離をとり、一番上に着ていた上着を脱ぎ始めた。


 ああ。普通の男子ならこんな可愛いメスに誘われて、断らない奴はいないだろう。このまま一線を越えて……そのまま付き合うのが普通だろう。


 でも、俺はこいつを好きではない。

 女子として見たことはない……というよりも見れない。


『あんたに女の子を好きになる権利はない。私もあんたを好きにはならない』


 昔言われた言葉が脳裏をよぎった。


「お、俺はお前と付き合うことはできない」


 気づけば白川の手を止めていた。


「ど、どうして!?」


「俺はお前のことを好きじゃないからだ」


「それなら付き合ってからでも……最初はお試しみたいな感じでもいいから!」


「それでも無理だ」


 そうすればいつか俺はいつかこいつを好きになってしまうだろう。

 でもそれは許されない。


「ど、どうしてもダメなの?」


「ああ。すまない」


「そっか」


 白川は落胆したような、諦めたような表情をみせた。

 そしてこの部屋を静寂が包み込む。


 数秒、いや数分くらい経過した頃だろうか。時間の流れが分からない。


 この静けさを破ったのは俺だった。


「だったらさ……」


「ん?」


「俺たち二人の物語をつくらないか?」


 何を言ってるんだこの人といった視線が向けられる。


「それって何か本を書いたりするってこと?」


「ちょっと違う。物語っていうのは……俺が主人公で、白川がヒロイン。そしてそれは形あるものじゃなくて、その……なんて言えばいいんだ」


「私たち二人の人生という名の物語……みたいなかんじ?」


「そ、そうだ。 これなら付き合ってるわけでもないし……どうかなと思ったんだが……」


「うん! そうしたい!」


 なんかお試しで付き合うのとあまり変わらない気もするが……。

 だから俺は条件を突き出す。何故か提案した俺が。


「ただしこれが認められるには条件がある」


「じょ、条件って何?」


「俺はとある理由で最強主人公というのを目指している。そしてそのために基本的には人前で目立つような行動はとりたくないし、誰かともあまり話したくない」


「うんうん」


 どう考えても分かりにくい説明なはずなのに、白川はなるほどといった表情で頷いている。


「だから、俺が最強主人公を目指すということに納得してくれるのであれば、この提案は適応される」


「それを受け入れたら、私吉田君と話せなくなっちゃうってこと?」


「いや、人前で話したいことがあったらLIMEを使ったり、どこか人の居ないところに呼び出してもらえれば大丈夫だ」


「なるほど! わかった!」


 まさか受け入れられるとは思わなかったが、俺の最強主人公計画は一歩進めたということだろうか。


「ていうか吉田君さ。その最強主人公っていうのはこの作品の主人公のこと?」


 そう言って近くにあった綺麗にラノベや漫画が陳列された本棚から、一冊のラノベを持ってきて白川は俺に尋ねた。

 その表紙には、俺が憧れた主人公が書かれていた。


「あ、ああ」


 想定していなかったオタク度によって少し驚いてしまった。


「やっぱり!」


「なあ白川。何故そこまでオタクになったんだ?」


 純粋に気になったことを聞いてみた。


 この部屋を見ただけでも、俺と同等……いやそれ以上のオタクを匂わせる。

 この部屋には抱き枕があるが、俺は持っていない……それ以外にも色々とあるが……。


「それは勿論、吉田君にアニメを紹介してもらってことが原点だよ」


「それは分かるんだが、何故ここまでになったのか気になったんだ」


「んー。アニメの沼にハマっちゃったって言えばいいのかな?」


 その一言で俺には伝わった。


 アニオタ……いやオタクになる瞬間というのは気づいたら既になっているものだ。

 例えば今まで買わなかったようなグッズに手を出すようになったり、自分にとっては当たり前だと思っていた知識が周囲にとっては当たり前ではなかったときなど……要因は様々だが、気づいたら沼っている。

 

 でもやっぱりオタクというのは、100人に聞いたら半分以上はマイナスな印象を持つだろう。

 俺は白川みたいな学校で一番可愛いような女子をオタクに染め上げてしまったことに対して……嬉しいような、その反面世の中に申し訳ないことをしたような気持ちで入り混じっていた。


「沼る……わかりやすい表現だな」


「そ、そう? 伝わったならよかったよ」


 再び暫しの静寂が訪れるかと思った。そしてそうなったら、今日はもう帰ろうと思っていた。


 しかし白川は続けて言った。


「ねえ。よかったら今期のアニメ一緒に見ない? ちょっと溜まってるんだよね。 どうかな」


「わかった」


「まじ!? やったぁ!」


 喜んだ様子を披露した白川はさっそく部屋にあるテレビ台の上にあったリモコンを取り、動画配信サイトを起動した。

 実際、俺は今期のアニメは放送時に視聴、リアルタイムでは見れなくても次の日には必ず見るようにしている。

 まあ、2,3話見て駄目だと思ったものは途中で切ることはあるけど……。


「じゃあ、さっそくこれから!」


 白川はそう言ってアニメを流し始める。内容はよくある幼馴染とどったらこったらといったラブコメだ。勿論俺は視聴済みである。

 

 気づくと白川は俺の横に座っていた。


 少し面倒ではあるが、付き合ってあげよう。

 一応俺たちは主人公とヒロインなんだからな。


 俺は先ほど一口飲んだココアの入ったマグカップを再び手に取った。

 

 


 


 



 

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