第5話 オタク

 翌朝。


 休日は朝10時くらいまで寝ているのが普通な俺だが、今日は珍しく朝7時に起きてしまった。

 何といったって、今日はあの白川とプライベートで会うんだからな。

 

 昨晩いつも通り寝ようとしたが、妙に緊張して中々寝付けなかった。

 やっと夢の世界に行けたと思ったら、今度はしっかりと夢の世界に入りきれていなかったのか、すぐ目が覚めてしまった。


 最強主人公を目指すのなら、人との付き合いなんかで緊張してしまってはいけないというのに……。

 

 とりあえず顔を洗いに行こうと、ベッドから起き上がり自室を後にした。


 顔を洗い終わり、何か食べようとリビングに向かうと、テーブルの前に座りながらスマホ片手にヨーグルトを食べている妹がいた。


「あ、お兄ちゃん。今日は早いんだね」


「ああ。そういうお前こそ」


「今日は友達と映画行くんだぁ」


「そうか」


 何も考えず冷蔵庫を開ける。

 最初に目に入ってきた菓子パンを手に取り冷蔵庫を閉じた。


「そういえば母は?」


「ついさっき帰ってきて寝ちゃったよ」


「そうか」


 そうして俺は自室に戻って菓子パンという名の朝食を食べる。


 ちなみにLIMEを開くと……。


『今日12時にゲーセン(大きい方)の前で待ち合わせで!』


 といったメッセージが届いていた。

 もちろん送り主は白川だ。


 ショッピングモールまでは通学と同じ時間がかかる。


 現在の時刻は朝8時前だ。


「ライトノベルでも読んでるか」


 独り言をつぶやきながら俺はテーブルに置いてあったライトノベルを手に取りページを開いた。


 ☆


 数時間後。


 丁度読了したタイミングでスマホを開いて時間を確認すると、時刻は11時を少し過ぎたところだった。


 遅刻しても嫌なので、まだ若干時間に余裕はあるが俺は家を出ることにした。


 ちなみに俺の外出時の私服は基本パーカーだ。


 約20分後。


 俺はショッピングモールに到着していた。

 このショッピングモールはとても大きく、白川の言っている通りゲーセンもあるし、レストランやカフェ、洋服屋など色々な店が入っている。

 俺の通う北平高校の生徒の半分近くは下校時にこのショッピングモールに行っている気がする。


 俺は白川の言う通り、ゲーセンの前で待機していた。

 休日の昼ということもあり、子供連れやカップルと思わしき二人、俺と同じようなソロプレイヤーらしき人など色々な人がいる。

 あ、でも今日はソロプレイヤーではないのか。


 予定の時間まであと10分ほどあった。


 俺はポケットに入っているワイヤレスのイヤホンを手にとり音楽を聴いて待とうした。


「ねえ、あの子めっちゃ可愛くね?」


「本当だ。彼氏とかいんのかな」


 近くにいた男二人組が何やらそんなことを言っていた。

 

 俺は男たちの視線を辿っていった。


「はろー! 吉田君!」


 そこには白川がいた。


「あ、ああ」


「何だよ。彼氏持ちかよ」


「あんな冴えないやつが?」


 男たちの言うことは当然だ。こんな子と俺が釣り合っているわけがない。

 まあでも冴えないと言われるのは今の俺にとっては褒め言葉ではあるかな。無気力感を演出できているわけだし。


 そんなことより、思いもよらぬ早い到着に一瞬戸惑ってしまったものの、何とか普通に返事をした。


 それになんだ。この私服姿は……。

 この間俺の家に来たときはラフな格好だったからあまり思わなかったが、今のこの服装は……白川の魅力をより引き立てている。

 俺はこういった服とかには疎いからこの服装を言語化することはできないが……。


「けっこう早い到着だね」


「そういうお前もな」


「まあ、私から誘っておいて待たせるっていうのも嫌だしねえ」


「なるほどな」


「それじゃあ行こうか」


「え、どこに」


「それは秘密。着いてきて!」


 そうして白川は歩き始めてしまった。


 一体どこに行くのだろうか。

 それと一つ気になったのは、昨日白川は臨機応変にいこうと言っていた。それにしては既に予定が決まっているかのような出だしだな。

 何か入念なプランでも考えたのだろうか。

 まあとりあえずはついて行ってみよう。


 俺は白川の後を追い歩き始めた。


 数分後。

  

 俺を行きついたのは、ショッピングモールの目の前にあるバス停だった。


 ???


 俺の頭に浮かんだのはおそらくこれくらいだろう。


 ショッピングモール待ち合わせでここから違うところに行くというのは予想していなかった。


「な、なあ。バスに乗って一体どこへ行くというんだ?」


 あくまで無気力感を演出して聞く。


「いいからいいから!」


 何がいいのだろうか。


 そう思っていると、俺たちの目の前にバスが到着した。

 どうやらこのバスはここが出発地点らしく、中には誰も乗っていなかった。


 並んでいた順にバスに乗り込んでいく。


 幸い人はそこまで多くなく、俺と白川は一番後ろに座れた。


 数分後、時間になりバスは動き出した。


 そしてそのバスは俺の家へと続く道とは反対へと進み始めた。


「白川、俺たちはどこに向かっているんだ?」


 もう一度聞いてみる。


「言っちゃったら面白くないじゃん!」


「そうか」


 そこまで教えてくれないのならばこれ以上聞くのはやめにしよう。


 俺は窓側に座っていたので、外の景色を見ながらボーっとした。


 約10分と少しくらいが経過した頃だろうか。


「ここだよ。吉田君」


「あ、ああ」


 言うとおりに俺もバスを降りる。

 しかし、周囲の様子を見て俺は困惑した。


 何故ならここは思い切り住宅街だからだ。


 もしかしたら、白川の行こうとしているところっていうのは……。


「こっちだよ。吉田君」


「わかった」


 とりあえず黙ってついて行ってみる。


 程なくして俺たちはひとつのマンションの前に着いた。

 結構な高さのある建物だ。12、13階くらいあるだろうか。

 周辺が一軒建てやアパートが多いからか余計存在感が増している。


「到着ー!」


「ここは?」


 答えは9割型分かっているが、聞いてみた。


「私の家! 今日は吉田君をここに連れてきたかったんだ!」


「なるほどな」


「へぇ。全然驚かないんだね」


「まあな」


 いや、内心は相当驚いている。

 そりゃそうだろう。白川ほどの女子が、関係の浅い俺のような、ましてや異性を自分の家に招こうとしているんだぞ。


 でも俺は最強主人公だ。

 平静を装いつつ、何かあっても自分で対処しなければならない。


「じゃ、入ろっか」


 そう言ってマンションに入っていく白川。

 俺はそれに続く。


「どうぞぉ」


「お邪魔します」


 白川の家に着いた。

 どうやら階は8階だったらしい。


 ドアを開けると、玄関のすぐ左には再びドアがあった。まっすぐ進んでいったらリビングに繋がっているらしい。


 他に人は居なさそうだ。


 靴を脱いであがらせてもらう。


「こっちこっち」


 と言って白川に案内されたのは、すぐ左にあったドアの前だった。


「ここが私の部屋なんだ」


「そうなのか」


「入って入って」


 こんな簡単に異性を部屋に入れてよいのだろうか。

 まあ入れと言われているのだから遠慮無く入らせてもらおう。


 俺はドアノブに手をかける。

 そして目の前の扉を開いた。


「…………」


 ん?

 ここは俺の部屋だろうか。


 いや、似ているけど違う。

 匂いとか……まあ色々と。


 そう。俺の目の前に広がる部屋はオタク部屋だったのだ。


「ど、どう? びっくりした? ひいちゃった?」


 扉を開けたまま呆然と立ち尽くしていた俺に白川は問うてきた。


「いや、全然……」


「そ、そう? よかった」


 少し照れくさそうに喜んでいるようだ。


「まあ入って座っててよ」


「ああ」


 俺はオタク部屋兼白川の部屋に足を踏み入れる。

  

 小さめの正方形のテーブルがあったのでそこの横に座る。


「何か飲み物いる? コーヒーとかココアとか」


「じゃあココアを頼む」


「おっけー」


 そう言って白川はこの部屋から出て行った。


 数分後。


 白川は両手にマグカップを抱えながら戻ってきた。


「はいどうぞ」


「ありがとう」


「いえいえ」

 

 白川は俺にココアを渡すと、俺の横に座った。

 距離は数十センチといったところだ。


 俺の前に置かれたマグカップの中には温かいココアが入っていた。ホットかコールドが気になっていたが、どうやらホットらしい。

 まだあまり気温も高くないから丁度いいな。


 そんなことを考えながらマグカップを手に取り、ホットココアを一口飲む。


 ……美味いな。

 

 普段は基本的に水しか飲まないから、久しぶりにそれ以外のものを飲むと美味しさのエンハンスがかかっている感じがする。


 一方白川が飲んでいたのはコーヒーらしい。


 俺がもう一度ココアを飲もうとした時だった。


 白川は手にあったマグカップをテーブルに置き、俺の方を見てきた。

 俺は飲もうと動かした手を止め、白川の目を見る。


 俺と目の合った白川は言った。










「ねえ吉田君。私と付き合ってよ」




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