第4話 お誘い

 白川を迎えたのは紛れもない大量のアニメグッズたちだ。


「ここ、座っていい?」


「ああ」


 ベッドの横に位置する正方形のテーブルを挟む形で俺たちは座った。

 

 そこから部屋は静寂に包まれる。

 それはそうだ。部屋に誘ったのは俺なんだから俺が話を切り出すべきなのだ。


「あ、あのさ」


 最初に喋りだしたのは白川だった。


「何だ」


「今日はごめんね。私眠くてつい寝ちゃって……それで……」


「いや、気にするな。何とも思っていない」


「そっか……」


 若干白川の表情が落ち込んだように見えたが気のせいだろうか。


「起きた時びっくりしたよ。女子たちが私の机の周りでものすごいざわついているんだもん」


「そりゃそうだろうな」


「どうしたのって聞いたら授業中に寝言で吉田君の名前叫んでたよって言われて……後ろ見てももう吉田君いなかったし……これは謝っておかないとなって思って……」


「何故謝ろうと思った、あと夢の中で俺はどうなっていたんだ?」


 率直に気になっていたことを問う。


「えっと……私のせいでからかわれたりしたら嫌だなとか……色々かな。あとどんな夢だったかは正直覚えてないんだよね」


「そうか」


「う、うん」


 再び静寂が訪れた。


「や、やっぱり私帰るよ。ごめんね、急にお邪魔しちゃって」


「そうか」


「うん」


 そう言うと白川は立ち上がり、扉の方へと歩いて行った。

 俺も立ち上がり玄関まで見送りに行こうとする。


 歩くのを止め、白川は扉の前で立ち止まった。


「あ、そうだ。よかったらLIME交換しない?」


 LIMEというのは広く普及しているSNSアプリのことだ。

 誰とでも簡単にコミュニケーションが図れる。


「別に構わないが……」


「やったぁ! じゃあ私のID言うね」


 そう言うと白川はポケットからスマホを取り出し、スマホをいじり始めた。

 俺はベッドの上にあった自分のスマホを手に取り、言われたIDを入力していく。


 ちなみに俺のLIMEには友達登録している人が4人しかいない。母と妹、そして言うまでもなく翔太と梨花だ。

 白川を入れれば5人か。


「よし。できたぞ」


「ありがとう! じゃ、また明日ね!」


 そう言うと白川は部屋から出て行った。

 何故か俺は玄関まで見送ることを忘れていた。

 いや理由は単純だ。


 ここで何故か今まで気づいていなかったことに気づいたからだ。


 ――何で白川は俺の家を知っているんだ?


 扉の前で立ち尽くして考えていると、妹が部屋に入ってきた。

 

「あ、あれさっきの人は?」


「今帰った」


「えっ!? はやくない? ていうかあの人名前なんて言うの? あとお兄ちゃんとどうゆう関係?」


 お茶の入ったコップ2つを両手に抱えながら、妹は俺に聞いてきた。


「名前はお前と同じ茜、苗字は白川っていう。関係は俺もよく分からんな」


「何それ。ていうか茜さんっていうのかぁ。あんな可愛い人と同じ名前なんて、なんか親近感あるなぁ」


「あっそ。晩飯食べるぞ」


「はいはーい」


 変に何か言われても嫌だし、白川の件は答えが出なさそうなので俺は話題をそらしリビングへ向かう。


 リビングに着き椅子に座る。


「今温めるね」


 そう言って妹は冷蔵庫にある炒飯を電子レンジで温め始めた。

 

 待っている間暇なのでさりげなくLIMEを開いてみた。何故なら先ほどID入力のために起動した際に、大量の通知が届いていたからだ。

 俺は普段LIMEの通知をオフにしている。だから起動しないとメッセージが来ているかを確認できない。


 ちなみに大量の通知の送り主は梨花だった。

 梨花とのチャットを開く。


『何逃げてるのよ!』


 何通もあったが、どれもこんな内容だった。

 言い訳を考えてる間に炒飯が目の前に用意されたので、返信をせずケータイを置く。

 いわゆるこれは既読無視だ。

 

 まあでも仕方ないだろう。

 食欲には勝てないということだ。


「いただきます」


 炒飯を頬張る。


 この日食べた炒飯は何か寂しさを感じさせるものがあった。


 ☆


 翌日。


 いつも通り登校している時だった。


「このやろう!」


 突如尻に強烈な痛みが走った。

 その衝撃のあまり、宙に飛んで行ってしまいそうだった。


 無論、俺の尻を蹴り飛ばしたのは梨花だ。

 梨花の横には翔太もいる。


 理由は分かる。


「痛いなあ。傷が残ったらどうしてくれるんだ」


「そんなんどうだっていい。あんた、昨日私の質問はぐらかすし、メッセも無視したでしょ」


 まあ、それしかないよなあ。


「それはすまない。ちょいと用事があってな」


「よ、用事って何よ……」


「そ、それは……」


 唐突に思いついた嘘なだけあり、パッと何を言おうか思いつかなかった。


「そういえばさあ、その用事に関係しているのか分からないんだけど――」


 翔太が急に割って入ってきた。


「昨日、放課後白川さんにお前の家の場所聞かれて教えたんだけど、ちゃんと会えた?」


 この時、一つの謎が解けた。

 しかし、同時に怒りの権化を呼びさましてしまったらしい。


「は……はぁ!? な、何で白川があんたの家に!? ってか家に入れたの!?」


 怒りの籠った、加えて驚いたような口調で梨花は言った。


「い、いや昨日のことを謝りたかったらしく……な」


「な……じゃない! 家には入れたの!?」


「入れた」


「はぁ!?」


 何をそんなにキレるのだろうか。

 俺と梨花はただの友人だ。

 それ以上でもそれ以下でもないはずなのに……。


「ま、まあ落ち着けよ梨花。白川さんは謝罪をしに行っただけらしいんだからさ」


 翔太が梨花を宥める。


「そうだ。別にそれ以外は何もなかったしな」


「ほ、本当?」


「ああ」


 実際それは事実だ。

 まあ……連絡先を交換したっていうのはあるが、言わなくても大丈夫だろう。


「今度私もあんたの家行くから」


 そう言って梨花は俺たちよりも先に行ってしまった。

 てか何故俺の家に来る必要があるんだ?


「俺らも行こうぜ。悠」


「そうだな」


 今日は二人で学校に到着しそうだ。


 ☆


 昼休み。

 

 購買で買った焼きそばパンを食べていた時だった。


 目の前の空いていた席に白川が座ってきた。

 同時に遠くで友人たちと昼食をとっていた梨花の視線がこちらに向いた気がしたが、気にしないことにする。


「吉田君、普段からそればっかり食べてるよね」


「ああ。コスパが良いんだ」


「そうなんだ」


「そういう白川は何も食べていないようだが……」


「あ、ああ……今日お腹の調子良くなくて……」


「なるほどな」


「そそ……あ、あのさ……」


 何か言いたそうだが、一体なんだろう。


「ん?」


「明日って暇だったりする?」


 明日は確か土曜日か。

 休みの日はアニメ鑑賞に浸りたいが、先週の休日に溜まってたのは消化してしまったからな。


「ああ、暇だが」


「まじ!? よかったら一緒にどこか行かない?」


「どこかというのは?」


「ま、まあそれは臨機応変にってことでどうかな?」


「まあ、いいだろう」


「やったぁ! じゃあ明日のお昼頃、すぐそこのショッピングモールに集合ね!」


「了解した」


「じゃね!」


 会話を終えると、白川は俺と話す前に一緒にいた友人の元へと行ってしまった。


 俺は再び半分ほど残っていた焼きそばパンを口に運び始めた。


 






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