第2話
「支度できた? もう引越し先が決まってるんだけど?」
あたしは今の旦那に軽く確認を取る。支度って言ったって。あたしはなにも用意することはない。
あたしたちが持ち歩くのは、このタンブラーと自分たちだけ。あとは上から指示された通りに動くだけだから、部屋にはなにも持ち込まないし、住人に顔を覚えられる前にすぐ引き上げる。
「おお。とっくに終わってらぁ。それより、報酬は?」
あたしは今の旦那にタンブラーを投げて渡した。旦那はタンブラーの中身を確認して、眉間に皺を寄せた。
「少ねぇなぁ。今時こんな汚れ仕事、もっと大金をはたいてくれないとやってられねぇぜ」
そう言いながら、一週間しか滞在しなかったアパートに鍵をかける。
チリ一つ残したらダメ。それが、暗黙のルール。
車に乗ると、旦那が助手席から声をかける。
「次はどこへ行くんだ?」
「次は、多分南の方。安心して。どうやら暖かいらしいわ」
そう言うと、あたしはシートベルトを付けるフリをして、旦那の胸にナイフを突き刺した。刃先には毒が仕込んである。そう、体の中から暖かい血が湧いてくるのがわかるでしょう?
あたしはそのまま車を走らせ、指定された波止場に辿り着く。
ああ、もう何人目の夫だったのかな?
助手席でみじめに苦しんでいる男の顔を見る。ああ、この人って、こんな顔をしていたんだね。今、初めて知ったわ。
「お疲れ、嬢ちゃん」
目の前から義父が、杖をついて歩いてくる。あれ? この爺さん、杖なんて使っていたかしら?
「どういたしまして。それで? 次は?」
「次は――、ない」
「え?」
杖の先からナイフが現れて、あたしは一週間一緒に暮らした男と同じになった。体の中を、これまで感じたことのない暑さが身体中を駆け巡る。
ああ、これで。
やっと、自由になれる。
もしも次に生まれ変わることができたのならば、その時は絶対にスパイなんてやらない。
つづく
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