第19話二日目

二日目




 朝目覚める。と、考えるのはゆかりのことだ。

 今日は元気かな?

 そう思って、俺はゆかりの前に来て彼女の部屋の扉をノックした。


「ゆかりいるか」

 そう言ったのに、ドア越しから聞こえてきたのは意外な声だった。

「にいさ〜ん」

 ドア越しから聞こえてきたのはゆかりの恨み節(うらみぶし)の声だった。


「起きてくるのが遅い!こっちは5時に目が覚めて、お腹ペコペコなのに遅すぎるよ!兄さん!」

「わかった、わかった俺の分もやるからそんなに怒らないでくれ」


「本当?」

「本当だ、本当?じゃあ、すぐに用意する」

「マッハでお願いね!」


「ああ!」

 俺はマッハで、パンをトレイに乗せて、一瞬考えたが、紙パックのコーヒーでマグカップにアイスコーヒーを作り、すぐにゆかりの部屋に届けた。

 ドアをノックする。


「ゆかり、遅くなってごめんよ」

「うん。まあ、早かったからよし、とする。さ、離れて」

「わかった」

 それですぐにその場から離れた。時刻は午前8時。朝の強い妹だな。

 やれやれ、俺の分のパン、買ってこないとな。

 俺は着替えを始めて、できたら財布をポケットに入れて外へ飛び出した。




 そして、昼食も終わり、午後2時ごろ。

 俺はゆかりの扉をノックした。


「何、兄さん?」

 扉越しに聞こえたゆかりの声はいつも通りで安心する。


「いや、元気かな、って思って」

「うん。昨日に比べて熱っぽさも無くなったし、意外に早くか回復しそうな気がする」

「それは何より」

 突如としてゆかりは声のトーンを落とす。


「兄さんはさ」

「うん」

「献身的(けんしんてき)だよね」

「それはどういうことだ?」


「いやさ、2年ぐらい前だっけ?私が風邪を引いた時もさ、献身的(けんしんてき)に介護してくれてたじゃない?」

「それはお互い様だ。去年俺がインフルにかかった時も献身的(けんしんてき)に介護してくれてたじゃないか?」

「そうだっけ?」

「そうだよ」


 それに俺たちは二人してクスクス笑った。

「自分でやった善行(ぜんこう)は思ったほど覚えてないんだな」

「そうだね」

「じゃあ、ちょっと具合を確かめたかったから。またな」

「うん。また」

 ゆかりは元気そうで何よりだった。




 午後3時。俺はゆかりに電話をかけた。ゆかりはすぐ出る。

『何?兄さん?』

「いや、何か欲しいものはないか?」

 それにゆかりは即答する。

『ハンバーグ!』

「いや、もっと野菜を摂る料理の方が栄養にいいだろう?」

 それにぺろっと舌を出す妹の姿が眼前にありありと浮かんだ。


『うん。そうだね。じゃあさ、カレーとかは?』

「カレーね。バンバンジーもつけていいか?やっぱり野菜を多く食べることが重要だと思うからさ」

 それにクスクスとゆかりは笑った。


『うん。いいよ。兄さん。ただ、病人だからちょっと贅沢(ぜいたく)したかっただけ』

「うん。わかってる。病状は変わらずか?」


『うん。熱っぽいけど、そんなに大したことはないよ。咳とかも出ないしね』

「わかった。じゃあ買いに行ってくるから」

 ゆかりはバターケーキのような甘すぎない甘さで言った。

『ありがとう。兄さん』




 それから食材を買ってきて、俺はゆかりの部屋の前に立った。

「ゆかり、おきてるかー?」

 すぐに声が聞こえた。

「うん」

「アイス買ってきたけど、すぐ食べる?」

 それにゆかりはわんこの口調でいった。


「うん。食べる、食べる!」

「じゃあ、部屋の前に置いておくからな。じゃあ」

「ありがとう。兄さん」

「いえいえ」

 それから、俺は食材を冷蔵庫にしまって、バンバンジーは置いといておいて、カレーの準備に取り掛かった。


 カレーは2、3時間なら寝かせておくことも可能だし、今は4月。春らしい陽気とはいえ、そこまで暑くはないので、さっそくカレーを取り掛かることにしたのだ。


 カレーが完了したところで、時刻は6時。次はバンバンジーに取り掛かることにしよう。

 すぐに終わり、バンバンジーを冷蔵庫に入れ、そして、俺はリビングで電子書籍を読むのであった。

 



 コンコン。

 俺はノックをする。

「カレー出来だぞー」

 それにマーガレットの黄色い声が響いた。


「わー、本当!?兄さん!」

 ドタバタとした声が出たのですかさず言った。

「だから、開けるなって」

 ぐっ、という声が聞こえた。


「お前、自分が、病人だということ忘れてるだろ?」

 しょんぼりとした声が聞こえた。

「若干(じゃっかん)」

 それに俺は苦笑する。


「じゃあ、カレーは扉の横に置いておくから。冷めないうちにな」

「はーい」

 カレーを扉の横に置いておいて、ふと俺は思い立った。


「お前、結構、大丈夫そうだな」

 にへへ、とハチミツのようなだらしない笑みが聞こえた。

「この調子だと軽い風邪の症状(しょうじょう)で回復するかも」

 それに俺は呆れたような口調で言った。


「まだ、2日目だぞ?4日目で体調を崩すかもしれないからな。よくよく療養(りょうよう)しておくように」

「はーい」

 

そう、釘を刺したら、わかっているのか、わかっていないのか、軽い声が聞こえた。

 俺もリビングに戻りカレーを食べた。

 ああは言ったものも、俺自身、妹の病状雨が悪化しなくてよかった、と内心安堵(ないしんあんど)していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る