第18話一日目

 1日目




 異変(いへん)がわかったのはその翌日だった。

 朝、眠気を堪え(こらえ)ながらリビングに行き、コーヒーを作っていると携帯が鳴った。

 相手はゆかりからだった。何事だ?と思って電話を出てみると。


『う、兄さん』

「おはよう、どうしたんだ?」

『ちょっと熱ぽい、頭がフラフラする。コロナかもしれないから。今日、病院に行ってみて検査してくるよ』


「わかった、俺も休むわ」

『なんで、兄さんまで?』


「コロナウィルスは感染(かんせん)しても症状(しょうじょう)が出ないことが一般的なんだよ。職場のみんなに迷惑かけられないから念のために俺も休むことにする」

『ん、わかった』

「部屋の前に朝食を置こうか?」

『お願い』


 あくびを噛み締めながら、俺はコーヒーにマグカップを注いで、トレイにそのカップと焼きそばパンを乗せて、ゆかりの部屋の前に置いて、ノックした。


「できたぞー。俺が離れたら開けて食べてくれー」

 ドア越しに声が聞こえた。


「うん、わかったー!ありがとう、兄さん」

「どういたしまして。では」

 俺は部屋から離れてリビングに向かった。


 内心では、確かに東京オリンピック株、フォルチュナ株のウィルスは強力だが、10代、20代の死者はそんなんでもない。せいぜい、0、01%ほどだ。


 ただ、分母が大きいから、ワイドショーではまた、若者の死者が!と騒ぎ立てているが、内心ではそこまで脅威とは感じられなかった。

 俺は眠気を堪え(こらえ)ながらメロンパンとコーヒーを食べ始めた。




『それで、葛城。お前の言いたいことはそれだけか?』

 課長に電話をして、課長はそう言ってきた。


「はい、職場の人にうつしては悪いんで、しばらく休みます」

 課長は黙る。

『わかった。それなら、病院に行ってPCRを受けなさい』

「それが、探したんだですけど、どこも予約が満席らしくて、1、2週間ほど時間がかかるらしいです」


 それに怒気を孕んだ(はらんだ)課長の声が聞こえた。

『いいから、1、2週間かかっても検査受けてこい!』

「了解です」

 俺は頷いた後通話を切った。そして、ゆかりに電話をかける。


「ゆかり、調子はどうだ?食べれるか?できるだけコンビニ弁当よりも栄養がつくものを食べた方がいいと思うんだが………」


『うん。そこまでひどくはないよ。食べ物もちゃんと食べれる』

「昼はうちで食べるよな?何か欲しいものがあるか?」

 それに、ゆかりは、うーん、と頷いた後いった。

『兄さんのトマトとツナのペペロンチーノ』

「わかった、作っておく」


『兄さん。今、部屋?』

「ああ」


『これから病院に行くから出ないでね。じゃあ』

「気をつけて」


『うん』

 それからゆかりは出て行った。

「さて」

 俺も準備をしないとな。




 午後一時が過ぎた頃だろうか?玄関に物音がしたので、俺は急いで部屋に篭った(こもった)。

 そのまま、おそらくゆかりだろうが、誰かが、ゆかりの部屋に開けて入って行った。

 俺はゆかりに電話する。


「今帰ったところか?」

『うん。長く待たされてしまったわ』

「そうか、もう料理は麺を茹でるだけなんだ。すぐするな」


『ゴホッ!うん、お願い』

 そして、パスタを茹でて、茹で終わった頃にパスタのお湯を水切りに捨てて、水切りに残ったパスタに、水で洗い、冷めた頃、塩とホワイトペッパーを少量かける。


 それを炒めた、いや、トマトとツナで煮た、という方が正解か。その煮た具材にパスタを入れて、やはり塩とホワイトペッパーを少量振る。


 そして、混ぜて、葛城流、トマトとツナのスパゲッティの完成だ。

 それと麦茶をゆかりの前に置いておいた。

 ドア越しに会話をする。


「ゆかりできたぞー。いつでも水のおかわりあるからなー」

 それにゆかりが答える。


「うん、お願い。一応鎮痛剤はもらったからまたお願いするね」

 出し抜けに俺は言った。


「コロナ、だったか?」

「うん」

「まあ、若者の死者はそんなに少ないからそう気を落とすな」


「うん。大丈夫。ちょっと熱っぽいだけで、私は結構平気よ」

「そうか。でも、療養(りょうよう)はしっかりとな」

「はーい。本を読みながら安静(あんせい)にしてまーす」

「うん」


 それで俺はその場から離れて、俺もパスタを食べた。

 それから妹から薬を飲むための水を支給したり、食器の洗い物などもした。


 そして、俺も部屋に戻った執筆作業(しっぴつさぎょう)をしていたのだが、午後3時ごろだろうか?俺の携帯に通話音がなった。

 見るとゆかりだった。俺は電話に出る。

「ゆかりどうした?」

 俺は至って冷静(いたってれいせい)だった。電話をできるということは元気であることの証拠(しょうこ)だ。だから、そんなに危機(きき)感は抱かなかったのだ。


『へへ、なんか手持ちぶたさで、今、時間ある?』

「あるよ」

『なんか話そうよ』


「なんかって言ったもな。あ、そういえば渡部、覚えているか?」

『ああ、あのふしだらなやつのことね』

「やつ、実は不倫が奥さんに発覚したらしい」


『まじ!ゴホッ!』

「無理しないようにな」

 しかし、興味津々(きょうみしんしん)の黄色い声が耳に飛び込んだ。


『ねえねえ、それよりも聞かせて!それでどうなったの?』

「ああ、かなり揉め(もめ)ているらしい。このままでは離婚(りこん)の危機(きき)になるかもしれないらしいよ」


 それにゆかりは大きな声でいった。

『へー!』

「それでさ………」

 それからしばらく四方山話(よもやまばなし)が続いた。




 パチパチ。

 パソコンを使って今日の分の執筆を無事終了させる。

「ふー、疲れた」


 もう、午後5時。そろそろ夕食を作らないといけない。

 俺は携帯のメールでゆかりに今日の執筆完了、と伝えた。そうすると彼女の方からすぐさまお疲れ様、との返信が届いた。


 このやりとりは、二年前ぐらいから続いている。一種の儀式だ。

 そうしたら、俺はあることに気づいてゆかりに連絡(れんらく)をした。


「ゆかりいるか?」

『うん、何?兄さん?』


「今病床が圧迫(あっぱく)してるだろう?もし中等症にもなればお風呂に入れないからさ、そうなった時に体を拭い(ふい)てくれる誰かに手助けをしてくれてた方がいいと思うんだ。その人の連絡(れんらく)と、その人の電話番号を俺の携帯に送信してくれないか?」

『了解』


 それから、彼女宛に送られた携帯に電話したところ、もう、大体の事情は聞いています、という女性の声が聞こえて、もし、中等症になって自宅待機になったらお願いします。と彼女に伝えた。

 ちょっとギャルっぽい口調で話す女性だった。


 それにはその彼女も心置きなく了承をしてくれて。俺は夕食にとりかかった。

 今日はキムチ鍋をするつもりだ。にんじん、白菜、大根、しめじ、えのき、豆腐、葛切り、豚肉を切り、順次、鍋に投下。煮込んですぐに完成した。


 それとご飯を装い。ゆかりの部屋の前に置いた。

「できたぞ、ゆかり」

 ドア越しに声が聞こえる。


「うん。ありがとう」

「どういたしまして。じゃあね」

 そして、俺も夕食を食べる。


 全部食べ切った時だった。携帯に着信音が鳴った。見るとゆかりからだ。何かあったんだろうか?

 不安になってすぐに出た。

「はい。何かあったか?ゆかり?」


 それにゆかりの息遣い(いきづかい)が聞こえる。何か、言葉を出そうとしたり、引っ込めたりを繰り返している(ことばをだそうとしたり、ひっこめたりをくりかえしている)。

 なんだ?何が起きたんだ?

 やがて出た言葉はこんな言葉だった?


『ねえ、兄さん、いい?』

「ああ、なんでもいいよ」

『聞いても笑わない?』


「もちろんさ?」

『実はさ………』

 ごくりと唾(つば)を飲んでゆかりの言葉を聞く。

 しかし、ゆかりから出た言葉は予想の斜め上(ななめうえ)をいくものだった。


『ご飯とおかずのおかわりいいかな?』

 しばし、思考停止(しこうていし)。

 そして、俺は大笑いをした。


『もう!笑わないって言ったじゃない!』

「はっはっは。ごめん、ごめん!」

『もう!』

 そう言ってプイッと顔を背けるゆかりの仕草が安易に想像(しぐさがあんいにそうぞう)できた。


「もう、食欲があることは何よりだ。新しくご飯を装うよ」

『うん。お願い』

「じゃあ」

『うん、また』


 俺は新しくご飯をゆかりのために装い。キムチ鍋もつけて。ゆかりの部屋の前に置いた。

 ゆかりの部屋の前には前の食器が置かれている。

 俺は新しい食器をその食器の横に置いて、ノックした。


「俺が離れたらいつでもどうぞ」

「うん。ありがとう。兄さん」

 俺は手袋を装着して、ゆかりが食べた食器を持って出て行った。


 そして、食器を洗って、手袋は捨てた。

 こんな時のために手袋は10個ぐらい買ってきた。

 まさかここで使うとは予想外だったけど、でも、ゆかりが元気そうで何よりだ。

 そう思いを馳せ(はせ)ながら1日が終わっていった。

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