第16話常識的に考えて………


 そして、年明けもゆっくり過ごすことができた。

 ゆかりも今年はコロナの影響で親戚同士集まるということもないから楽に過ごせていたし、俺がお勧めした本もゆかりには全体的に好評らしかった。ただ・・・・・・


「まあ、主人公がリアルな高校生だということはわかるけど、この美鈴さんがわからないな。普通の女子高校生でそんなに好戦的な性格でもないし、むしろおっとりと書かれているけど、戦闘のプロさながらの立ち回りをするじゃない?ちょっとあれ?って思うよ」


「まあ、それはラノベのお約束ということで」

 ゆかりは唇を尖らす。

「うーん。まあ、そういうことでいい、のかなぁ?」




 そんなこんなで年明けも終わり俺たちの出勤すること2週間ほど。俺は出勤してからある計画を実行に移そうと思った。


 そう、南さんにゆかりの婚活相手を紹介してもらおうという計画なのだ。

 南さんは一度は俺を侮辱したものの。今はなんだが丁寧に俺のことを接してくれるし、やはり産休、育休の手助けが効いているんだろう。


 ただ、慎重を要しなければならない。渡部(わたべ)に気づかれると後々で面倒くさいことになるからだ。


 杜崎(もりさき)さんを除くメンツでデスクワークをしている。

 その時、南さんが立ち上がった。

 確かなことはわからないが、おそらく、喫煙所(きつえんしょ)だ。これでも南さんはたぼこを吸うのだ。


 結婚前もヘビースモーカーだったし、結婚してから、うちで吸えない分。結構会社の喫煙所(きつえんしょ)で吸うことがよくある。


 だから多分、喫煙所(きつえんしょ)だと思う。

 俺も立ち上がる。


「ん?どうした葛木(かつらぎ)?」

 渡部(わたべ)が声をかけてくる。

「トイレだよ」


「そうか、なら、帰りのついでに缶コーヒー買ってくれねえ?」

「ああ、分かった。他にも欲しい人はいる?」

 みんな無反応。しかし、その中で手を挙げるものがいた。


「あのミルクティー買ってもらえないでしょうか?」

 南さんだった。おずおずとした様子で上目遣い(うわめづかい)でこちらを見ていってきた。

「分かった」


「ちゃんと手は洗ってくださいね?」

「俺は小学生じゃないっちゅーの」

 それに南さんはクスクス笑った。


 そのまま俺たちはフロアを出る。

 トイレはエレベーターの左側にトイレはある。右側に喫煙所(きつえんしょ)が置かれているのだ。

 南さんは右側に行った。俺は左側に行って一応用を足してから、手を洗って、南さんのいる喫煙所(きつえんしょ)に行く。


 うー、緊張するなー。最近はおだやかな関係が続いたとはいえ、一度はキレられた相手だ。あの時の傷はまだ癒えてない。

 でも、俺は勇気を持って一歩踏み出した。


 多分、大丈夫なはずだ。

 その時だった喫煙所(きつえんしょ)から声が聞こえたのは




「だからあの、葛城ってやつは何か勘違いしてんじゃない?自分が優しくしとけばモテるとかさー」

「そうそう。ダサいくせにね」

 話している相手は杜崎(もりさき)さんと南さんだ。


「あーなんかムカつくよねぇあいつ。自分だけが優しいんですアピールしてさ。ほんと、そんなんで内心はモテてると思ってんじゃないの?」

「やだー、キモーい。優しくしてモテるのは高校生までだよねー?」


「そうそう、空気読めないしさ。シャツもシワシワだしほんとださいって感じだよね」

「そうそう、声も気持ち悪いしね。キモさの塊だよ」


「そういう透子こそ、よくアイツと仲良くしているじゃん?やっぱあれか?一応恩人なわけだし、歯向かうことはできないわけ?」


「そうだよー。じゃないとあんなキモいやつ口なんか聞きたくないしさ。しぶしぶ仲良くしているんだよ」

 俺は喫煙所(きつえんしょ)の扉は離して、自販機でコーヒーを二つ、ミルクティーを一つ買った。

 そして、デスクに戻る。


「お?葛城さんきゅ、どうした浮かない(うかない)顔をして」

「別になんでも」

 心が浮かない(うかない)。沈没(ちんぼつ)した船のように海底へ落ちていく。

 俺はブラックコーヒーをクイっと飲んだ。




 コンコン。

 ドアをノックする音が聞こえる。俺はベッドに寝そべったまま身じろぎしなかった。

『兄さん。晩御飯できたよ』

 俺は返答しない。何かもがだるい。

『兄さん、いるんでしょ?入るよ』

 かちゃりという音が聞こえ、一条(いちじょう)の光が差し込む。

 その時、ハッという声が聞こえた。

兄さん!大丈夫!?どこか具合でも悪いんじゃない?」

 それに俺は力無く首を横に振った。


「体の方は心配ないよ」

「なら、誰かに言われた?」

 声の主、ゆかりが心配げな様子でこちらを見てくる。

 それに、ああと俺は首を縦に振った。


「ちょっとね。かなりひどいことを聞いた。ちょっとしばらく一人にさせてくれないか?」

 うん、とゆかりは頷いた(うなずいた)。

失礼するね」

「ああ」

 ゆかりは部屋から出ていった。




 どれだけ時間が経ったことだろう?家に帰ってこうやって寝そべっているだけで、何か悠久(ゆうきゅう)の時を過ごしてきている気がした。そう、10年ぐらいは過ぎた気がする。


 とても、現実味があるとは思えない。

 コンコン。

 また、ノックする音が聞こえた。


「どうぞ」

 今度はゆかりは明かりをつけて入ってきた。そして、この甘い匂い。


「兄さん大丈夫?」

 俺は寝そべったままいう。

「ああ、少しは」

「そう、よかった」

 そして、ゆかりはあるものを僕の机に置いた。


「コーンポタージュ」

 ゆかりはニカっと笑う。


「冷めないうちにどうぞ」

「あ、ああ」

「じゃあ、私はこれで」


 ペコリとお辞儀をして部屋を出ていくゆかり。だが、彼女はドアノブに手をかけてくるりとこちらに向き直った。


「兄さんが何があったのか知らないし、兄さんが話してくれるまでは私も聞かない。でも…………」

………………………


「私は兄さんの味方だから。それだけをどうしても伝えたかったの。じゃあ」

「……………ああ」


 俺は椅子に座りコーンポタージュを飲む。

 ひどく懐かしい味がした。

 あれは俺が10歳のことだった。その時は俺とゆかりは仲が良かった。


 ある日、ゆかりが涙を流しながらうちに帰ってきたことがあった。

 俺は理由を問いただしてみると、ゆかりは好きな子からブスと言われて弾き飛ばされたらしい。


 その時俺はゆかりにコーンポタージュを作って飲ませてやった。

 それをゆかりは笑顔で飲んでくれた。


 その時作ったコーンポタージュは林家(はやしや)のコーンポタージュだったのだ。

 俺はさっき作ってくれたコーンポタージュを飲み、涙を流した。


 なんでなのかなぁ。なんで、みんな、もっと優しくならないのか?

 他人が優しくするような社会ならみんなもっとハッピーに暮らせるはずなのに。


 なんでそれがみんなわからないのかなぁ。

 そんなの中学生ぐらいなら分かっていてもおかしくないはずなのに。常識的に考えて人に優しくしようと考えるはずだよ。


 そうだ、常識だよ。今流行っているフォルチュナ株だって、東京オリンピックの時に発見された変異株なんだから、始まる前から、こういう危険性は散々言われていたことなのに、損しかない東京オリンピックを強行してしまった。


 それでまた世界が苦しんでいる。いや、重要なのはそこじゃない。

 誰だって始まる前から中止が当然、という世論があったのに、開催したことが悪いことなのだ。


 変異株が出現してもしなくても、やってはいけない理由があるのにやってしまったことが最大のいけないことなんだ。


 常識的に考えて東京オリンピックは開催すべきじゃなかった。それと同時に常識的に考えて、人として優しくあるべきなのだ。


 しかし、常識が全くない国なのだ日本は。こんな日本に誰がした?

 俺はコーンポタージュをまた一口飲んだ。

 甘い。人の優しさが身に堪える(こたえる)。


 ふと、スマホを取り出す。そこで電子書籍を開いて『ドラマのない恋物語』を見た。

 一体いつから自分は結婚できると思えなくなった。


 この小説は俺が10代の時に買って読んだ小説で、読書好きの男女が恋仲に落ちるというありふれたラブストーリーで、その10代の初々しい交際の仕方が少年の俺にとても心が残り、いつかああいう恋人ができたらなぁ、といつも思っていた。


 思い出すのは高校1年の頃。席替えで隣の席に座った。松本元子(まつもともとこ)という女子がいたのだが、その女子は太っていて肌も浅黒かった。


 しかし、当時の俺は見た目で判断しては行けないと思い、彼女に話しかけた。

 ねえ、君の趣味は何?と言っただけなのに、その時の彼女の表情は忘れられない。

 大きく口を開いてはぁ!?と言ったのだ、彼女は。


 こっちは親しくなろうとしただけなのに。本気であの時は彼女を気狂い(きちがい)だと思った。


 ラノベの中のような美人な恋人はできないかもしれないけど、さっきの小説の中のヒロインのように優しい女子と交際したいし、結婚したかった。でも………………

 優しい女子、妹以外いなかったな。

 結局俺は交際する女の子はいなくて、30過ぎても童貞のままだった。


 儚い(はかない)。儚い夢だ。

 俺は小説を書いているが、今の若い子に自分の小説で何をメッセージとして託せる(たくせる)だろうか?


 日本は終わっているから海外に行け?か?正直言ってこれから結婚もできない社会なのに、この社会を良くしようというメッセージは空理空論だ。


 こんな出鱈目な社会にわざわざ残りつづけても高確率で不幸になる。


 でも、外国にいても、その地で順応(じゅんのう)するのは高い能力が必要になる。おそらく多くの人は差別される。それなのに、外国に行け、というメッセージも空理空論。

 常識的に考えれば、どちらも損になる。東京オリンピックだって開催したばかりに10月の衆院総選挙で自民党は野党に転落したしな。


みんなが優しくさえあれば、自分も優しさに分けあずかれる訳だから、どちらにしても痛みは払わなくてもいい。そういう方向性に舵を取れば自民党だって転落せずに済んだのにだろうに。


 それでみんなが幸福になれる。それなのに、なぜこの国民はそうしないのか?

 多分みんなやらないから、自分もやらない、それでやる人はいない、だな。。

 俺はまた林家(はやしや)のコーンポタージュを飲んだ。

 甘い。優しい甘さだ。




「あ、兄さん」

 リビングに顔を出した俺にゆかりは嬉しそうな顔つきをした。


「夕飯できてますよ」

「ああ」

夕飯を見る。ご飯と味噌汁と鮭(みそしるとさけ)と大豆のサラダだ。


 今はこっちの方がいい。

 時刻を見る。もう9時だ。ゆかりは普段着のままだ。こいつは俺を待っていてくれたのか?


「なあ、ゆかり」

「うん?」

 スマホを見ていたゆかりは目をくりくりさせながらこちらに振り向いてきた。

「もしかして待ってくれてたのか?」


 それにてらいもなくゆかりは頷いた(うなずいた)。

「はい」

「そうか。ありがとう。助かったよ」

 それにゆかりはびっくりしたような表情をする。


「どうしたんですか?兄さん?なんだかおかしいですよ」

「はは、ちょっと嫌なことがあってね。かなり落ち込んでいた。でも、お前がいてくれ助かったよ」

 ゆかりはコクリと大きく頷いた(うなずいた)。


「私はいつだって兄さんの味方だから」

「ゆかり?」

「たとえ、結婚してうちから出て行っても私はいつも兄さんの味方だから覚えていて」

 それに俺は頷いた(うなずいた)。

「ああ、分かった」

 俺は椅子に腰をかけて箸を取った。夕食はいつに増しても暖かい味がした。




 エピローグ




「結局こうなるのか」

 俺はひとりごちる。当然と言えば当然で、むしろ喜ぶべきことだろう。

 それを聞かせたのは平日の夜、夕食を食べ終わった時のことだった。


「兄さん、私結婚するから」

「いい人が見つかったのか?」

 それに嬉しそうにゆかりはいった。

「うん」


「そりゃめでたい。明日お赤飯だな」

「兄さん。お赤飯は妊娠してからのことで…………」

「冗談だ」

 ゆかりは頬をぷっくり膨らます。


「もう!」

 時は4月。なんでも最初の婚活から3人ほどの男性と婚活をしていたのだが、その一人がゆかりの目に叶う相手だったらしい。

「お金は持ってないけど、彼はとっても優しいの。なんか話していると落ち着いちゃって。だから結婚を決めたわ」


「それがいい。あんまり条件をガミガミ言っても決まるものも決まらないしな」

「うん。そうだね」

 そう、喜色満面(きしょくまんめん)の笑みでゆかりは頷いた(うなずいた)。


「それで」

 俺は椅子枚を正して問い出した。

「このうちから出ていくのか?」


「そのことなんだけど……………」

「うん」

 答えにくそうにもじもじしているゆかりに、俺は柔らかく頷いた(うなずいた)。

「彼、フリーターなの」

「うん」


「お金持ってないの」

「ああ」


「だから、彼をこの部屋に入れて結婚生活をしたいんだけど、いいかな?」

 そう俯き(うつむき)加減に話すゆかりに俺は頷いた(うなずいた)。


「ああ、いいよ」

「ほんと!兄さん!」


「ああ。俺ももう結婚できそうにないしさ。3人と、新しい家族が増えればその子達と暮らしてもいいんじゃないかって思ってる」

 それに落ち込むゆかり。

「そ、そんな兄さん。もう結婚できないなんて思わないでよ」


「いや、そうなんだよな。実際に今まで恋人ができなかったわけだから、正直言って、この年齢で童貞だとわからなくなるんだ」

「何が?」


「異性を好きになるということが」

「兄さん……………」


「異性から嫌われっぱなしだし。ほんと結婚が現実味がないんだ」

「兄さん」

「でも」

 俺はゆかりを見ていった。


「お前は約束してくれたよな?」

 ゆかりは目をパチクリさせる。

「兄さん?」

「お前は俺の味方だって」


 それにゆかりは喜び(よろこび)の表情を湛え(たたえ)ながら頷いた(うなずいた)。

「はい!そうです、兄さん!」

「頼りにしてるからな」


 俺は拳を差し出す。

 それに気づいてゆかりも拳を差し出す。

「約束な」

「はい」

 俺たちは拳をコツンと合わせた。

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