第15話大晦日
「うん。大丈夫だよ。心配しないで母さん。今のところは変わったことはないから」
大晦日(おおみそか)。例の東京オリンピック発祥のコロナフォルチュナ株のおかげで、政府は、年末年始の交通関係を一時的にロックダウンさせた。
それなので、俺たちは地元の岡山に戻れずに電話でお母さんたちに挨拶(あいさつ)をしているのだ。
それに嘘は言ってないよ?確かにゆかりから宣言はされたが、今のところ俺たちはそれに保留しているし、まあもし、ゆかりの話を受け入れるにしろ、今の同居生活プラス養子をもらうだけだから。
まあ、ともかく話を戻そう。
「うん。お雑煮(おぞうに)の作り方?ああ、それはおばあちゃんから作り方を教わったことがあるよ。適当にやっておくから心配しないで。ゆかりに替わろうか?」
電話越しに、替わっておくれ、との声が聞こえたので、ゆかりに電話を渡した。
「うん。母さん。私だよ」
電話をゆかりにやった俺はぼりぼりと頭をかいて、スマホで電子書籍を読む。
昔の本だ。『ドラマのない恋物語』。俺が10代の頃買ったもので、最近になって電子書籍で再度購入した。
その面白い話の続きをゆかりの声を聞き流しながら、読み進めていく。
小10分ほど経った後だろうか?ゆかりは電話を受話器に置いた。
「話は終わったのか?」
「うん」
「じゃあ、年越し蕎麦買わないとな」
それにニコッとゆかりは微笑む(ほほえむ)。
「うん!」
そして、ゆかりと一緒に買い物を、と思った時にスマホが鳴った。
見ると由衣姉さんだった。
「由衣姉さん、どうしました?」
『お、悪いな。電話とってもらって。今時間あるか?』
今は午後2時。昼食を取った後親に電話かけた後だった。
「時間かかります?」
『できれば、いやゆかりちゃんのことでお前たちの近況を聞こうと思ってな。仕事と育児でなかなか時間が取れなくて、今、夫が子供たちと年越し蕎麦(としこしそば)を買いにいくからさ、そのうちにお前たちとのこと聞こうかな?と思って』
「ちょっと待ってくれますか?」
『ああ、いいとも』
俺はゆかりに呼びかけた。
「ゆかり」
「何?兄さん?」
ゆかりは黒のコートに紺のセーターと白のネルシャツにロングパンツを着ていた。
「俺はこれから電話で由衣姉さんと話すけど、一人で行ってくれるか?」
それにふっくらとゆかり頬を膨らま(ほおをふくらま)せた。
「えー?兄さんもオシャレしたじゃない。それで出かけないの?」
「オシャレって言っても」
ワインレッドのポロシャツに黒のロングパンツに、その上に多数の衣服を着てもこもこになったのをベージュのコーディロイを切るのは果たしてオシャレと呼べるのか?
「ちょっと由衣姉さんに近況報告。コロナもあるし一人で行ってくれていいだろう?」
それにゆかりも頷いた(うなずいた)。
「いいよ。じゃあ、また後で」
「ああ、後でな。はい。大丈夫ですよ」
『ああ、それでお前らどうなっているんだ?』
「ああ、実は……………」
俺はかいつまんでこれまでの経緯を話した。
ゆかりがキスやセックスを強要されることを嫌がっていること。結婚したら夫に家事を全部押し付けられんじゃないかという不安。俺以上にフィーリングがある人はいないだろうということと、俺にフィーリングがあれば、後は結婚する意義(いぎ)を感じないこと。そして、俺が1年間の猶予(ゆうよ)を婚活期間に当てて、それでもいい人が現れなかったら俺と結婚、同居生活をし続けるという約束をしたこと。
そして、初めて会った人とはあまり話していないけど、そこそこやっていることを俺はゆかりから聞いたとのことを由衣姉さんに話した。
『それ、まずいんじゃないか?』
「何がです?」
いや、と由衣姉さんは前置きして話し始める。
『1年間の猶予(ゆうよ)期間を設けて結婚すると言っていたな?』
「ええ」
『でもさ、それは逆に言えば1年間適当に婚活してダメでした、と言えばゆかりは自動的にお前と結婚するんじゃないのか?』
「いえ、大丈夫ですよ」
俺は即答をした。
『なんか策でもあるのか?』
「いえ、俺はゆかりを信じているんで。ゆかりは真面目な子ですから、そんな卑怯(ひきょう)なことはしないと思います」
ホォっと由衣姉さんは言った。
『信じているんだな?』
「当たり前です。妹だからというわけじゃないです。ゆかりだから。ゆかりはずるいことをしない子だから信じられるんです」
それに由衣姉さんは瀕死の猛獣のように唸った(ひんしのもうじゅうのようにうなった)。
『うーん。なるほどね。要するに命くんとゆかりちゃんが結婚しちゃえばいいわけか』
「なんで、そうなるんです?」
『いや、あなたたち以上にお似合いのカップルはなかなかいないわよ。だって、私はあなたのように夫を信じていないわ』
「?どうしたんですか?」
さっきの瀕死の猛獣のような唸り声といい、ガラリと変わったシリアスな声音といい。何か由衣姉さんの様子がおかしい。
由衣姉さんは苦虫でも噛み(かみ)潰した(つぶした)ような声音で言ってきた。
『うん。私、それほどまでに夫を信じていない。心の底から信じられないのよ。あの人が。あの人が浮気しないのはただ自身に魅力がないだけで、もし、万が一あの人がモテ始めたらころりと可愛い女の子に行くと思う』
「由衣姉さん?」
由衣姉さんが乾いた笑い方をする。
『ハハ、ごめんね愚痴ばかり言って。でもね、なんだろうね。私たちって』
「・・・・・・・・・・」
『私たち夫婦は社会的に認め(みとめ)られた関係よね?他人同士が永遠の愛を誓って、結ばれる。世間から認め(みとめ)られた関係のはずなのに。でもね、あなたたちを見ているとね。私たちは結局打算(けっきょくださん)で付き合った関係のように思える。一人寂しい(さびしい)から付き合っているだけだと。私は思うんだ。
私はあの人を心の底から信頼していない。
今までは、それでいいと思っていた。それが正しい夫婦関係だと思っていたのに。あなたたち兄妹見ているとね。そんな自分が嫌になってきた。いいえ、疑問に感じるようになってきたわ。
私ゆかりちゃんの気持ちわかるわ。だって夫と結婚する前の私がそうだったんだから。男の人を信用できなかった。夫とは何遍もあって妥協(なんぺんもあってだきょう)したけど。やっぱりしっくりとはこなかったわ。でも、子供も持ちたかったし、夫の稼ぎ(かせぎ)も悪くなかったら結婚した。今のところ夫に大きな不満はない。でもね』
「心の底から信頼できない、と」
『そう、それ。信用はしているけどさ、信頼はできないのよ。その点、あなたたちは本当の信頼関係で結ばれているわ。普通の夫婦以上に』
「…………………」
『ともかく、私はあなたたちのことを応援しているから。たとえ、結婚しても私は文句は言わない。応援するわ。じゃあね』
「はい、また。良いお年を」
フット綿毛のタンポポのように由衣姉さんは笑った。
『良いお年を、命くん』
ズズッ。
年越し。年越し蕎麦を食べながら、ムービーワークスの声優のラジオ動画をテレビで見る。
ゆかりはこういうのはそんなに抵抗はなくて、一緒にまったり見ていた。
俺もそこまでオタクというわけではないが、ちょいちょい見ている。ちなみにゆかりに何か見たいテレビ番組はないかと聞いたところ。
「ない」
とのことだ。
ゆかり曰く(いわく)、あんまり最近のテレビはつまらなくなってきているらしい。
そういう俺も心当たりはあった。昔はニュース8が好きだったが、今ではあんまりだし、特に最近のテレビは好きではないのだが、最高裁のテレビを見なくても受講料を払うべし、という理不尽極まる判決が出たので俺たちはそれに従って受信料を払っているが、あの判決は無茶苦茶(むちゃくちゃ)だと思う。
ともかく、テレビについているムービーワークスに切り替える、ことができるテレビだったのでそれで声優のラジオを聞いているのだ。
「いいよね。睦美(むつみ)さん」
「ああ」
「アラフォーなのに美貌が衰えない(びぼうがおとろえない)というか」
「時々そういう人いるな」
「羨ましい(うらやましい)」
「そういうもんか?」
ふっくらゆかりは頬を膨らま(ほおをふくらま)す。
「そうだよ。いつまでも若々しさ保っていたいじゃん!」
「ゆかりやゆかり」
「何?」
「永遠の若さは幻想じゃ」
「ぐはっ!」
ゆかりは胸に槍を受けたかのような叫び声を上げた。
しかし、両腕を振り回して。
「いいじゃんかよー!夢見させてくれても!」
と駄々(だだ)をこね始めた。
「バカが、いい夢を見させてくれる鬼は最後には俺たちに悪夢を見せられるはめになるんだぜ?」
「うう。それはアニメだけの話ですよ」
やれやれと俺は首を横にふる。
「そう言えば、このそば美味しいな」
ゆかりは真っ白い紙に書かれた水墨画の一つの線のような簡素で際立つ(かんそできわだつ)笑みをした。
「まあ、修行したから」
「『みんなの料理』を見たのか?」
ガクッとゆかりのからだが傾く。
「なんで分かったんですか?兄さん!?」
「いや、俺もあそこのレシピよく使うから」
それにチッチッチとゆかりは指を振る。
「もう、兄さん。ここはよく頑張った(がんばった)ね、と女性を褒めて(ほめて)あげないといけないですよ?今の時代は盛り上げ上手な人がモテるんですから」
「そ、そうか。悪かったな」
それにゆかりは満足げだった。
「分かればよろしい」
ピンポーン。
「あ、あれかな?兄さん?」
「俺が行ってくるよ」
「うん。任せました」
俺はリビングのインターホンを取って、配達屋さんに挨拶(あいさつ)をしてキーロックを開けた。
それから5分でうちの部屋に彼は来た。
「チハーッス」
彼はいかにも軽薄(けいはく)そうな青年だった。俺はその荷物を受け取る。
「毎度、どうもありがとうございました!」
もう代金はクレジットカードで払っている。
軽薄(けいはく)そうな青年だったが、お辞儀はちゃんとして去っていった。
俺はそれをリビングテーブルに運ぶ。
「はい。来たよ。ピザだ」
「わー。いいね、たまにはこういうのも」
ピザはエリンギと細切りブロッコリーのピザと、ソーセージスペシャルだった。
「私、エリンギ」
「俺はソーセージ」
ゆかりが人肌のような温かいたんぽぽの笑みをした。
「後で交換しましょう。兄さん」
「ああ」
俺は冷蔵庫から、ウィスキーとビールを出す。
ゆかりもロックグラスとトールグラスを食器棚から取り出した。
それらをダイニングテーブルに置いた。
「注ぐよ」
「ありがとうございます」
トールグラスに並々とビールを注いでゆかりに渡す。
「ふー、やっぱり大晦日(おおみそか)はビールだね」
俺もウィスキーをロックグラスに注いだ。
「氷ありがとうな。ゆかり」
ゆかりはニコニコして言ってくる。
「いえいえどういたしまして」
やっぱりウィスキーは氷で割らないとなかなかきついものがある。
そういえばふと疑問に思ったことがあった。
「なあ、ゆかり」
「なに?兄さん?」
「俺が酒を大晦日(おおみそか)に飲まないのは酒を飲んだら翌日体調を崩すからだけど。お前はどうして大晦日(おおみそか)以外にビールを飲まないんだ?」
それにしれっとゆかりは言った
「ああ、私は太りたくないからですよ」
「ダイエットか?」
「ええ。これでも間食はなるべく食べないようにしていますしね」
「ふーん、それで」
ざっとゆかりの体を見る。スリムな体型だ。
「やせているわけか」
ゆかりは唇をとがらす。
「そうですよ。女の子は見えないところで努力しているんですからね」
「えらいえらい。大したもんだ」
俺はぽんぽんとゆかりの頭を叩いた。
ゆかりはくすぐったそうに目を細めていた。
「兄さんは相変わらずウィスキーですか?」
「ああ、そうだよ。ウィスキーは美味しいんだけどな。飲むと体調が崩れるからなるべく飲まないようにしているんだ」
ゆかりは目を細めた。
「そういうのって大切ですよね」
「ああ、まあ、でも、食おう」
「はーい。乾杯」
「乾杯」
そして、俺たちはグラスを合わせて乾杯した。
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