第14話年末
俺の前を歩く女性のひょこひょこと動くお下げ。髪の毛がひょこひょこ動くに従って、心なしかその人物も機嫌(きげん)が良さそうだった。
「おい、ゆかり」
ゆかりはくるりとこちらをむいた。
「よく注意しながら歩けよ。ここら辺は自転車も通るわけだし」
それにゆかりはえへっと笑った。
「はーい、気をつけまーす」
そのまま、スキップするように歩くゆかり。
俺と一緒にディナーに行くことがそんなにも嬉しい(うれしい)のか?やれやれこいつも相当のブラコンだな。
まあ、本人はそう認め(みとめ)たくないんだろうと思うけど。一応聞いてみるか。どうしてそんなに機嫌(きげん)が良いんだって。
「なあ、ゆかり。どうしてそんなに機嫌(きげん)が良いんだ?」
ゆかりはそんなこともわからないの?と首を横に振っていった。
「あのねー。一昨日の残業(ざんぎょう)が終わったんだよ?ここら辺残業(ざんぎょう)続きだったしさ。それで明日から有給取って、年明けの仕事まで休んでいられるじゃん?これで機嫌(きげん)が良くない人がいたらこっちが見てみたいわ」
なるほどね。それで機嫌(きげん)が良かったのか。まあ、漫画やラノベじゃないんだから、兄と一緒にディナーに行くだけで上機嫌(きげん)になる妹はいないわな。
しかし、ゆかりはボソッといった。
「それに」
「それに?」
ゆかりは春に咲くひまわりの笑みでいう。
「昨日から兄さんの本を読んでいるんだけど、私すごく満足でとっても幸せなの」
そうとびっきりの丸い笑みでゆかりは言ってきた。
「そうか」
俺は軽く息を吐いてそしていった。
「なら、俺も頑張らないとな」
ゆかりは両手で握り拳を作る。
「うん、頑張ってね。兄さん」
七面鳥というのは作るのが面倒臭かったので、俺たちは表参道の七面鳥が販売しているレストランに入って食事することとなった。
このレストランを利用するのはかれこれ4年間続けてだな。コロナ禍でもいまだに営業が続いているのが信じられないくらいだ。
アクリル板が敷かれたテーブルに座り。メニューを見る。
店内はクリスマス系の飾り付けをしており、外の電灯、内に金色の紐状(ひもじょう)になっている電飾、オーナメントボール、お星様、いろいろな飾り付けがされており、クリスマスツリーがかなり煌びやかだ。
ゆかりが聞いてくる。
「ねえ、兄さん。決まった?」
「ああ。ミニ七面鳥に麻婆豆腐丼とバターケーキとコーヒーを頼もうと思う」
「お、出た。兄さんのマーバー」
それに俺はクスクス笑う。
「なんだその売れない芸人の名称は?」
ゆかりの顔色も綻ぶ。
「だって麻婆豆腐好きでマーバーだよ」
「お前もちょこちょこわからなくなってくるな」
「だって〜」
それから二人してクスクス笑っていた。
結局、ゆかりも、カルボナーラとチーズケーキとコーヒーを注文した。ちなみに俺らは今日はワインも注文した。
それで、料理を食べながら、俺たちはワイワイ話し出す。
「ところで、お前の婚活は順調(じゅんちょう)か?」
ゆかりは鼠色のくすんだ表情になる。
「まあまあ・・・・・・・」
「そうか・・・・・・」
そうだよな。婚活っていうのは大変だよな。俺だって婚活をして、すぐに結婚ができそうかと言われればノーだし、色々と相手を選びたい気持ちはあるからな。
「まあ、焦らないでやれよ」
「兄さん?」
ゆかりの目が大きく開く。
「こんなのは焦っても良い結果が出ないし」
「出ないし?」
「もしこれが失敗しても、俺はずっとお前の味方だからな」
「兄さん」
ゆかりの顔色にサフランのような清純(せいじゅん)な、そして温かい色が広がった。
「うん!ありがとう、兄さん」
「どういたしまして」
それから緩やか(おだやか)に俺たちは談笑しながら料理を食べていった。
12月の28日。年末の大掃除も兼ねて今日1日は掃除をすることを決行(けっこう)。
普段やっているからそんなには汚れていないんだけど、それでも、サッシの部分とか雑巾で拭いて(ぞうきんでふいて)いくとやっぱり汚れているなぁ、と痛感(つうかん)する。
だが、自室はあっさり終わった。問題は……………
「兄さん」
扉越しにノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
ゆかりが入ってくる。
「兄さん、掃除終わった?」
「ああ、今」
それにゆかりは頷いた(うなずいた)。
「うん。そう…………。じゃあさ、物置とリビングキッチンの掃除どっちがする?」
「物置でいい。キッチンは色々と片付けるものがあるだろう?お前的に」
「うん。ありがとう兄さん。そっちの方が助かるかな?」
「じゃあ、すぐにし始めるか」
「そうだね」
それから掃除機を持って物置に直行。一通り床に掃除機をかける。
頼むからGは出ないでくれよ。
夏に物置の本を物色したところあいつが出てきて、殺虫剤を用意した瞬間いなくなっていって、ゆかりが大変だった。
俺も精神的にピンチだったが、ゆかりはあれが大の苦手であり、いつも退治するのは俺の仕事だった。
結婚相手は虫が退治できる要素は必須(ひっす)だな。
そう思った小春日和(こはるびより)の午前の出来事だった。
そして翌日。無事昨日掃除を終えた俺はのんびりしていて、リビングでくつろいでいた。
洗濯物も干したし、なんだか眠いなぁ。
そう思ってあくびしたところ、リビングの扉が開き、白のポロシャツにブラウンのロングパンツと赤のチェニックを着たゆかりが入ってきた。
そして、俺がソファーでグデーってなっている俺のそばに腰を落とした。
俺は、改めて座り込んでゆかりを見た。
「どうした?ゆかり?」
「兄さんの本全部読んだよ」
そうか、と俺はつぶやいた。
色んな意味で俺の血と涙と汗の結晶だからな。そりゃ少し身構える(みがまえる)。
「どうだった?」
おっかなびっくり聞く俺にゆかりは答えた。
「うん。私には少し難しかったよ。兄さん」
俺は天を仰いだ。
[Oh my goodness]
しかし、ゆかりはフリスビーを追いかける犬のように猛然(もうぜん)とフォローをし始めた。
「あ!でも!私が少しよくわからなかっただけで、決してダメな作品ってことはないと思うよ!キャラクターも魅力的だったし!文体も暖かかったし!でも、なんというか、比喩や暗喩(ひゆやあんゆ)がモリモリで、ちょっと私にはダメだった、かなー」
そう、唇をひきつかせてトドメを刺しにくる妹。
うん、お前は十分作家スレイヤーの資格十分だよ。
「に!兄さん!」
俺はソファーに蹲って(うずくまって)の、の字を書いていたらゆかりの声が聞こえた。
うう、構わないでくれ。どうせ面白くない作家ですよ。おらぁ、転生したら小石になりたい。
そんな俺の背中にゆかりの声が聞こえた。
「ねえ、兄さん。なんであんな難しい文体を書いたの?」
俺は上体を起こした。
「そりゃ、お前、俺ってアマチュアだろ?」
「うん」
「別にプロになりたいわけじゃないしな。自分の稼ぎ(かせぎ)もちゃんとある。だからだよ」
ゆかりがこちらを伺い(うかがい)見る子猫の表情をする。
「だから?」
「ああ。プロだったら絶対挑戦できないものをさ、アマチュアの俺が挑戦するわけだよ。最も、あんまし、出来は良くなかったみたいだけど。よし!」
俺は立ち上がった。
「いつまでもメソメソしているのはらしくないな。ブラッシュアップしてくるよ。もっといいものを仕上げてくる」
俺は自分の部屋に行こうとした時に、背中からゆかりの声がかかった。
「待って!兄さん!」
俺は振り向くと、蓮華(れんげ)のようなしっとりと、だが、芯の強さを感じられるゆかりの目にかち合った。
「兄さん。『イケメンすぎる笹原一樹くん』は確かに難しいよ。でもさ、あの小説はあの文体がとてもクールで、それが一番の強みだということを忘れないで」
それに俺は頷いた(うなずいた)。
「わかった」
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