第13話とある休日の1日
そして、ある日の日曜日。
ゆかりは家にいた。今日はお見合いの予定を入れていないらしい。
「うお、さむ!」
俺は身をこじらます。もう、12月で中の気温もかなり寒い。リビングのストーブの前に猫のように丸まった。ふー、極楽、極楽。
そんなヘブン状態の俺に軽蔑(けいべつ)しきった声が振りかけられた。
「だらしない」
上から声が聞こえた。
それはゆかりだった。
ゆかりは緑のネルシャツに白のセーター、黒のロングパンツを履いていて、俺を見下していた。
「
兄さん。だらしなさすぎです。猫ですかあなたは?」
「そう言ってくれるな妹よ。ちょっとあったまさせておくれやす」
「そんなにセーターをモコモコ着てストーブの前で寝そべってだらしなさすぎです。セーター焼けないようにしてくださいよ?」
「う!善処(ぜんしょ)します」
そういうや否や(いなや)ゆかりは部屋を掃除し始めた。
「だらしない、か」
確かにだらしなかったな。ちょっと寒すぎたけど、ゆかりも服装にセーター一枚で頑張っているよな。俺は上に3枚ぐらい羽織っているのに……………
俺は立ち上がった。ゆかりは顔をこちらに向ける。
「兄さん?」
「すまん、確かにだらしなかった。俺は次回作のプロットを練って(ねって)みるよ」
ゆかりの顔が煌めいた(きらめいた)。
「兄さん!次回作はどんなお話なんですか?」
「うーん、学校で冴えない男子高校生のところに魔王ベルゼバブがやってくるというお話なんだけど」
それにゆかりは喜色満面(きしょくまんめん)の笑みをした。
「へー。楽しみです」
「うん。待っててね」
「じゃあ、俺はコーヒーを仕掛けて籠るよ(こもるよ)」
時刻は9時。そこまで悪い時間帯ではない。
それにニコッとゆかりは笑った。
「はい。・・・・・・あの、さっきはすみませんでした」
ゆかりが神妙な顔をして謝ってきた。
「何が?」
「さっきは兄さんのことだらしないって言って」
俺は、はっはと笑いながら手を振った。
「いいの、いいの、さっきのゆかりの言葉で俺が元気付けられた面も確かにあるからさ」
「で、でも。私は兄さんを攻撃するようなことを言って・・・・」
そう言って縮こまる(ちぢこまる)ゆかりに俺は言った。
「ゆかり」
「はい!」
ゆかりは飛び上がる。
「真面目なことを言ってもいい?」
「どうぞ」
「真面目に言ってさ、いくら親密な間柄(あいだがら)とはいえ、相手のことばかりヨイショするなんて不自然だと思うんだ。だって、さっきの俺は本当にだらしなかったわけだし。それなのに、ゆかりがそんな俺を見て言いたいのに言い出せないのは不自然だと俺は思うんだよ」
「はい」
「親しき中にも礼儀はあり、という言葉はあるけど、それも重要だけど、やっぱり親しい間柄(あいだがら)は基本的にはフランクに話すのが正解なんじゃないかな?って思うんだ。だからさ、気にしないでいいよ。そういう言葉に不貞腐れる(ふてくされる)俺じゃないから」
「兄さん」
ゆかりの表情は水分が不足していたトマトに水を与えたように瑞々し(みずみずし)さを取り戻していた。
「だから、基本的にストレートに話しましょう。もちろん、挨拶(あいさつ)やお礼を言うのは当たり前だけど」
ニコッとゆかりは笑った。
「はい。兄さん」
それからドリップコーヒーをして、俺は部屋にこもって、プロットを立ち上げた。
小説を書くものにとって、プロットを書くものは大勢いる。
精密(せいみつ)に書いてプロット通りに物語を動かすものや、大体の世界観や人物像を描いて、あとは描くときの勢いに任せるものもいるが、俺にとってのプロットは下書きみたいなものだ
そりゃあ精密(せいみつ)に世界観や人物像や設定、あと簡単なあらすじを書くが、正直言って、実際に書き始めるとプロットに書かれていないことを書くことが往々(おうおう)にしてある。
だから、本番を書く前の下書きが、俺にとってのプロットだ。だからと言って、このプロットで手を抜いていいと言うわけではない。
プロットで物語の設定をあれこれ考える作業がのちの本番に活かせる。
たとえば、試合があるとする。そのために練習をするわけだが、剣道で例えよう。
剣道において、いや剣道にかきらず練習は絶対必須(ひっす)。素振りや練習試合を何度もやって、相手のことも研究して、そして実際の試合に臨んだ(のぞんだ)とする。
そのとき、相手がいつもの戦術を変えてきたらどうなるのか?
練習や研究が浅いものなら、その絡み(からみ)手で負けるかもしれない。
しかし、死ぬ気で練習や研究をしてきたものにとって、竹刀の剣は体の一部になっているから、咄嗟に相手が不意をついたしても、体で覚えている技で相手を倒すことが往々(おうおう)にしてある。
つまり、俺にとってのプロットもそんな感じだ。本番の試合に向けて練るに練った練習(プロット)を書き上げ、いざ、何が出るかわからない試合(小説)に出るのだ。正直言って、プロットの作業は面倒くさいが外せない仕事だ。
それを根気よく2時間ほどやった。
もちろんその中に小休憩とかはとったが、プロットの方も順調(じゅんちょう)で世界観と舞台、主要登場人物を書けれた。
「今日はこの辺で終わりにするか」
俺は切り上げて、コーヒーをまたカップに入れるためにリビングに向かった。そこではチラシを折っているゆかりの姿を発見した。
「あ、兄さん。コーヒーもらったよ」
「いいとも、いいとも」
俺は和やかに頷くと、ポットに入っていたカップ一杯分のコーヒーをコップに注いだ。そして、少し牛乳を入れる。
「おっと、もう11時半か。コンビニに行ってこようか?」
「うん、お願い。私は野菜とパスタを」
「了解だ」
俺はコップをテーブルに置くと、準備を始めて、コンビニに行く。そこで牛丼とコーンサラダとアサリのコンソメパスタをカゴの中に入れた。
うーん、ドレッシングは何がいいんだろう?あおじそかごまだれか。まあ、ごまだれがあいつ好きだからごまだれにしとくか。
そして精算して、うちに戻ってきた。
「昼ごはん買ってきたぞ。ほら、サラダとパスタ」
「うーん、ありがとう!兄さん」
それで俺たちは向かい合って昼ごはんを食べた。
一般の若者はスマホを見ながらご飯を食べると言うけれど、俺たちはそんなことはしない。ただ、黙然(もくねん)と食事をする。
だが。
「朝の家事お疲れさん」
それにゆかりは淡い(あわい)紫陽花(あじさい)の笑みをして頷いた(うなずいた)。
「兄さんこそ、小説大変だったでしょう?」
「いや、仕事に比べればどうと言うことはない。好きでやっていることだしな」
「でも、すごいよ。仕事をしながら、小説書くなんて、普通の人にはできないよ」
「そう言う女性たちだって、仕事をしながら家事をしているじゃないか。大変なのはお互い様だよ」
「いや、でも…………」
「うん?」
口籠もるゆかりに俺は優しく微笑んだ。
「でも、仕事をしながら小説を書いているのってカッコいい」
「そう言うものか?」
「そうですよ」
「ふーん。俺は家事をしている女性たちの方がすごいと思うけどな。だって家事しなくちゃ生活が成り立たないわけだろ?」
「まあ、そうですね。でも、なんと言うか、家事ってもう自分の一部分みたいなものだから、あんまし自分ですごいとは思わないんですけどね」
「俺は家事が苦手で、料理もするけど、なんと言うか黙って何かをすると言うのが苦手なんだよなぁ。小説だったら音楽流せるし、仕事だったら同僚(どうりょう)とかと話しながら作業ができるし」
「まあ、そうですね。得手、不得手は誰にもありますから」
「そういえば今日の夕食は鍋だっけ?」
「はい。また鍋三昧です。ちょっと小説を読みたくて安直に鍋にしました」
「俺が作ろうか?」
「お願いします。一緒に作りましょう。兄さん」
「わかった。一緒に作ろうな」
ゆかりは鮮やかな虹色の表情をした。
「はいです。兄さん」
そして、午後、リビングの椅子に座って『純粋理性批判』を読んでいる俺に洗濯物畳む(せんたくものたたむ)妹。テレビではムービーワークスのゲーム実況を行うチャンネルになっていた。
「『the adventure』か、懐かしいな」
「うん。この人のゲーム実況よく聞くんだ。なんとなく声が好き」
「へー」
そう言いつつ、俺は『純粋理性批判』を読んでいた。
本当なら図書館に置かれてあるカント全集も、と言うか勉強もしたかったけど、仕事をしながら、図書館で本を借りるのは無謀なので、本屋で買ってきている。
しかし、『純粋理性批判』は手強いな。いや、読めないわけじゃないけど、注意して読まないとなかなか置いていかれる。
昼になって照ってきた小春日和(こはるびより)の晴れの日。俺たちは黙然(もくねん)と読書と作業をしていた。
時節聞こえるのはムーワーのゲーム実況者の声だけだった。
「あー」
俺は軽く伸びをした。ずっとカントばかり読んでいたから肩が凝る。と言うか本当にカントを読むと頭がこんがらがる。
「あーあ、疲れた」
すかさずゆかりの声が聞こえた。
「お疲れ様」
「そっちこそお疲れさん。洗濯物は畳めたのか?」
「うん」
もう4時だ、夕食を作るまでに少し時間がある。
「時間ある?」
「ごめん、兄さん。ソシャゲにログインしたいんだけど?」
「実の家族より、ソシャゲか。お兄ちゃんは悲しいぞ〜」
「だから、ごめんて!」
そう、おいおい泣き崩れる俺に、ゆかりは慌て(あわて)てフォローする。
「まあ、冗談はともかく」
「冗談なんだ・・・・・」
「まあ、そう言うなら俺は止めたりしない。ちょっと一緒にアニメでも見たかったけどな」
「うん。ちょっとしたら一緒に見れれると思う」
「なら、俺もゲームをしよう」
「うん。ありがとう」
それからゲームをした後に、俺たちはアニメを見て、夕食を作る。
今日はキムチ鍋。まず・・・・・
「根野菜(こんやさい)は僕が切るから、ゆかりは他をお願い」
ゆかりは敬礼する。
「ラジャ」
キムチ鍋にいる根野菜はにんじんと大根だ。
しかし、その二つを細かく切らなければならないため、結構骨が折れる。
対するゆかりは、にらに葛切りに焼き豆腐に、椎茸、しめじ、えのき、エリンギ、豚肉と種類は多そうだが、一つ一つは簡単に切れて榎やしめじなんて一回で切れるため、結構簡単だったりする。
俺は人参を薄く、丸ごと切る。
それを見ていたゆかりがクスクス笑う。
「なんだ?」
「いや、いつ見ても兄さんの切り方って豪快(ごうかい)だな、って思って。普通半月切りか、短冊切りにするじゃない?」
「大きな人参を食べたいんだよ。キムチの人参て美味しいしな」
ゆかりは道化師(どうけし)のような人をからかった笑い方をした。
「ありゃま。小学生の頃は人参が嫌いだった人とは思えませんね?」
それに俺はブスッとした表情で言った。
「いまだにトマトが嫌いな人には言われたくない」
「だってぇ。トマト苦手だもん」
「俺はトマトは子供の頃から嫌いだったけどな。頑張って食べられるようにはなったよ」
ゆかりの胸にやがぐさりと刺さった。
「う!それは偉いですね・・・・・・」
「おっと!」
人参を丸ごと切っていたので、切った人参、円になった人参が切った拍子で飛んで、床にコロコロと転がった。
「待てー!」
それを追いかける僕。それにゆかりは。
「人参はだしで追いかけ、ゆかい〜なみこ〜とさん♪ 」
「誰が愉快(ゆかい)じゃい」
転がった人参を持って突っ込むと、ゆかりはたまらず噴き(ふき)出した。
そして俺たちはキムチ鍋を作り、それを堪能(たんのう)した。
うん。やっぱり鍋は美味しいね。
夕食の後片付けも俺がした。ゆかりはお風呂に入っている。
ふぁーあ。
眠い。とにかく眠い。やっぱりプロットを書いて夕食を作ると強烈な眠たさを感じる。
しかも、困ったことに食器が全部入らなかった。いやほとんどは入ったのだが、肝心の鍋が入らなかった。明日も鍋だからこれは今日中に乾かさなければならないものだ。
「兄さん」
ゆかりがお風呂から出てピンク色のパジャマ姿になっていた。その彼女が心配げにこちらを見つめる。
「大丈夫ですか?兄さん?」
「ああ、ちょっと眠たさがきただけだから心配するな。やっぱ30代になってくると20代のようにがむしゃらに働くと言うのは違うな。体が無理が効かなくなってきている」
「そうでしたか?兄さんはいつも夜になると眠たそうにしていたと思うけど?」
「そうだっけ?」
それにクスリとゆかりは笑った。
「そうですよ。ところでお風呂入りますか?」
「ああ、これだけ終わったらお風呂に入るかな?」
「私がやっておきましょうか?」
「本当か?」
「はい。小説読みながら、乾燥機の電源が終わるのを待つだけですし、できますよ」
「なら、お願いな」
「はい」
そして、俺はお風呂に入り、出て、速攻で寝た。
とある休日の1日の話だった。
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