第12話会社にて


「はい。六角ボルトのナットで細めですね。業者をすぐに手配しておくのでお待ちしてください」


 俺は電話を切った。

 ここは自分が所属している会社。


 電話での受付だったら、自分の家でもいいのではないのか?という疑問もあろうが、今日は午後から会議なので、出社することとなったのだ。


 俺は中小企業に電話を入れたあと、立ち上がった。

「渡部(わたべ)、お前、コーヒー欲しくないか?」

 隣で業務に忙殺されている渡部(わたべ)に話しかける。


「ああ、いるいる。くれくれ。でも、そういうのは後輩ちゃんに任せとけばいいだろう」

「いや春日部さんは忙しそうだから俺が入れるよ」

 それに渡部(わたべ)はいやな子をした。


「おいおい、あんなブスに恩を売ってもいいことないぜ?売るなら愛ちゃんにしとけって。あれで、結構着痩せ(きやせ)するタイプと見た」


「お前がどんな思考を持っても犯罪にそめない限り批判するつもりはないよ。でも、お前の思考方式を俺に押し付けないでくれ」

 それに渡部(わたべ)は唇を尖らせた。


「ちぇ。まあコーヒーよろしく」

 そう言ってウィンクしてきた。


 俺はやれやれと首を横に振って、給湯室(きゅうとうしつ)に行った。

 給湯室(きゅうとうしつ)は東側にある。俺たちはネジの部品ごとの課に分かれて仕事しているが、それは大抵一つの課で5、6人ほど。人フロアで6つの課があるからそれを二つの給湯室(きゅうとうしつ)で回すこととしている。


 主に後片付けは女子の仕事なのだが、最近俺のような男子もそれに手伝うようになってきた。

 まあ、渡部(わたべ)や笹原のような手伝わない人の方が圧倒的に多いが。


 幸運なことに乾燥機に入れられていないポットはまだあった。俺はコーヒーを仕掛けて、待つことしばし、人の気配が後ろの方に感じた。

「あ」

「あ、どうも」


 現れたのは違う課で新入社員1番の美女と噂(うわさ)されている加賀美愛(かがみあい)さんだった。

 ふわふわさせた黒髪ロングのパーマネント、ぱっちりとした大きな瞳、スッとした鼻梁(びりょう)、そこそこ唇は広かったが、しかし、ゆるふわ的な雰囲気の彼女に自然とそれが馴染んで(なじんで)いた。

 その愛さんが微笑む(ほほえむ)。


「隣空いてますか?」

「ええ、どうぞ」

 加賀美さんがビーガーにコーヒーをセットしていく。そんな加賀美さんに俺は話しかける。


「加賀美さん」

 加賀美さんが振り向く。

「何かわからないことはない?」

 しかし、加賀美さんはもちのような丸い笑みで首を横に振った。


「そう。わかった」

 俺はビーカーにコーヒーがセット完了したので、マグカップにコーヒーを入れ、トレイ

を乗せて運んだ。


 俺はパーテーション通路に開けた部分からの席へコーヒーを置いてくる。

「はい。杜崎(もりさき)さん」

「……………」


「はい、南さん」

「あ、どうもです」

 そんなお茶組をしている時に慌て(あわて)て春日部さんがきた。

 春日部さんはぽっちゃりとした太い声で慌て(あわて)ていう。


「あ、私がやりますから!」

「あ、そう、ならお願いね。こっちのミルクと砂糖は課長と笹原さん、ミルクだけは俺、ブラックは渡部(わたべ)だから」

 それに春日部さんはいかにも平頭(へいとう)しそうな勢いで俺からコーヒーを奪うと、みんなに渡していった。




「では、本日の会議を始めようか」

 5Fの会議専門のフロアでまず、課長が言った。


「では本日の議題だが、年末の来年の目標を決める議案(ぎあん)を課一つごとに案を提出することとなっている。私たち、六角ボルト専門の課でもそのための議案を提出しようと思うのだが、これには問題はないな」


 なし、という声が会議室で響いた。

 ちなみに会議室は扉を開けてデスクト椅子とホワイトボートがある部屋で、長方形の6平米メートルぐらいのあるそこそこ広い会議室だ。


 そんな中、ホワイトボードに書き込む係には南さんが、書記には笹原さんが付いていた。

「はい」


 そんな中、俺が手をあげる。

 課長は鬱陶(うつとう)しそうに言った。


「はい。葛城(かつらぎ)」

「今の日本の製造業で問題なのは後継者問題(せいぞうぎょうでもんだいなのはこうけいしゃもんだい)でしょう。日本の中小企業は高いスペックを持っていますが、それは個人の技量に多く、多くはマニュアル化されていません。なので」


「それは前年度の目標だった」

 俺が言い終える前に課長が遮った(さえぎった)。


「そして、それは棚上げ(たなあげ)となった」

「棚上げ(たなあげ)にしていいんですか?」

 俺は課長を睨む(にらむ)。課長も剣呑(けんのん)な視線でこちらを睨みつける。


「当たり前だろ?取引先とはいえ、よその企業だ。こちら側から企業体制に口を挟める道理はない」

「しかし、こちら側からアクションを起こさなければ、日本の技術が継承(けいしょう)されませんよ?」


「技術が継承(けいしょう)されるかどうかは中小企業さんの腕の見せ所だ。それをうちらなんかでカバーできない」

「しかし・・・・・・・」

 しかし、その突如雷鳴のような一喝(とつじょらいめいのようないっかつ)が会議室に響いた。


「いい加減にしなさいよ!」

 それは杜崎(もりさき)さんだった。杜崎(もりさき)さんが大声で言う。


「あんたは自分のことばかり話して!ちょっとは空気を読みなさい!」

「ここは意見を提出する場所だろ!意見を話して何が悪い?」

 それに杜崎(もりさき)さんは苦虫を噛み(かみ)締めた表情をする。


「まあまあ、お二人とも落ち着いて」

 それに割って入ってきたのが南さんだった。


「美香ちゃん、葛城くんも悪気はないんだし、ここは許してあげましょうよ。葛城くんも謝って、ね?」

 それに俺の心中に苦いものが出てくる。


「どうも、すみませんでした」

「・・・・・・・・」


「ほら、美香ちゃんも、葛城くんが謝っているんだから、あなたも謝るべきよ」

 こういう時、女性の側にも反省を求めるには南さんのいいところかもしれない。しかし・・・・・・・・・・

 杜崎(もりさき)さんは顔を横に背けたまま言った。


「すみませんでした」

「美香ちゃんも謝ったことだし、この件は水に流しましょう。いいよね?葛城くん?」

 それに俺は苦々しい心中(にがにがしいしんじゅう)を取り繕う(とりつくろう)言葉の煙として吐き出した。


「ええ、いいです」

 南さんがにっこりと笑ってみんなを見渡す。

「じゃあ、何かいいアイディアありませんかー?」


 これじゃあ、問題はいつまでも先送りになってしまうだろ。それにせっかくのアイディアを徹底的に煮詰めず(てっていてきににつめず)に水に流すということは、アイディアを出していないも同然ではないか?

 そう、俺は思った。

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