第10話婚活開始

 そして、土曜日の休日。

 俺は自室で書き上げた原稿を何度も読み返しながら推敲(げんこうをなんどもよみかえしながらすいこう)をおこなっていた。

 そして、見えるわ、見えるわ。自分の小説の穴が。


「うーん、あとでゆかりに見てもらわらないといけないな」

 なんせ、20万文字の大作だからな。しかし、こう推敲作業をしてもくたびれる。

 ちょっとカフェイン摂取に向かおう。


 そう思い立ちリビングに行くと、ダイニングテーブルで何やら書類に書いているゆかりを発見した。


「よ、ゆかり」

 ゆかりが顔をあげる。その顔には眼鏡をかけていた。そういやこいつ遠視だったよな。ちなみに服装は白のセーターにアクアブルーのフレアスカートにストッキングを着ていた。


 休日なのに、服装はしっかりしたものだよな。俺なんか上下ともにジーンズなのに。

 俺はやかんにIHで加熱させてゆかりの前に座った。


「冬なのに、スカートって寒くないか」

 ゆかりは淡い(あわい)白いサザンカの笑みをした。

「あー、これね。ちょっと、これでも女子力を上げたくて…………」

「女子力?でも、別にこの部屋に君の彼氏とかいないよね?俺は兄なわけだし………」

 それにゆかりは淡い(あわい)泡吹(あわぶき)の笑みをした。


「ううん。そうじゃないの。まあ、異性に見せる女子力ってものもあるけどね。個人的に女子力というのはね、自分でこうありたい、女子の理想に向かって直進するのが女子力なのよ」

「ふーん」

 その時IHに仕掛けておいたタイマーがなった。俺はインスタントコーヒーを出して、お湯を入れる。


「お前もコーヒーいるか」

「うん、キッチンに置いといて、後で飲むからー」

「了解」

 二つコーヒーを作って、そして、その一つを持って、ゆかりの前にまた来る。


「なんだ、その書類?新しい保険に入るつもりなのか?」

 そういうとぷっくりゆかりは頬を膨らま(ほおをふくらま)せた。


「もう、忘れたの?兄さん?」

「何が?」

「私、1年間、婚活を頑張るって言っていたじゃない」

「あ………」

 そう言えば、そういうことも言ってたよな。こいつは失敬(しっけい)。


「これは失礼した。日々の仕事が忙しくてすっかり忘れてたよ」

 ゆかりを頬を膨らま(ほおをふくらま)す。


「もう!しっかりしてよ兄さん!」

「しかし、なんだ、弁解(べんかい)をさせてくれ。まさかこうまで早く行動に移すとは思わなかったんだ。ほら婚活サイトって色々あるだろ?だから、こんなに早く見つけ出すなんて思わなくて・・・・・・」


「婚活所はネットで評判のいいところを決めた。そうしたら、結婚まで頑張ってくれる気がするしょう?」

「なるほどな」

 うんうんと俺は頷いた(うなずいた)。


「いい判断だ」

 それに赤く丸い牡丹(ぼたん)の笑みをゆかりはした。

「ありがとう、兄さん」

 そして、ふと用事を思い出した。


「そう言えば小説のことなんだけどさ」

 そういうとゆかりを身を乗り出した。


「できたの!?兄さん!」


「いや、まだだ。ちょっと推敲(すいこう)手伝ってもらえるか?まだ、俺が推敲をするけどさ、俺が、し終わった時に読んで欲しいんだけど?」

 それにゆかりは清純(せいじゅん)な白百合(しらゆり)の微笑み(ほほえみ)で頷いた(うなずいた)。

「うん。いいよ、兄さん」


「すまない、助かる。や、合コンの方もなんとかしようとしているんだけどさ、こないだ一件断られたんだ」

 それにゆかりは知恵のあるフクロウの目で俺を見た。


「兄さんが、断られた?それって男性?」

「いや、女性だけど。うちの会社にあんまりまともな男性はいないね。いるとしてももう既婚済みか。その辺り」


 そう言って、俺はナハハと笑った。

 しかし、俺の軽い軽口とは別にゆかりは思案げに目を俯かせて(しあんげにめをうつむかせて)いた。


「うん、まあ、そう、だよね」

「なんか言ったか?」

 そういうと、ワタワタとゆかりは手を動かした。


「なんでもない!」

「そうか」

 ともかく、その日はそうやって過ごして、そしてその来週の日曜日。


「行ってきます」

 スーツ姿のゆかりは笑顔で俺に挨拶(あいさつ)してきた。

 俺は寝起きのばかりなので、眠たげに言った。


「おー、朝から早いな」

 今日はゆかりの結婚相談所の会員登録の日。しかし、朝の9時からだとは早いこって。


「ええ、なんでも向こうは結構いっぱいの会員がいるそうで、この時刻から行かないとダメだとか」

 俺はふぁーあとあくびをする。


「大変だな、でも」

「でも?」

 俺はにっこり笑って親指を出した。


「がんばれや」

 それにニコッと笑うゆかり。


「行ってきまーす」

「夕食はお前が好きなカレー用意しとくからなー」

「はーい」

 見送ったあと、俺は頭をボリボリかいた。


「さてと、まず、朝飯食うかな」

 いそいそとトースターにトーストを入れる俺であった。




 それから、3時少し前にゆかりは帰ってきた。


「ただいまー」

「おかえり」

リビングに入るなりぐでっと寝転がるゆかり。

 

そんなゆかりに俺は………

「はい。インスタントコーヒーとみたらし団子」

 それにガバッと起き上がるゆかり。


「え?いいの?もらっちゃって?」

「うん、いいから。早よ手洗いしてこい」

「はーい」

 そして、手洗いをしたあと、お手を合わせた。


「いただきまーす」

 もぐもぐと食べるゆかり。そして、ふとゆかりの顔に疑問符が浮かぶ。

「あれ?兄さんの分は」


「俺はダイエット。そんなに悪くないんだが、去年に比べて1キロ太っていたから、今のうちに激しくしないダイエットをしようと思って」

 その言葉にしょんぼりするゆかり。


「そうなんだねー。私も、ちょっと太ってきたし、ダイエットしようかなー」

「ま、するかしないかはともかくとして、で、どうだった婚活所の方は?」

 それに彼女は頷いた(うなずいた)。


「うん。専門のカウンセラーがついて、色々質問攻めにあった。それで今日のうちに見合い相手決まったよ」

「ふむ」

 俺は一拍(いっぱく)置いて言った。


「順調(じゅんちょう)だな」

 それにニコッとゆかりは笑う。

「うん、順調(じゅんちょう)、順調(じゅんちょう)」


「でも、この調子だとすんなり決まるんじゃないのか?ゆかりは魅力的だし、面食いじゃないし」

 それにゆかりは苦々しく笑う。


「まあ、顔は選ばないよ。ただ…………」

「性格についてはうるさいと?」 

 それにコクリと頷くゆかり。


「うん。まあね」

「…………………」


「だってさ、結婚するとなると、自分の生活と相手の生活を一緒に、と言うか混ぜ合わせなきゃいけないじゃん?それは、慎重になるわよ」


「そうか」

 そう言えばそうだよな。

 俺は唐突に話題を変えてみた。


「なあ、合コンの件だけど」

「ん。進展あった?」


「いや、渡部(わたべ)のやつに気づかれたくないから、そんなには表立って動けない」

 それにゆかりは深く頷いた(うなずいた)。


「ああ、あのクソイケメンね」

「悪いな」

 ゆかりは毒素(どくそ)を抜かす薬草のような表情で俺を宥めた(なだめた)。


「ううん。兄さんが悪いわけじゃないから、悪いのはあのクソイケメンだし」

 それに俺は微笑む(ほほえむ)。


「じゃあ、しばらくはこのまま活動をするって言うことでいいな?」

「うん」

「それじゃあ夕食を作るか」


「あれ?まだ4時だよ?」

「まあ、夏場でもないしカレーだから大丈夫でしょ。早めに作っておくわ」


「あ。なら、兄さん。手伝おうか?」

「いいね。でも、その前に着替えておいで、ゆかり」


 それに手で頭をコツンとするゆかり。

「はーい」

 いそいそと部屋に行くゆかり。俺はまず米を洗うことにした。




 そして、夕食のカレーができて7時ぐらいの時に俺たちは食べることにした。


 カレーとシーザーサラダと六条大麦の麦茶が注がれたコップのみ、とちょっと侘しい(わびしい)夕食風景だったが、しかし、カレーがどんと置かれているだけでその品数の侘しさは結構なくなるんだよな。


 カレー様万歳。

六条大麦の麦茶をコップに注いで、カレーを食べながら、聞いてみた。


「ゆかり。お前はどんな人がタイプなんだ?」

「ん」

 ゆかりは口に入れたカレーをモゴモゴさせて、飲み込んだあと言った。


「私は結婚相手はタイプで選ばない」

「そ、そうなのか?」

 俺は内心戸惑い(ないしんとまどい)ながら答える。ゆかりは滑らか(なめらか)な氷のようなスムーズさと冷たさで話した。


「好みのタイプと言ったら、そりゃイケメンでクール系男子が好みだけど。好みのタイプと結婚相手は全く別物。結婚となると、先に言ったようにお互いの生活が混ざるからね。婚約者に求めるものと言ったら、まず人間がしっかりしていることと、優しさ。私だけじゃなくて、周りも優しくしてくれることと、あとある程度頭の良い人がいいかな?これは日常会話やトラブルが起きた時に冷静に議論できるぐらいの頭の良さ。あと、一緒にいて落ち着けるかも重要なポイントだよね」


「それはわかるな。俺もそこのところは重要視しているよ。あんまり、容姿とか体重とかわりかしどうでもいい」

 ゆかりはふふと意味ありげな笑みをする。


「な、なんだよ、気色悪いな」

「私が今言った内容全部、兄さんに当てはまっているんだよ」


「そ、そうか?」

 うーむ、自分のこととなるとよくわからんな。結局自分のことは自分が一番よくわかっていないという例のアレ。

「そうかな?」

 ゆかりは首を傾げる。


「じゃあ、聞くけど、兄さん。私が今言った内容の男子職場にいる?」

「う!いませんでした」

 速攻で謝る俺。そう言えば最近の男子って人間的にしっかりしていないよな。

 ついつい、そう散らかったことを考えてしまった。


「よろしい。大体そう言う男子が多数派になれば、私だって結婚をここまでこじらせはしないんだからね」


「なるほど」

 しかし、これは考えれば考えるほど、ハードルは高いかもしれないな。

「実の所、それは私も考えている」

 ゆかりは泥のような冴えない(どろのようなさえない)表情をしていた。


「私自身、正直言って結婚できるとは思えない。だから、兄さんがいてくれてよかったよ」

「はい?」

 そして、俺は思い出す。そう言えば、来年1年間成果が出なければ俺と結婚、と言うか同居生活をし続けることとなっているんだっけ?


「そ、その時はお手柔らか(おてやわらか)にお願いします」

 そうしたら、プッとゆかりは吹き出した。


「何言ってんの!?兄さん?もう私との同居生活順調(じゅんちょう)じゃん!」

「ま、まあ、そうだが」

 しかし、改めて結婚て言われると何か身構える(みがまえる)ものがあるな。

 男の悲しい性(さが)かもしれないけど。


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