第9話昔の命とゆかり
第二部 結婚とは?
日曜日の朝、僕はゆかりの部屋の前に来ていた。
ゆかりの扉をおずおずとノックする。
「何?」
すぐ不機嫌(ふきげん)な声が聞こえる。
「ゆかり、僕だよ」
「………………」
しかし、返事は沈黙(ちんもく)だった。
「開けるけどいい?」
ドタバタという音が聞こえて、ガチャ!っと乱暴に扉は開いた。
そこには不機嫌(ふきげん)なゆかりの表情があった。
中学生ということもあり、童顔(どうがん)な顔立ちをしているが、それよりも、ものすごく不機嫌(ふきげん)なオーラが出ていた。
「お兄ちゃん、何の用?」
言葉の端端(はしばし)に僕を嫌悪しているような態度が伺える(けんおしているようなたいどがうかがえる)。僕は勇気を出していった。
「あ、あの!」
「……………」
「せっかくいい天気だからお茶に行かない?」
バタン!
勢いよく扉が閉まる。
「ゆかり?」
扉越しに大きな声が聞こえた。
「くだらないこと言わないでよ!お兄ちゃん!」
「ゆかり………」
僕は大きな敗北感を抱えたまま、とぼとぼと自分の部屋に戻った。
ああ、そうだったな。当時の俺はゆかりと仲良くしたかったのだ。別に恋人同士みたいになりたいわけじゃない。ただ、普通の兄弟として仲良くしたかったのだ。
でも、ゆかりはそれをことごとく拒絶(きょぜつ)した。
まあ、俺にも責任はある。頼りなかったもんな、当時の俺は。
それを思い出しながら緩やか(おだやか)な覚醒の時を迎えた。
むくりと布団から起き上がる。
「さむ」
ブルっと身を震わすほどに寒い11月下旬の気温だった。
のっそりとベッドから起きて、ストーブのアルリビングの前へ、iPhoneを持って移動する。
iPhoneで時間を確認。6時か。遅すぎるというわけではないが、早めに用意しないとな。
大きくあくびをして、臨戦体制を整えていく(りんせんたいせいをととのえていく)。
今日は月曜日。仕事だ。ダラダラとしてはいけない。とりあえず、俺はリビングに着いた。
「あら、兄さん、おはよう」
リビングに行くと、エプロン姿の妹が出迎えてくれた。ちなみに服装はパジャマのままだ。
「ふぁーあ、おはよう。今日は早いな」
「ええ、仕事ですから」
それにそつなく答えるゆかり。だが、俺は知っている。妹は時々寝坊をすることを。その時は俺が起こしてやるのだ。
「兄さんこそ、眠そうですね」
「うむ。非常に眠い」
そう、コックら、コックら、顔を縦(たて)に揺らすながら答える俺に、ゆかりは呆れた(あきれた)ように笑った。
「なんですか、それ?」
「俺にもわからん。とりあえず食おう」
俺の言葉に完全に呆れ返った表情をしていたが、彼女は今、朝食べないと遅刻するだろうと、考えたのかあえて突っ込まず、ゆかりは頷いた(うなずいた)。
ほんと、今回のボケは余計(よけい)だったかな?
「ええ。私はコーヒーをしておくので、兄さんはトーストをしてください」
「ガッテン承知」
俺たちは早速分業作業に取り掛かった。妹はコーヒーをしてくれて、俺は食パンを焼く。
その待ち時間の中、俺は今日見た夢について話そうと思った。
「そうだ、懐かしい夢を見たぞ」
「へー、なんですか?」
「中学生の頃のゆかりに、俺がお茶に誘う夢。こっぴどく断れたけどな」
それにゆかりは微笑む(ほほえむ)。
「まあ、当時は男というものがどういうものか知らなかったですからね」
「うむ、昨日とはいろんな意味で真逆のシチュエーションだった」
それににっこりゆかりは微笑む(ほほえむ)。
「そうですね」
「お、焼けたな。マーガリン、マーガリン」
コーヒーも出来上がり、トーストとコーヒーを俺たちはいただくこととなった。
俺たちはいただきますをして、朝食を食べていく。
そんな最中、ゆかりは言った。
「
あの、兄さん」
「ん?なんだ?」
いきなり殊勝(しゅしょう)な顔つきをするゆかり。
「10代の頃はすみませんでした。私がわがままばかり言って」
「いいの、いいの。昔は俺もヘタレだったし」
「でも…………」
ゆかりはマグカップを置く。
「いっぺん謝りたかった」
「…………………」
ゆかりの後悔(こうかい)が胸に刺さった。俺も、ゆかりとは仲良くしたかった。ゆかりが小学生低学年の頃は比較的仲良くしていたが、彼女が10歳ごろになるとちょっとずつギスギスし始めて、やがてヘタレな俺を軽蔑(けいべつ)するようになってきたのだ。
ゆかりと仲良くやれているのは最近、ゆかりが大学生を卒業し、社会人になれた頃、このマンションに同居をして比較的仲良くやれている。
だから、今はそんなにゆかりに不満は持っていない。
普通に仲良くしている。それ以上でも、それ以下でもない。
ゆかりは・・・・・・・・
本当に俺なんかとこんな生活をずっと続けてもいいのだろうか?俺は昨日のことぐらいしかできないんだけど?
「なあ、ゆかり」
「何、兄さん?」
「お前がいうには、俺とずっと同居をするようだと言っているけど、それでいいのか?俺は昨日のことぐらいしかできることないぞ?」
それに、フッとゆかりは笑った。
「あれだけで十分。正直言って、あれがベストなの」
「あれが、ベストなのか?」
「ええ、私が欲しいのは恋人ではなく、私の人生を共に歩んでくれる人だから、特別なことは何も求めていないわ」
「なんか、拍子抜け(ひょうしぬけ)だな。女性は、親しい人と特別な関係性を築きたい、とどこかの本で読んだことがあるのに」
それにゆかりは遠い目をする。
「もう、男にそこまでのことを望んでいないから」
「………………………」
それに俺はなんとも言えずに苦い表情をする。
男にはそこまでのことを望んでいない、か。
それは俺たち男の方に問題があるよな。やっぱり。女性をここまで絶望させているのは男性の問題だよな。なんか、なんとかこういう空気感を打破しなくちゃな。どこまでできるかわからないけど。とりあえず、『イケメンすぎる笹原一樹(ささはらかずき)くん』を出して、様子を探ってみるか。
そう誓った(ちかった)冬の日だった。
で、早速会社に到着をして、妹の婚活選びに嘉門(かもん)さんに当たることにした。
嘉門(かもん)さんは、違う課の女性でそこまで仲良くないのだが、仕事上の付き合いで何度か話し合ったことのある中だ。
嘉門(かもん)さんは美人とは言えない、影のある顔立ちをしていて、今まで友達になろうとは思わなかったのだが、仕事はきっちりしていて、その点で責任感のある女性だと俺は思っている。
彼女に、彼女の男友達か兄弟を紹介してもらうつもりで早速声をかけるつもりだった。
そして、その時は訪れた(おとずれた)。昼食休憩の時、俺は彼女に話しかけた。
「嘉門(かもん)さん!」
嘉門(かもん)さんが振り向く。そのキッチリとした目が俺を認識する。
「なんですか?」
「ちょっと話があるんだけど、一緒に昼食を取らないか?」
それに彼女はコクリと頷いた(うなずいた)。
「じゃあ、ついてきてください」
「ああ」
嘉門(かもん)さんが連れてきたのは、女子たちがよく入る、パスタと焼き立てのパンが置かれている小洒落(しゃれ)たレストランだった。
早速席に座って、俺はカルボナーラを、彼女はホタルイカの和風スパゲッティと俺たち二人は焼き立てパン食べ放題を注文した。
「早速本題(さっそくほんだい)に入ってもいい?」
それにコクリと頷く、嘉門(かもん)さん。
「実は俺の妹が困っているんだ。もう、妹は27だけど、結婚相手がいなくて、それで誰か男を紹介してくれないか探しているんだけど、嘉門(かもん)さん、まだ結婚していない、男友達を紹介してくれない?」
嘉門(かもん)さんは素直に聞いてくれたが、僕の話が終わるや否や(いなや)、ボソリといった。
「それで、私になんのメリットがあるんです?」
「え?」
思わず聞き返した。
「いや、妹、女性だよ?同じ女性としてなんかこう、手助けをしよう、とかそういう気にはならないの?」
それに、フンと彼女は鼻で笑った。
「要件(ようけん)はそれだけですか?」
「あ、ああ、それだけ。あ、あと、このことは渡部(わたべ)には内緒でいいかな」
それに彼女はコクリと頷いた(うなずいた)。嘉門(かもん)さんが席を立った。焼きたてパンを取ってくるのだ。
あまりにもひどい言葉に俺はしばらくその場から動けなかった。
10分後。ようやく俺はパスタを食べ始めたが、味は覚えていない。
定時になってもまだしこりが抜けなかった。
なんなんだ?あの態度、生意気(なまいき)にも程(ほど)がある。あれが女性というものなのか?
なんか、女性って苦手だな。なんか、こう、全く会話できていない。
その時、ふとある単語が俺の中に閃いた(ひらめいた)。
昔は母性本能(ぼせいほんのう)が女性にはあると言われていたけど、そんなものないじゃないか、攻撃力の塊(かたまり)だよ、女性って。昔は、そのことで朝日新聞が母性本能(ぼせいほんのう)神話とか、で散々叩いていたけど、でも、昔の方が良かったんじゃないのかな?
いや、違うか。重要なのは男とか女とかじゃない。人間誰しも優しさを持つべきなんだよ。男が優しさを持たなかったら、それはそれで大変だしな。
「よし!」
ばんばんと頬を叩いたあと、みんなに言った。
「お疲れ様です。先に上がります」
お疲れー、という声を聞きながら俺はエレベーターの前に来て、開いた途端(とたん)、南さんが現れた。
「南さん、まだ仕事?」
俺はにこやかに微笑み(ほほえみ)かける。
南さんは湖の妖精(みずうみのようせい)のような可憐(かれん)な微笑み(ほほえみ)をして答える。
「うん。あと、ちょっと」
「何か困っていることがあったら遠慮なく声かけてね?手伝うよ」
それに南さんはわたわたと手を振った。
「だ、大丈夫です!」
「そ、そう?育児とかで大変じゃないの?」
南さんは先程の湖の妖精の面影は一切なく、今度はテンパった子犬のように首をブンブン横に振った。
「ご迷惑、おかけませんから!」
「そう。ならいいけど。でも、本当に困っているならいつでも手を貸すよ」
そう言ってにっこり微笑んだ。
南さんは、また湖の妖精の笑みをした。
「はい」
「じゃあ、先に上がるね」
「お疲れまでしたー」
南さんは深々(ふかぶか)とお辞儀をして、俺はエレベーターに乗り込み自宅へ向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます