第6話妹と一緒にランチへ


「・・・・ゃん」

 ゆさゆさ。

 誰だ?この体を揺らすものは?もうちょっと寝かせて、くれ………


「おじちゃん!」

 それで俺は覚醒の時を迎えた。




「うっ」


 目が覚めると小さな男のこと女の子が僕の肩を揺すっていた。

 男の子が言う。


「おじさん、おじさん。あそぼうよ」

 女の子も言う。


「遊ぼうよ」

「えっと………」


 そうだ思い出した。昨日由衣姉さんの自宅に寝泊まりしていたのだ。服を持っていなかったから、ウイスキーを飲んだ後そのまま寝てしまって。昨日と同じ服のままだ。


 それでこの子達は俺の甥と姪にあたる、勝さんと結女さんだ。うん。だんだん思い出してきた。

 俺はニコニコ顔で二人にいう。


「お母さんは?ちょっとお布団片付けなきゃね」

 その時2階の階段から降りてくる足音がして、それは果たして由衣姉さんだった。


「おお、起きたか」

「はい。起きました。お布団後は任せても大丈夫ですか?」

 それに由衣姉さんはコクリと頷いた(うなずいた)。

ちょっと子供たちと遊びます」

 それに由衣姉さんはペロペロキャンディーの柄(え)を掴むと思案げな(つかむとしあんげな)表情になった。

「まあ、それは、いいんだが。お前たち学校の宿題は済ませたか?」


「うん!」

 勢いよく返事をする結女さんにぎくりとする表情をする勝さん。

「勝………」


「違うもん!お母ちゃん!これからやるもん!」

 それに俺は勝さんの肩を掴んだ。


「なら、おじちゃんと一緒にやろうね?勝さん」

 それに勝さんがしょんぼりと答えた。

「………はい」




 結局、勝さんの勉強に付き合わされて、そんなに二人とも遊べなかった。最後にかけっこをしたぐらいだ。


 ゆかりも待たせているので、由衣姉さんの家には朝の10時に後にした。

 まだまだ、本格的に冷えてきそうな11月中旬の気温。このまま普段通り冷えてくれればいいんだが・・・・・曇り空ひとつない冬の朝の光、、少し寒いが普段の冬とは違うきがする。早く、ウチに帰ってストーブの前に移動しよう。


 そして、駐輪場に自転車を置き、チェーンロックをして、暗証番号を押してマンションの中へ俺は入っていった。


 うー、マンションはエアコンが効いていて快適だなー!ああ、早く家に帰ろー、っと。

 そして、自分の部屋を鍵で開けて、俺は部屋に入っていった。

 手洗いをしてから、リビングに行く。そうしたらゆかりがリビングを掃除をしていた。

 ゆかりは白のブラウスに紺のロングパンツとピンクのエプロンで掃除をしていた。


「ただいま。お前どこか出かけるのか?」

 それににっこりと微笑む(ほほえむ)ゆかり。


「うん。表参道で新しいパン屋ができたらしいよ。一緒に行こうよ、兄さん」

 しかし、ゆかりは俺の衣服を目で追った。

「でも、着替えないとだめね」


「いや、冬場だから、そんなに汚れは…………」

「もう!そんなヨレヨレの服で歩いていたらこっちまで恥ずかしくなるでしょう!さっさと着替える!」

 そう、鬼のような形相で睨み(にらみ)つける妹。

「むぅ」

 ここで簡単にイエスと言っては兄としての面目はなかった。なので、俺は…………。


「着替え、どこだ?」

「兄さんの箪笥(たんす)の中」

「了解」

 残念ながら、そんな昭和的な男らしさは、もうすでに俺たちの世代ではないのだ。

 俺は自分の部屋に入って、いそいそと着替え始めた。




 表参道の駐輪場に自転車を置いておよそ徒歩10分。お目当ての店はすぐに見つけることができた。


 中に入ってみると、洒落(しゃれ)たカフェで、表参道の表側にあることは伊達(だて)ではなく、一回はパンの販売、2階、3階はそこで買ったパンを食べれるもので、透明なアルミサッシから差し込む陽光とともにパンを食べるのは最高に気持ちよく、また、白を基調とした内装と木製のテーブルと椅子も雰囲気をよく表していてとても気分がいいものだ。


 俺はバターじゃがデニッシュパンを頬張ると、咀嚼(そしゃく)して飲み込んだ後、真正面に座っているゆかりに言った。


「たまにはこう言うのもいいな」

「でしょう?」

 ゆかりはうーんと伸びをする。そして、はぁーっと、深く息を吐いた。


「大丈夫か?」

 それににっこりとしてゆかりは答える。


「大丈夫だよ。ただ、ここんとこ残業(ざんぎょう)続きでちょっと疲れていただけ」

「そうか、そうだったよな。俺も南さんの業務をやっていたわけだし、ここんとこ二人とも忙しかったよな」

そうして二人してクスクス笑い合う。


 そして、ゆかりは俺のパンを見た。

「兄さんは多いね」


「俺は普通だろ。お前の方が少ないんじゃないのか?」

 俺が買ったものはホットコーヒーにメロンパン、じゃがバターパン、シナモンロールだった。


 対して、ゆかりが買ったものはサンドイッチにチーズケーキにホットミルクティーだった。

 ゆかりはブスッとした表情をしていう。


「私は普通!兄さんが多いんだってば!」

「そんなことはヒゃいおみょうんだけひょな」

 それにゆかりはぷっくり頬を膨らませた(ほおをふくらませた)。


「もう、喋り(しゃべり)ながら話さないでよね!行儀(ぎょうぎ)が悪い」

 俺はジャガバターパンを食べ終えてからいった。

「あー、済まなかった。じゃあ、次はメロンパンを食べるかな」

 ゆかりはちょっとした好奇心を持つ猫の目をした。


「あ、兄さん、メロンパン。好きだよね?」

「まあな」

 俺はメロンパンにかぶりつく。次の瞬間、苦い顔をした。

 ゆかりが心配げに顔を覗き(のぞき)込む。


「どうしたの?何か異物が混入していた?」

「これ、メロン果汁入りのメロンパンだ」

「ハハハ!」

 ゆかりは腹を抱えて笑い出す。俺はメロンパンは好きだが、メロン果汁入りメロンパンは大っ嫌いなのだ。


もちろん、それをゆかりは知っている。だから爆笑しているのだ。

それに俺はブスっとした表情をする。

「ちょ!お前笑いすぎだろ!」

「だってぇ、兄さん、おかしいんだもの」


 はぁ、やれやれと首を振って、メロンパンを食べた。

 と、その時、サンドイッチを食べ終えたゆかりに注文していたケーキが届いた。


「わぁ、チーズケーキ!」

「サンドイッチとチーズケーキか、結構あるな」

 結構チーズケーキがボリュームがある。前言撤回(ぜんげんてっかい)。こいつも結構食うな。

 だが、しかし、ゆかりはチッチッチと指を振る。


「それは違うよ、兄さん」

「何が?」


「さっきまでは昼食で、ケーキは別腹なの」

「はぁ?」


「だから私の昼食はサンドイッチなの。わかる?兄さん?」

「済まん、俺は女子語はさっぱりだ」

 それに、プッとゆかりが笑って、俺も釣られて笑って二人して笑い出した。

 そして、ゆかりが麗かな(うららかな)春に咲く若草の目をした。


「いいな」

 ボソリとゆかりがつぶやく。


「何が?」

 しかし、俺の質問に答えずに、ゆかりは別のことを言った。


「ねえ、兄さん、無財の七施(むざいのしちせ)って知ってる?」

「無財。それって仏教のか?」


「うん。知ってる?」

「確か、がんせ、と言うのがあったっけ?」


「眼施(げんせ)。まあ、でもそう言うものだよね」

 うん、とゆかりはミルクティーを飲んで説明をした。


「大学で習ったんだけどね。無財の七施と言うのはお金がなくて寄付ができない貧乏な人でも、心掛けと行動で寄付にも同じ善行ができると、説いた仏教の教えでね。私が覚えているのは眼施、心施(しんせ)、身施(しんせ)、和顔悦色施(わげんえじきせ)」


「えーとなんだっけ?眼施と言うのは優しい目つきをすることだっけ?」

「うん。兄さんが私を見つめる目っていつも優しいよ。他にも心施があって、これは心から感謝の言葉を出すこと」


「俺ってゆかりに心からの感謝を伝えたか?」

 あんまり記憶にない。


「あるよ。いつも、私が家事をしてくれているのを感謝してくれてるじゃない」

「そう、だったか?」

 日頃の行いなのですぐに忘れている。そんなに真剣に感謝の言葉を大事にしたかな?とふと思う。


「表面的な真剣さは真剣さじゃないの」

 というと?

ほら、瞬間的にその場で、私は真剣です!と言う場面は必要かもしれないけど、でも、それは本当の真剣さじゃないと思うな。表面的な真剣さって、取り繕う(とりつくろう)真剣さでしょ?そう言う時は必要かもしれないけど、でも、本当の真剣さは、日常の言動に隠れていると思う。本人の考えが血肉となって、言動に現れていると思うんだ。だからさ、普段、あなたに感謝しています!と言われてもさ、生活の場面は四六時中その人と一緒にいるから、本当に感謝しているか、していないかってすぐにバレるんだよね。確かに兄さんはだいぶあっさりとした感謝の言葉を出すけど、本当に私に感謝していることは私は分かるよ。だから、私の兄さんでありがとう、兄さん」

 そう言って深々(ふかぶか)とゆかりは頭を下げた。


「いや、こちらこそ、俺の妹でありがとうな。いつも家事でお世話をさせてもらっています」

 こっちも深々(ふかぶか)と頭を下げる。

 それにクスッとゆかりは微笑む(ほほえむ)。


「これが心施だよ、兄さん」

「なんとなくわかった」

 また、伸びをするゆかり、そして言った。


「いいよねぇ」

「何が?」

「こうやって真面目な話を話せると言うことがさ、いいの」


「ああ、それは分かる。俺たちの世代はなんかマジな話はダサいって言う、風潮(ふうちょう)があったよな?」


 それにコクリとゆかりは頷いた(うなずいた)。

「うん。あるある。でもマジな話ができる人がいるっていいなぁ、って思ったの」

「まあ、それはなんとなく分かるな」

それにゆかりはクスリと笑った。


「そうだね」

 ゆかりは腕を伸ばした。


「本音で話し合える人がいるっていいね」

「ゆかり?」

 ゆかりは孤独の憂いを見せる琥珀色(こどくのうれいをみせるこはくしょく)の目をしていた。

 ゆかりは何を考えているかわからない。いや、本当に何を考えているのかわからない。普通ならここは聞かないのがベストだろう。だが、俺は………


「もし、何か相談事があればお兄ちゃん乗るぞ」

 それにゆかりは苦笑する。


「何?妹が妻になってくれるからそんなに優しくなったの?」

「ゆかり!」

 俺は大きな声を意識せずに出した。周囲が何事かと俺たちの方を見る。それに俺はおっほんと咳をしていう。


「ゆかり、真面目な話。人が困っているのなら手助けをするのは人として当然なことだろう?友人とか、妹とか、妻とかに関わらず」

 それにゆかりはニッカリ笑った。


「うん、兄さんのそう言うところ知ってた ♡」

「ゆかり」

「でもいいんだ。これは普通の女友達に関する問題だから、別に兄さんが話して解決できることじゃないし」

「し、しかし・・・・・・」

 俺は口をモゴモゴさせていった。


「話ぐらいなら聞いてやるぞ」

 それにニカッとゆかりは太陽の笑みをした。

 そして、穏やかな夕凪(おだやかなゆうなぎ)の目をする。


「兄さん優しいよね」

「人として、人に優しくするのは当然のことだ。だけど・・・・うん、そうだな。俺はお前のことを妹とは思っていなかった。と言うか妹だからこそ、赤の他人だと思っていた。この感覚を説明するのは難しいが・・・・・」


 しかし、緑は頷いてくれた。

「うん。分かるよ、兄さん。兄弟だからこそ、お互いを赤の他人以上に隔てた(へだてた)存在だと思ってしまうんだよね?」

ああ。なんか。言葉で説明するのは難しいが」

 ゆかりは優しい香りのするサフランの眼差しを俺に送った。


「うん。だから、赤の他人である私に、兄さんはそこまで親切にしてくれたのかな?」

「まあ、他人には親切にしなさい、と学校で教わったしな」


「うん、そうだね。私もそう教わった」

 ゆかりは遠い目をする。


「でも、私たちって全然他人に親切にしないよね?」

 それには俺も頷くしかなかった。

 表面的な気遣い(きづかい)はできるけど、踏み込んで相手におせっかいを焼くと言うのは俺たちにはできない。それはなぜか?


 だが、俺はその答えを持っている。

 それは、みんながそうしなかったからだ。それだけのことだ。


 それに俺はなんとなく釈然(しゃくぜん)としない感情を今も抱いている。

 みんなとかは関係なく、お前はどうしたいんだ?


 そうビクビクと周りを見渡しながら答える人に俺はそう言ってやりたい。でも、反面無駄だろうな、と言う気持ちが拭えない(ぬぐえない)。


 そう言う人たちはそんなことは考えないからだ。

 ゆかりはパンパンと手を叩いていった。


「ごめん。湿っぽい話になっちゃったね。さ、食べよ、食べよ。ホット飲料が冷めるよ」

「・・・・・・・・そうだな」

 それで俺たちの話は打ち切りになった。

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