第4話もし、結婚したのならば・・・

 家事の全般はゆかりがしてくれている。俺は自室にこもってパソコンで小説を書いている。


好きだから家事は任せて、と言って応援してくれいるのだ。


 まあ、でも1週間に2回は俺も夕食を作っているんだが、個人的に自分が食べたいものを作っているだけなんだけどな。


 まあ、それはともかく、ゆかりは俺のことを応援してくれている。

 俺はゆかりに好きなものができたら俺も家事を手伝うから、と言うが、ゆかりが好きなことはドラマを見ることと小説を読むことで、なおかつ俺の小説がゆかりにとって大好物であって、なかなか他の趣味が見つからないらしい。


 だが、今のところ3冊しかできていないが、社会人をしながら描くとなると、かなり描く時間は抑えられるし、今書いている、イケメンすぎる笹原一樹くんは、若い読書に恋に勉強に遊びに一生懸命(いっしょうけんめい)になれ、と言うのがメッセージだが、主人公の笹原和樹がめっちゃ頭が良い、と言う設定をしているのでこっちも勉強をしないといけなくなる。まあ、第一部はなんとか乗り切れそうだが、問題は第3部以降になるな。結構、一年生の時のレポートは基礎的なものだったけど、2年生になると応用とか、ディベートをするから、もっともっと勉強をしないといけなくなる。

 

社会人をしながら勉強と小説書きは結構きついものがある。第一部を終わったら、また別な作品を書こうか。


 そして、書いている最中、主人公に好意を抱いているヒロインが、主人公が、高齢者や女性に席を譲っているんだ、と言うセリフを書くシーンがあって、それはとても素敵です!と感極まった(かんきわまった)口調で話していた。


 それに俺は苦笑する。自分で書いて言うのもなんだが、人に優しくして感謝された経験はない。


 南さんも。


 南さんは俺の3年後輩で入った社員だった。南さんはいつも、お茶汲み(おちゃくみ)係だったから、俺が手伝おうとしたら、恐縮(きょうしゅく)な表情で、すみません、できます、と言って俺に手伝いをさせなかった。


 俺は仕事の面で南さんにも指導はしたことがある。その時も南さんは恐縮(きょうしゅく)な表情をしていた。


 忘れもしないある日、俺は会議の時に単語を一つ言い間違えた。そうしたら、南さんはものすごくバカにした表情で俺にはぁー!?と言ってきた。


 正直言って、俺は呆れた(あきれた)。そして苦しんだ。


 なぜ、そんなことを言われなければならないんだろう、と本気で思った。単語ひとつ間違えただけでなんでそんなことを。


 結局南さんはミスを許せない人なのだ。自分にも他人にも。そしてそう言う人は増えている。そして、俺はそう言う人とやっていけれない。


 ほろ苦い思い出だ。


 人に優しくしてもいいことはない。それなのに、この小説の主人公は人に優しくしまくる。そして、モテる。


 本当はモテると言う設定は入れなくなかったのだが、そうしないと読者に読んでくれないから仕方なく入れたのだが、俺はふと思ってしまう。


 みんな優しさなんてどうでもいいと思っているんじゃないのか?


 そして、今、物質的に豊かになった今、食うことに困っていなんだから別にいいんじゃないか?という風潮(ふうちょう)がそこかしこに見受けられる。

 地域の絆も切れ、元から日本に家族の絆はなく、全員が全員、世間に逆らわなければ何をしたってOKというような風潮(ふうちょう)になってきている。

 そこには自分も人もミスを許さない重苦しい空気しか残っていない。


 若い人たちはこのことに気づいているんだろうか?いや、気づいているな。だから、あれほど、人のミスに敏感(びんかん)になり、人の手助けを借りない、というようなことが起きているのだ。


「優しいから素敵か」

 独りごちる。もう、そんな時代じゃないな。人に優しさを見せたら攻撃される、今はそんな時代なのだ。





「おはよう。ゆかり」

「おはよう、兄さん」


「今年の朝は冷えるな」

 異常なことに、いや今後これが正常になるかもしれないが、今は11月なのだ。しかし、10月はかなり暖かかった。


 それが11月になって急転直下の如く(きゅうてんちょっかのごとく)冷え込んだのだ。うう、これからの地球はどうなるんだ?


 俺はしばらくiPhoneでアプリで遊んでいたが、むくりと起き上がって言った。

「兄さん?」

「何か手伝えることはないか?コーヒーぐらいなら入れるけど?」

 だが、ゆかりは首を横に振った。


「ううん。コーヒーなら私がしといた」

 うちの妹は朝が強い。うちの家ではよくゆかりの方が優秀だと言われた。家事も勉強もゆかりの方が優秀だった事実として。


 そのせいか知らないがゆかりの中高生の時は俺はこっぴどく馬鹿にしていたのだ。

 まあ、確かに、昔の俺はヘタレだったというのも否めないが。

 まあ、それはともかく。


「コーヒーは俺が入れるよ。ゆかりはブラックだったよな?」

「うん」

 俺はコーヒーを入れ、昨日ゆかりが買ってきたコンビニパンを見る。


「マジ?何これ?焼きとうもろこしパン?俺はパスだな」

「はい、そういうと思って兄さんは、コロッケパンをあげるよ」


「おお、くれくれ。ゆかりはなんでも俺のことがわかっているなあ」

 ゆかりはクスクスと笑い出した。


「まあ、これでも27年間兄さんの妹やっていますから」

「それは心強い」

 どちらともなく二人とも吹き出す。


 俺はさりげなくゆかりの横の席に移動した。

 ゆかりが不思議そうな目で俺を見ている。


「何?兄さん」


「いや、実はさ。さっき、27年間俺の妹やっているという話だっただろ?それに関してだったが、お前はずいぶん俺のことを毛嫌いしていなかったか?仲良くなったのはここ5年ぐらいの間だし、なんか、なんであんなに嫌っていたお前がここまで仲良しになりたいと思うのが不思議でしょうがないんだ」

 それにゆかりは、うーん、と顎に手を当てる。


「ねえ、兄さん」

「なんだ?」

「私のこと可愛いと思った?」

 ぷっ、と俺は吹き出す。


「思うわけないだろ?妹だぞ?」

「じゃあなんで、可愛くない私にあんなに親切にしてくれてたの?」


「それは………」

 俺は視線を逸らす。


「小学校の時教わったんだ。他人には親切にしなさいって。俺にとって10代の家族とは、なんというか、他人だったよな。いや、他人よりもずっと遠い場所にあった。なんだかな。当時の感覚は説明するのは難しいけど、俺のとってゆかりは赤の他人なんだよ。だから親切にしている。多分、今も、あんまり家族って気がしないな」

 それにゆかりは深く頷いた(うなずいた)。


「わかるよ、兄さん」


「ゆかり………」

「私も兄さんたちのこと家族とは思えなかった。遠い他人という感覚」

 …………………


「ねえ、兄さん、可愛い、ってなんだろうね?」

 突然に話が変わったが、それでも俺は気にしなかった。


「うーん。人の主観なんじゃないかな?確かに誰もが見ても可愛いっていう人はいるけど、けっこう、何を持ってして可愛いというのはバラバラな気がする」


「うん、ならさ。例えばここに誰もが認め(みとめ)る可愛い女の子がいます。男の子たちはその可愛さに惚れて、その女の子に献身的に尽くし(けんしんてきにつくし)ました。さて、ここで問題です。そこに愛はありますか?」

 それに俺は即答した。


「ないね」

「私が兄さんを好きになった理由の一つはそれだよ、兄さん。本当に家族って不思議だよね。実の家族なのに、実は最も遠い存在なんだってでも、私は中高生の時とても兄さんを嫌がっていた。でも兄さんは親切にしてくれた。その時の兄さんの行動は一生忘れないよ」


「そうか。でも、俺の中高生時代はちょっとヘタレだったからさ。その点ではゆかりに感謝しているんだ。俺を鍛(きたえ)えてくれてありがとうな。ゆかり」

 ゆかりはハスの笑みを見せた。

「どういたしまして、兄さん」




 俺は朝食を終わって、自室に籠り(こもり)、ある人に電話をした。今はゆかりは録画していたドラマを見ている頃だ。


 俺はドラマがあんまり好きじゃなくて、こうして休日は自室にいて小説を書くことが多い。


 そして電話が終わり、ベッドに上にあった、読みかけの『赤毛のアン』を取ってみる。


 懐かしい小説だ。俺が高校生の時にハマった小説で、この一巻を読んだ時に、当時中学生の時のゆかりにこれを勧めたんだ。


 その時ゆかりは友達と喋っていって、友達にも勧めたのだが、その時ゆかりがいきなり怒りだしたのだ。


『男子がこんなものを読むな!』

 その時は友人の取りなしもあってかそこまで事態は大きくならなかったのだが、その時俺は反省したのだ。


 男がこんなものを読むのはダメなのか………

 多分ゆかりも友達の前で実の兄が少女小説を熱心に勧めているのを見てカチンとしたのだが、当時俺とゆかりは仲が悪かった。


 ゆかりに勉強を教えようとしてもいらない、

コンビニに行くけど何か欲しいものがあるかといえば、

いらない、

ゆかりは今何が好きなんだ?


そんなのお兄ちゃんには関係ないでしょ!

始終こんな感じ。全くそんな感じで、俺もべったりとはせずに、そこそこ手助けができることがあれば、手を差し伸べたが、ゆかりはほとんど余計(よけい)なお世話とでも言わんばかりに犬歯を剥いてこっちに威嚇(けんしをむいてこっちにいかく)してきた。

 それが俺とゆかりの10代の時の風景だった。




 俺はふと我に帰る。

「いけないいけない。ぼんやりとしてしまった」

 俺は赤毛のアンの第1巻を読んだ。

 老兄妹のマリラとマシュウが、男の子の養子を手に入れようとするのだが、手違いで女の子の養子を手に入れ、その序盤、その養子、アンが、渋々マシュウが一度アンをうちに入れようとする時、アンが止めどなくグリンゲイブルズの風景の話出すのを見て、マシュウが心を入れ替えるシーン。ちょっと読んだだけなのに、ぐいぐい読み込まれてしまった。


 今なお、赤毛のアンは読まれるな、と確信に至ったところで、コンコン、とノックする音が聞こえた。


『兄さん?入るよ?』

「どうぞ」

ガチャリ。

 ゆかりは俺の部屋へ入ってきた。


「何のようだ?」

「あ、ごめん。『蛍雪』借りようと思って」

『蛍雪』とは今、話題沸騰中の文芸小説だ。純愛もので、とにかく泣けるとの評判の小説だ。

 ゆかりが好きなのももちろんのこと、俺もこの小説が好きで一緒に読んだのだ。


 俺たちの部屋は5畳ぐらいのスペースにベッドとテーブル、本棚があるぐらいのものだ。


 本のほとんどは電子書籍で購入しているが、気に入った本があれば紙の本も購入している。

『蛍雪』は最初は電子だったが、かなり気に入ったので本を買ったのだ。ちなみに最初に本を買ったのは俺だが、ゆかりもそのうちにのめり込むようになって、ゆかりはその作者の他の本まで買うようになったのだ。


 ともかく、ゆかりは『蛍雪』を見つけ、手に取って出て行こうとした瞬間、ふと俺の方を見た。


 正確には俺が読んでいた赤毛のアンを見ていた。

「どうした?」

「ううん。そういえば、これを伝えておこうと思って」


 一体何のことだろう?

 ゆかりは俺が座っているベッドの隣に座った。


「何?」

 ゆかりは正面を見つめる。


「ねえ、兄さん」

「うん」


「わたしたちが結婚。他の人と結婚しなかったらね」

「うん」


「養子もらって育てたいんだけどどうかな?」

「ああ、なるほど」

 そういうことね。兄妹同士では子供を産めないから養子か。ゆかりもセックスは嫌いって言っていたしな。

 それにぷくりとゆかりは頬を膨らます(ほおをふくらます)。


「何、その言い方?私たちが養子をもらうってことは変?」

「いや、そんなことはないよ。ただ、、兄妹同士じゃあ子供作れないからそういう結論に至ったのかな?と」


 それにコクリとゆかりは頷いた(うなずいた)。


「うん。私、子供が欲しかったんだ」

「うん」


「愛する夫と共に子供を育てかったの。でも………」

「でも?」

 ゆかりはガラス瓶に生けられた花の表情をした。


「でも、世の中まともな男性っていないよね?」

 俺は渡部(わたべ)と笹原の顔を思い浮かんだ。


「まあ、確かに」

「うん」


「正確的に落ち着いた男性はあんまりいないよな」


「うん」

 ゆかりは大海の凪の頷き方(なぎのうなずきかた)をした。


「さてと」

 ゆかりは立ち上がる。

「養子の件考えてくれる?兄さん?」


「ああ、いいけど。これは確認なんだけどな。養子をもらったら他の男性に恋をしても、もう結婚しないということでいいのかな?」

 それにゆかりは苦虫を噛み(かみ)締める表情をする。


「他の男性と恋するようなことが起きれば、ね。まあ、その時は恋はしないけどさ、そもそもそういう男性が現れるかな?」

「……………」

 可能性は低そうだ。

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