季節は廻り、桜が咲く

 目の前で強襲孤狼アサルト・ウルフが消えていく光景をぼうっとしながら眺める。


「もう、限界だわ……」


 体力的にも精神的にも限界を迎えた俺は、崩れるように地面に倒れようとし───


「っと、大丈夫ですか?」


 隣のいた少女に体を抱き留められた。


「あー、ごめん。まじでもう指先一つも動かせないわ」

「こっちこそ、ごめんなさい。私がもっと早く倒すことができてたら、傷を受けることも、その体で無理させることもなかったのに」


 申し訳なさげに目を伏せる少女。俺はそんな少女に苦笑しながら問いかける。


「俺、咲花さいか思苑しおん。あんたは?」

「え?あっ、あおい瑠璃るりです」

「ありがとう、葵さん。あんたのがいなかったらドジって落ちた俺は一人であいつとやり合う羽目になってたから。だから、感謝してる」


 見つめられ、感謝の言葉を受けた葵さんは、気恥ずかしくなったのか若干、頬を赤く染めながら驚いた表情を浮かべていた。


「そ、そんな!私の方こそ、咲花さんが現れなかったら、今頃死んじゃっていたと思いますから!私の方こそありがとうございますです!」


 慌てた様子で、目を泳がせる葵さんを見て、思わず吹き出す。


「あっ、な、なんで笑ってるんですか!」

「ぷっ、ふふっ。いや、ごめん、慌ててる葵さんが何だかおもしろくて。じゃあ、お互い様だ。少なくとも、お互い一人だったらどうにもならなかったんだから」


 それにしても、なんとかなってよかった。でも、まだまだ俺には足りない所が多すぎるな。


 そんなことを思いながら、俺は目を閉じ、意識を失った。



 *******



 目が覚めると、見覚えのある病院のベットの上にいた。

 魔物暴走スタンピードの時に世話になった病院の先生から話を聞くに、出血多量で気絶していたらしく、一日中寝込んでいたらしい、先生からは無茶しすぎだとお小言を貰い、父さんには思い切り拳骨されたあと、葵さんを助けたことに対して『よくやった!』と褒められた。

 師匠も見舞いにやってきて、俺の怪我を心配してくれた...が。


「あの程度は片手間に倒せるようになろうね!」

変異魔物ユニークモンスターを片手間で倒せるのはあんたレベルの人だけなんだわ」


 などと、無茶苦茶なことを言ってきた。


 俺が気絶している間に輸血は済まされ、幸い骨折などはしていなかったため、俺は早々に、帰ろうとしたら。


「咲花君!目が覚めてよかったです!」


 制服姿の葵さんがあらわれた。


「葵さん?来てたの?」

「はい、病院の場所は教えてもらっていたので。先ほど、咲花君のお父様にお会いして、目が覚めたことを教えてくれたので、急いでここまで来ました!」

「そうなんだ、学校帰りなのに態々悪いね」


 苦笑交じりに言うと、葵さんは俺に近づいて否定してきた。


「そんなことはないです!咲花君は命の恩人なので、お見舞いに来るのは当然の事です!」

「ちょ、近い近い!」

「あっ、ごっ、ごめんなさい」


 ばっ、と距離をとった葵さんは、赤面し、やっちゃったと言った表情を浮かべていた。


 なんかこの人、昨日と距離と言うか、なんか変わってないか?


「な、なんか急に距離が近くない?俺、なんかしたって?」


 変な感じになった空気を換えようと、葵さんに問いかける。


「咲花君が私と同い年だと知ったので、つい、友達みたいな感じに接してしまいました…だめ、でしたか?」


 葵さんは、気恥ずかしそうに、髪の毛先を弄りながら、恐る恐るこちらを見つめる。


「なんだ、そうだったのか。全然大丈夫だよ。命を預けた仲だし、もう友達だ」

「えへへ、友達。男友達は初めてなので、うれしいです!」

「え、そうなの?葵さんなら友達たくさんいると思ってたんだけ

「と、友達はちゃんといますよ!?ただ、女友達しかいなんです。なぜかみんな『瑠璃に男友達はまだ早い』だとか『男は全員ケダモノだから近いちゃだめ』とか言うんです。何故でしょうか?」


 コテン、と小首を傾げながら、不思議そうな表情をする葵さんをみて、俺は納得の表情を浮かべる。

 綺麗な空色ボブの髪、小顔で低身長、一部目立つモノを持ってはいるが.....まぁ、動きを見るに、小動物的な可愛さがあり、全体的に、守ってあげたくなるような雰囲気がある。


 こうして見てみると葵さんの友達が言わんとすることも分かる気がする。


「あー、俺にはちょっとわかんないっすね」

「そうですか...」

「そ、それよりも!その制服って鷹仙ようせんの中等部の制服だよな!あそこってエリートが多いって聞くし、葵さんも優秀なんだね!」


 葵さんの制服について言及したら、葵さんは少し恥ずかしそうに頬をかく。


「あはは、私は言うほど優秀じゃないですよ?上には上がいますから」

「俺はあんまりそうは思わないけど、だってあの時使ってた気配遮断の魔法、相当練度が高いと思うぞ」


 素人目になってしまうが、実際に葵さんが使っていた魔法はどれも練度が高く見えた。

 俺が素直に褒めると、葵さんは赤くなった頬をかいていた。


「あ、ありがとうございます。私の得意な魔法なのでそう褒められるとうれしいです。でも、私より凄い人はもっといますから...私の友達の扇菜せなちゃんとか私よりずっと強くて、それと、これは高等部の人になるんですけど、今の生徒会長は一年生で、既に学園最強って言われたりしてるんです」

「一年生で生徒会長?一年生でなれるものなのか?」

「うちの学校は実力主義なので、そういった年功序列的のことはないんです。まぁ、ほとんど生徒会長とか、部長とかの役職は実力のついてる三年生になることが多いんですけどね。世の中には天才と言われる人がいますから。生徒会長もそういった側の人で当時の三年の生徒会長を決闘で負かして、その座を勝ち取ったんです」


 葵さんの口ぶりと表情を見るに、その鷹仙ようせんの生徒会長さんは、随分と慕われているみたいで、きっとカリスマもあるんだろう。


「そいつは、凄いな...」

「本当に凄いお方ですよ。その強さや美しさに当てられた人達は多くいて、ファンクラブまでできてるんです」

「そこまでなのか。やっぱ鷹仙ようせんは色々凄いな.....。断然、そこに行きたくなってきた!」

「咲花君、うちの高校を受験するんですか!?」


 嬉しそうに、口元を緩ませている葵さん。

 俺は、昨日のことのように覚えているあの時の出来事を思い出しながら、笑みを浮かべる。


「うん、やっぱり、強くなるためにはいい学校いかないとね。それに───」


 会いたい人がいるし。


「私、応援しますね!一緒に鷹仙ようせんに通いましょう!!」


 最後に言おうとし、口を噤んだことに、葵さんは対して気にしなかったようだ。


「ありがと、っと、俺もそろそろ帰るから、葵さんも帰りな」

「そうですね、それじゃあ、さようなら!今度は鷹仙ようせんの入学式で会いましょう!絶対!」


 そういって、手を振った葵さんは病室を出て行った。



 *******



 歳月人を待たず。人が何かしようがしまいが、時間は過ぎ去るし、季節も変わる。

 綺麗に咲いた紅葉は地に落ちて自然に還り、しんしんと降る雪が世界を銀色の世界に染め上げる。

 その雪も時間が経つにつれて解け、心地よい風が吹き、雪のカーペットの下にいた植物達は思い思いに花開いていく。


 気が付けば、あの出来事から、あっという間に半月以上が経過していた。

 俺は、中学の時とは違う制服に身を包み、目の前の校舎を見上げる。

 鷹仙ようせん学園。日本、いや世界的に見ても最大規模の大きさを誇る魔法士の育成に重きを置く学園。


「ここが、あの人がいる場所か」


 一瞬にして、俺の心を奪い、俺の灰色の人生に色を与えてくれた人。これを人前で言ったら気持ち悪がられると思うので口に出しては言わないが、運命だと思った。きっと、彼女に出会わなければ、俺は死んでいたし、魔物暴走スタンピードに巻き込まれていなかったら、今もどこかで灰色の人生を送っていたのかもしれない。


「よし、いくか!」


 決意を新たに、そして、


「ん?今、なんか思ってような....。まぁ、いいか」


 鷹仙ようせん学園に向けて、歩みを進める。

 季節は春。満開の桜が風に揺れ、宙に舞った花弁が、新入生達を祝うかのように、空に舞い上がっていった。

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