修行って言ってるけどこれ虐待だろ

「よくきたね、凪朔」

「まぁ、今日から修行ですからね。よろしくお願いします、カルメリアさん」


 世界最強に弟子入りしてから二日後。学校を終えた俺はカルメリアに合流していた。


「うん、早速と言いたい所だけど、一つ僕から大切なことを教えます」


 妙に尊大な態度で、人差し指を揺らしているカルメリアは、ビシッとその指を俺に向けて大声を上げた。


「僕のことはこれから師匠と呼ぶこと!!」


「…はぁ?」


 何を言い出すかと思えば、マジで急にに言ってんだこの人。


「まぁ、うん。わかりましたよ、師匠」


 俺がそう呼ぶと師匠は顔を輝かせながら体をくねくねし始めた。


 えぇ…喜びすぎでは?


「師匠!そう!僕は師匠!うれしーなー。僕、前から弟子が欲しいって思ったんだよね!」

「師匠なら、一声かければそこら中から弟子希望者が集まると思うんですけど。なんでしてないんですか?」


 そういうと、師匠は悩ましげな表情になった。


「うーん、確かに才能に満ち溢れている人は沢山見つけたよ。でも、なんかビビッてこなかかったというか。君が初めてなんだよね。こう、心の底から弟子にしたいなって思える程の才能を持っている子に会ったのは」

「それは、嬉しいんですけど。本当に才能あるんですか?俺は?」


 俺が、少し沈んだ声でそうつぶやくと、師匠はニコニコしながら近づいてきて、俺の頭を撫でる。


「そうあんまり、自分を卑下するのはやめなさい。君がそう思うのは、自分の魔力量が平均以下だからだろう?確かに、生まれついて膨大な魔力を持っている人たちはみな才能に満ち溢れている者が多い。でも大丈夫、魔力なんて鍛錬していれば自然と上がっていくものさ。それに、魔力の大きさだけで勝負が決まる程簡単な世界じゃない。君には戦いのセンス、それが僕が見出した君の武器才能だ」


 俺の頭から手を離した師匠は、空気を変えるかのように手を叩いた。


「さてっ、話はここまでにして、早速やろうか!」


 そういった師匠は、小さな棒状のような物を投げ渡してきた。


「これ、魔触端末マギアデバイス?」

「うん、この前、凪朔が使ってたやつは既に刀身が出ているひと昔前のだよね。今はこっちが主流だし扱いやすいから」


 受けとった魔触端末マギアに魔力を流すと、中から刀身が飛び出る。


「いいんですか?これ使っちゃって?」

「全然いいよ、量産品だからそこまで高くないし。それじゃあ、修行をはじめるよ」


 そういいながら、師匠は腰に挿していた刃の潰れている刀を引き抜いた。


「まずは何をするんですか?」

「打ち合い」

「はい?」


 今なんて言った、この人?



 *******



「うん、どう育てればいいかは分かったよ。まずは体力だね。そのあとに剣を振る時の型の練習だ」


 息も絶え絶えで倒れている俺も見下ろしながら、師匠は語る。

 ふざ、ふざけんな、なんだこの体力バカ世界最強。俺を好き勝手ボコしたのに汗一つかいてないのかよ。


「あ、あの、ゴホッ、ししょ……ゲホッ、ゴホッ」


 や、やべぇ、疲れて咳しかでねぇ…。


「うーん、初回にしては少し激しくしすぎたかな?ほら、水だよ」


 差し出されたペットボトルを乱暴に奪い、中身を呷る。


「水がうめぇ、今この瞬間、水より美味いものなしだこれ…」

「よし、休憩の間にちょっとした座学をしようか」


 いつの間にか眼鏡をかけていた師匠は、かっこいいと思ってるのか人差し指で眼鏡をカチャカチャしている。


「僕たち魔法士は、周囲に漂う魔力を元に魔法を使ってるいるのは分かるね?でも、周囲に魔力があっても、自分たちは無尽蔵に魔法を打てるわけではない、それは何故か分かる?」

「魔法は周囲の魔力をかき集めて放つんじゃなくて、身体の中にある魔力を消費して使ってるからですよね?」


 求めていた回答を得たからか、満足そうに頷く師匠。


「うん、正解。僕達人類は、魔臓と呼ばれる魔力を貯めておける器官が存在するんだ。魔臓は人によって魔力の許容量が違う。天才と呼ばれる人達は、総じてこの魔臓の魔力の許容量が初めから大きい傾向がある」


 ここまででなにか質問は?と問いかけてくる師匠に大丈夫だと言うと、師匠は頷いて魔触端末マギアデバイスを取り出す。


「じゃあ、次は魔触端末マギアデバイスの説明だね」


 魔触端末マギアデバイスは今持ってる刀型以外にも弓や槍、医療用のメスなど色々な形状が存在する。


魔触端末マギアデバイスは武器であり、魔法を使う際の補助道具でもある。一応、コレがなくても魔法を使う事が可能だけど、魔法陣を書いたり、大量の魔力が必要になったりするんだ」


「その魔法を発動させる過程をカットして、魔力の消費量を抑える為に作られたんですよね?」


「正解!よく勉強してるねー。魔触端末マギアデバイスがないと勝負にならない場合もあるから、無くさないようにね。一応、身体強化とかはデバイスがなくてもある程度使えるけど、必要な魔力量とかが違ってくるし、勝負の世界は数秒の遅れが死に繋がりかねないから」


 魔触端末マギアデバイスの不所持=死、コレが世界の共通認識だ。そもそも、金の支払いや、地図、連絡手段などもデバイスに組み込まれてる為、ないと生活が不便になってしまう。


 俺のデバイスは、魔物暴走スタンピードの際に一度壊れ、代わりに買った一昔前の安物も師匠にぶっ壊されてしまった。


「ということは、俺も自分にあった魔触端末マギアデバイスを手に入れないといけないですね」


「うん、そうだね。それについてはおいおい。ある程度検討はついてるからね」


 どんな物を検討してるのか少々気になるが、師匠が考えてるものだし問題はないだろうと一人で納得する。


「それじゃ、師匠。もう夕方ですし、俺は帰りますね。今日はありがとうございました」


 太陽が沈みかけているし、講義もここらで帰るとしよう。

 そう思って立ち上がった瞬間​──


「………は?」


 ヒュン、と小さく風を切る音が聞こえ、俺の斜め後ろに刃の潰れた刀が突き刺さる。

 汗と共に小さく切れた頬から血が流れる。


 うわぁ……刃が潰れてるのに斬れ味が良いなぁ!


「駄目だよ?丁度座学も終わった事だし、休憩になったよね?修行の続きだよ」


 いや、嘘だろ?


「や、その、帰んないと家族が心配するんで!!」


 必殺の言葉家族が待ってるので帰ります。この言葉を言って帰れなかったことは無い!


 内心でほくそ笑みながら、師匠に背を向ける。

 師匠は、俺の言葉が聞いたのか動きを止め、あぁ!と声を上げた。


「その事に関してなら安心していいよ。しっかりご両親の許可は取ってるから」

「ははは!師匠も冗談がお上手ですね。俺、自分の家は教えてくないですよ?いつ、そんな事を聞いたんですか?ほら、今母親からメッセージが来て帰ってこいって───は?」


 俺は、送られてきたメッセージを確認して戦慄した。


『今日の夕飯はカレーだから、お師匠さんとの修行が終わって帰ってきたら温めて食べてね。多分その時お風呂入ってるから』


 今日の夕飯はカレー、うん。それはいいとしてだ。まだ風呂に入る時間じゃないし、これってつまり…。


「嘘だろ?」

「さっ、メッセージの確認は済んだよね?続きをするよ」


 師匠の言葉死の宣告を聞いて、俺はゆっくりと空を見上げて足に魔力を込める。


「う、うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 雄叫びを上げ、俺は夕日に向かって走り出した。


 尚、その後普通に捕まってバッチリ扱かれた。

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