第6話 部屋の中


 迷宮というものは、さまざまな罠が仕掛けられているものだ。


「いや」と青年は頭を振る。


「調べたので、出る方法は分かりました。


だけど、それを試すのは無理なので、壁を壊したほうが早いと思います」


「えー。 あなた、大きな魔法は迷宮全体が崩れるからダメって言わなかった?」


口を尖らせる女性は、得意とする火力の高い攻撃魔法を青年から禁止されていた。


「むぅ」


青年が悔しそうに唸る。


「壊さなくて済む方法があるなら試しなさいよ。 私でよければ協力するわ」


驚いたエルフの青年は、ますます顔を赤くして魔術師の女性の顔を見る。


「たぶん……無理ですよ」


「試しもしないで、何故分かるの!」


消極的な青年に女性が詰め寄る。


「や、やめろ、近寄るな。 あー、もう、知らないぞ。


おそらくですが」


青年の声が小さくなる。


「その、子作りというか、その行為をすれば扉は開くと思います」


子作りのための部屋である。


それさえ終われば解放されるはずだ。


部屋の隅には迷宮に似合わない、しっかりした寝具が敷かれている。


「なるほど」と女性は頷き、ハッとする。


「えっ、じゃあ、私たちが?」


青年は怒ったように叫ぶ。


「だ、だから無理だと言っただろ!。


……俺は、その、経験も、無いし」


青年が怒鳴ったのは恥ずかしかったからのようだ。


「そ、そう」


二人とも顔を赤くして俯いてしまった。




 濡れたエルフの青年の身体を精霊たちがクルクルと回って乾かす。


すでに風の精霊が香を吹き飛ばし、原因の香炉も見つけて漏れないように厳重に布に包んで精霊に預けたそうだ。


しかし、いつまでもこのままではいられない。


「精霊たちに壁の薄い場所を探してもらえば、何とかなると思います」


青年は座り込んで、自分で作成した迷宮の地図を広げる。


「こっちの方角なら周りの岩盤が硬そうだから崩れないんじゃない?。


え?、削るのにかなり時間が掛かるって?。 うーむ」


ブツブツと独り言のように、精霊たちと会議を始めた。




 魔術師の女性は、その姿を見ながら考える。


(確かに彼は男性だし、私は男が大嫌いだわ)


軍は男社会だし、魔術学校は貴族などの階級社会だった。


平民で女性である魔術師は、女性だというだけで今まで何度も嫌な思いをしている。


それでも、女性は恋愛経験が無いわけではなかった。


 それにエルフの彼には不愉快な思いはしていない。


見た目は若く中性的。 上半身の裸体を見る限り、細っそりとしているが筋肉は付いていた。


本人は「エルフらしくない」と言うが、人族から見れば十分に美形の顔をしている。


少なくとも嫌いになる要素はない。


「ねぇ」


女性は、行き詰まって唸るエルフの青年に声を掛けた。


「試してみてもいいんじゃないかしら」


「なっ、なにを」


再び真っ赤になり目を逸らす青年を見て、女性は少しイタズラ心を刺激される。


「もちろん、あれよ」


寝心地の良さそうな寝具を指差す。


「あのですね。 それがどういう意味か、分かってますか?」


青年は眉を寄せて年寄りくさいことを言うが、まるで少年が強がっているようにしか見えない。


「いいから、いらっしゃいよ」


女性は青年の腕をグイッと掴んで立ち上がらせる。


「ぇ」


青年は、何故か抵抗なく彼女の言いなりになって寝具の側まで付いてくる。




「気にしないで。 私は捕虜みたいなものでしょ。


覚悟はしていたわ、あなたの好きになさい」


魔術師の女性は兵士になった時に、ある程度の戦争知識は学んでいる。


現在は平和でも、またいつ他国や多種族との争いが始まるか分からないのだ。


それに備えるのが国軍の務めである。


(そうよ、これは兵士として生き残るためよ)


女としての武器を使ってでも生き残れと女性上官に教わった。

 

「好きにって、どうすればー」


「そうねえ」


とりあえず寝具の上に二人で座り、見つめ合う。




 エルフの青年の身体は、すでに興奮状態になっている。


香炉は撤去しても、寝具に染み込んだ香までは難しい。


「す、すみません。 どうやら、まだ状態異常が完全に治っていないみたいで」


それでも、彼は自分から手を出さない。


怖いのは相手の心を傷付けてしまうことだ。


 魔術師の女性は身体を寄せて優しく青年の首に手を回し、唇に口付けをする。


「私は生き残ることを優先するわ。 だから、多少の痛みや恥ずかしさは気にしない」


ここを出るため、そう割り切れと。


青年は彼女を見つめて頷いた。


「分かりました。 ただ、後から文句は言わないでください」


「ええ、あなたもね」


二人はぎこちないなく抱き締め合う。


そのままゆっくりと寝床に倒れた。




 夢中になって時間を忘れる、ということはよくあることだ。


しかし、空腹には勝てない。


「えっと、服はこちらに。 精霊に洗浄してもらってあります」


「あ、ありがとう」


水場で身体を拭き、服を着る。


エルフの青年が水筒の薬草茶と、美味しい携帯食を魔術師の女性に渡す。


「出入り口を確認しました。 おそらく二人で行けば出られます」


「良かった」


魔術師の女性は、行為が無駄ではなかったことに安堵する。


 簡単な食事を終えて、二人は再び迷宮の通路へと戻った。




 なんとなくお互いに気恥ずかしいまま、二人は迷宮を歩き続けた。


エルフの青年が前を歩き、魔獣に遭遇すると精霊たちが倒す。


(本当に何もしないのね)


魔術師の女性は後ろから、ただ精霊たちが青年を守って働く様子を見ていた。


 そのため、自分の警戒が疎かになる。


グギャアー


「あ」


気が付くと、女性の背後に現れた魔獣を精霊たちが攻撃していた。


「大丈夫ですか?」


いつの間にか、青年が守るように傍に立っている。


「ごめんなさい、ありがとう」


かなり大型の魔獣だった。




 この迷宮は、地下へ行くほど魔獣は大きくなり、凶暴になるようだ。


分かっていたのに。


(油断したわ)


地下十階が最下層である迷宮の九階に居る。


もっと緊張していなければならなかった。


国軍の魔術師団副長である女性は唇を噛んだ。


自分は何故、油断してしまったのだろう。


 女性は隣に立つエルフの青年を見る。


今まで見たことのあるエルフ族は皆、高い身長と美しい容姿を見せつけて存在感を示していた。


それなのに彼は、まるでそこには存在しないかのように気配を消していることが多いのだ。


女性は何故、そんなに気配が薄いのかと青年に問う。


「俺は産まれた時から嫌われていました」


エルフらしくない容姿のため、親からも捨てられたらしい。


それだけでなく、容姿が劣る彼をイジメる子供や虐待する大人が現れる。


「私は逃げました。 それしか出来なかったので」


エルフは森の狩人である。


狩りの知識として、気配を消す技術を持っていた。


「魔法ではなく、訓練すれば身に付くものだったから私にも使えたのです。


逃げ回るうちに誰よりも上手くなりました」


彼の笑顔は哀しく、彼女の胸に刺さった。


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