第2話 守護者の洞
料理を前に戸惑う人族の女性に、エルフの青年が声を掛ける。
「あなたは魔術師ですか?。 他の人族に比べて魔力量が多いようですが」
女性は何故か顔を歪めた。
「魔力は封印されていたはずだわ」
「ああ、コレでしょう?」
青年は壊れた腕輪を取り出す。
女性の目が点になった。
「壊したの?」
「ええ、拙かったですか?」
女性はフルフルと顔を横に振る。
「壊せないと思ってたから」
小さく呟いた声をエルフの耳が拾う。
それはそうだろう。
外部からの魔力で簡単に外れるが、魔力を封じられている者には外せない。
青年は彼女に対する悪意に顔を顰めた。
エルフの支配地域は、二百年前の戦争終了時に国王とエルフの代表との間で定められており、人族が侵入することは禁じられている。
ただ「戦争に勝ったのは人族だから、森は我々のものだ」と主張する者たちがいるのも事実だ。
女性兵士は小さな声で説明した。
「今回の任務はエルフの森を抜け、戦場跡にあるという砦に侵入。 戦争の遺物である魔道具や兵器を回収することだったわ」
「ああ、なるほど」
大方、危ないものを持たせておくと再びエルフ族が攻めてくるかもしれない、などという戯言を建前にしているのだろうと青年は思った。
人族がエルフの森に侵入すれば、勿論、エルフの戦士が出て来る。
得意の弓で雨のように矢を降らせて相手を威嚇し、森から追い出すのだ。
しかし、今回の人族の兵士たちは一旦退いたように見せかけて森に潜み、再び『聖域』に侵入しようとした。
そこをトレントに見つかり、絡め取られたのである。
「わ、私は第二宮廷魔術師団、副長よ。 今回、国軍の選抜小隊に魔術師が必要だというので参加したの」
一行は国軍だったようだ。
青年は呆れたようにため息を吐く。
「男ばかりの隊に女性がひとり、ですか」
女性が唇を噛み締める。
「それで、あなたは仲間を助けに行きたいですか?。 それとも自分だけ助かりたいですか?」
青年の問いかけに女性は黙って俯く。
魔術師の女性には分かっていた。
女好きの軍上層部の男性や王宮の貴族に迫られ、殴ったのは一度や二度ではない。
今回の作戦に指名されたのは、その報復なのだろう、と。
魔術師団の同僚たちも抗議してくれたが、難しい任務であるため、他に適任者がいなかったのも事実だった。
今回の小隊で事前に行われた打ち合わせでは、捕まった者は放置し、任務優先となっている。
「私の任務はエルフ族の足留めをして、兵士たちを無事に砦に向かわせること」
それが軍事作戦としての彼女の役割。
「へえ」
だから、彼女は一人で森の奥へと向かった。
エルフたちを引き付けるために。
しかし、それにはエルフたちは反応しなかった。
何故なら彼女は魔術師なのに魔力を封じられていたため、魔力の無い者として、エルフには興味を持たれなかったのである。
今回の作戦には、不測の事態があっても兵士たちは彼女を助けない代わりに彼女も彼らを助けないという、軍の規律を破るような密約があったらしい。
「何かあったら勝手に逃げろと、それが部隊の兵士たちとの約束だったわ」
しかし、それでは国に戻った時に咎められるだろうに、と青年は思う。
「魔術師に封印の枷なんて、どうみても囮というより餌ですよね」
あのままエルフの戦士たちに捕まっていたら、その後はどうなっていたか分からない。
「殺されたほうがマシという場合もありますし」
エルフ族は先の争いで多くの仲間を失っている。
しかも、二百年前は人族にとっては大昔だろうが、長命であるエルフ族には、つい先日のことなのだ。
女性は目を逸らす。
エルフの青年は何度目かのため息を吐く。
「で、あなたはどうしたいですか?」
結局のところ青年にとって問題なのはソコだけなのだ。
「好きにすればいいわ」
魔術師の女性は顔を上げ、青年を睨む。
「殺すなり、突き出すなりすればいい」
低く唸るような女性の声に青年は首を傾げた。
「は?、何故、俺があなたを殺さなければならないのでしょう。
それに突き出すって、誰に?。 あの腰抜けエルフたちにですか」
あははは、と青年が笑い出す。
「そのつもりなら、何も訊かずにそうしてますよ」
女性はポカンとした。
「だって、他の兵士たちは連れて行ったんでしょ」
青年は頷いて答える。
「俺は、この『聖域』の守護者であるトレントの王の使者をしています。
侵入者がいればトレントが反応して俺を呼ぶので、侵入者に警告します」
侵入者に対し、黙って立ち去るか戦うかを問う。
それが仕事。
「しかし、あの兵士たちは明らかに武装していたし、複数人でコソコソと『聖域』に侵入しました」
だから問答無用で捕獲となったのである。
「だけど」とエルフの青年は魔術師の女性を見る。
「あなたは武装していない。 魔術師なのに魔力を封じられ、仲間からも逃げていたように見えました」
あれから、女性はずっと森の中を彷徨っていたらしい。
そのまま『聖域』に入り込んだためにトレントに『保護』されたのだ。
この女性は「逃げているうちに迷い込んだだけ」と、判断されたという。
「まあ、そっちの事情はどうでもいいです。 俺が知りたいのは、この後どうするか、なので」
女性は唖然とした顔で青年を見た。
青年はズズッと音を出して薬草茶を啜る。
「慌てて答えを出さなくてもいいですよ。 もう夜だしね」
それより、と青年はゆるく微笑む。
「お茶、飲んでみて下さい。 俺が自分で作った薬草茶なんで感想が聞きたいです」
女性は戸惑いながらも、勧められたお茶のカップを手に取る。
しかし、なかなか口にしない。
女性が警戒していることに気付いて、青年は暗い顔になる。
「まあ、俺の作るものなんて信用出来ないですよね」
「そ、そういうわけでは」
もしかしたら、毒か何かの実験体として扱われているのでは、と女性は思っていた。
さらにエルフの青年はお喋りを続ける。
「そのパンも自作です」
女性はまたポカンとする。
(料理人なの?、このエルフは)
その洞にはエルフの青年の他に誰かが住んでいる様子はない。
魔術師の女性はすでに魔力を取り戻しているので、即死でなければ解毒は可能だ。
思い出したように女性の腹がグゥッと鳴る。
とりあえず自分は今、このエルフに捕まっている立場だ。
女性は大人しく言う事を聞いたほうが良いと判断し、恐る恐る口にした。
「美味しい……」
「そう、良かった」
青年は嬉しそうに微笑んだ。
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