初めてのポーション

「マルサスの薬屋、開店します!」


ポーション精製者が2人(俺+錬金術師のリミヤ)しかいないという難点から、「ポーションの製造が追いつかず、店が回らなくなるのでは?」と不安に思っていた俺。


しかし開拓者ギルドの元受付嬢であるファシアさんが、「開拓者ギルドなら、素材が安く仕入れることができる」という知る人ぞ知る情報を教えてくれて、どうやら、薬屋としてやっていけそうだという目途が立った。



そしてとうとう、開店目標の当日を迎え。


店に集まってくれたアーガス(B級冒険者)、リミヤ(錬金術師)、ファシアさん(開拓者ギルドの元受付嬢)とともに、俺は薬屋をオープンしたのだった。




「緊張しますね……」とリミヤが言う。いつも被っているフードだが、その中の小さな顔が、心なしか震えている気がした。


「だね」


所属している商人ギルドからは、この店の立地なら客足は間違いなくあると言われていた。


だからこそ、開店前にしっかりポーションの量を確保しておくようにと。


リミヤにはかなり頑張ってもらったけれど、何とかその点はクリアできたのではないかと思う。



「大丈夫ですよ」


ファシアさんが、俺たちに微笑む。


ここ数日は、客足が増えたときのためのオペレーションも確認した。


ギルドの元受付嬢という経験を活かしてもらい、ファシアさんを中心に。



「何かあったら……ほら、アーガスさんがいますから。


不逞な輩がいたら、ぶん殴ってくれますよ。


ね? アーガスさん」


ファシアさんは物騒なことを言い、アーガスに話を振る。



「いいのか?」


スキンヘッドのアーガスは、肝の据わった目で首を傾げた。



「だめに決まってるじゃないですか」


ファシアさんはあっさり言った。


リミヤは目を丸くする。


「じゃあ、提案しないでくださいよ」と俺は笑いながら言った。



「ふふっ。冗談ですよ」


ファシアさんが微笑むと、リミヤはくすくすと笑った。



アーガスもやれやれという風に笑い、分厚い手で自分のスキンヘッドを撫でた。



『みんなに協力してもらって、店の準備を進めてきた。きっと大丈夫だ……!』




そして店の扉が開き、入口に取り付けたベルの音がなった。


「いらっしゃいませ!」




初めてのお客さんは、鎧に身を包んだ中年の男性だった。


店内を見渡し、値札を確認するなり、「安いな……」と小さく呟く。



「ありがとうございます」


躊躇いなく声をかけたのは、ファシアさんだ。


さすがギルドの元受付嬢だけあって、対応にぎこちなさがない。


「もしポーションで気になることがあれば、お気軽にお尋ねください。


このポーションを精製者した者も、こちらにおりますから」と淀みなく説明する。



ポーションの精製者として彼女に示された俺は、ぺこりと頭を下げた。隣のリミヤは固まっている。


分かる。緊張するよね……。



俺たちの方をちらと見た中年男性は、「ほう」と呟いた。


それから魔力回復ポーションの一瓶を、棚から取る。


「このポーション、品質Aと書かれているが……鑑定書はあるのか? 

もちろん、ちゃんとしたところが発行したやつだ」



「もちろんです。商人ギルドが発行したものが、こちらにございます」


俺は引き出しからポーション鑑定書を取り出し、男性に見せる。


「なるほどな……」


男性はポーション鑑定書に目を通すと、棚からさらに体力回復ポーション、解毒ポーションをとって、俺にそれを手渡した。



「この3つをもらおう」


「ありがとうございます!」



『マルサスの薬屋』で、初めてポーションが売れた瞬間だった。




「ありがとうございました!」


初めてのお客さんが店から出たのを確認すると、俺たちは互いに顔を見合わせた。


「やりましたね!」


「はい」と俺は頷く。



強面のアーガスも、満足げな表情で顎をさすった。



「……リミヤ?」


隣を見ると、フードを被った錬金術師の少女が唇を噛みしめていた。


その目が見る見るうちにうるうるとしてきて、ついには涙をこぼす。


リミヤは慌てたように、自分の顔を両手で覆った。



「すっ、すみません。まさか自分が精製したポーションが、ほんとに売れるなんて……」



その言葉に、俺は胸を打たれた。


俺だって、自分の店で自分のポーションを買ってもらえたことの喜びは格別だ。


だが彼女の場合は、もともと品質Fの欠陥ポーションしかつくることができなかったのだ。


それを俺の「解毒スキル」と組み合わせることで、Aランクまで質をあげているわけだけど。



Fランクポーションしかつくることのできないスキル。


錬金術師として、今までどんな気持ちでポーションをつくり続けてきたのだろう。


それでも彼女がこの店の求人に来たということは。


自分の授かったスキルを諦めきれず、何とか認められたいと思ったからだろう。



俺も痛いほどわかる。


自分のスキルで初めてポーションをつくったときのこと。


それを驚くほど安い価格で買い取られたこと。


それでも、自分のスキルを活かしてお金を稼ぐことに、執着し続けたこと。



自分のスキルを否定されることがどれだけ苦しいことか。


認められることがどれだけ救われることか。



俺にもよくわかる気がした。

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