開拓者ギルドの裏事情(後編)

「あの……開拓者ギルドって、もともとこんなに安く素材を販売しているんですか?

それとも、ファシアさんが交渉してくださって……?」


開拓者ギルドで仕入れられる素材が、思った以上に安く、疑問に思う俺。


するとファシアさんは、笑って首を振り、説明してくれた。



「開拓者ギルドは、多くの開拓者を抱えた大手ギルドです。


たしかに開拓業務においては、優秀な成績をおさめ、多くの依頼が舞い込む充実したギルドなのは間違いないのですけど……


一方で、開拓者が開拓の副産物として持ち帰るちょっとした素材を、なかなか売りさばく先が見つけられていないというのが長年の課題になっておりました。


限られた場所でした手に入らない珍しい素材や、開拓の目的となるような資源はともかくとして、それ以外のありふれた素材は、供給過多になりがちだったんです。


商人ギルドや商業ギルドといった、資源を多く必要とするギルドと提携する噂も定期的には流れるのですが、いつも気付いたときには立ち消えになっています。


それこそマルサスさんがおっしゃったように、ギルド間の関係は、何かと面倒なことが多いのでしょうね」



『そういうことだったのか』


俺はようやく腑に落ちた。


『要するに、需要と供給の関係ってことなのか。


開拓者ギルドは大手のギルドである分、とにかく沢山の資源が集まってくる。


それだけ多くの優秀な人材が働いているということだから、ギルドとしてはうまくやれているということなのだけど、集まりすぎた資源をうまく売りさばけなかった場合、その売価は下げざるを得ない……。


ギルドによって得意分野・苦手分野はあると聞くけれど、開拓者ギルドの場合、「流通」があまり得意ではないのかもしれないな。



でも、開拓者ギルドで素材が安く買えるなんて話、一切聞いたことがなかった。


ファシアさんのような事情通の人がいてくれて、本当によかったな』


俺は納得がいって、ひとり、うんうんと頷いた。



一方でファシアさんは、やれやれという風に肩を竦めた。


「まあ、私はもうギルドの受付嬢ではないし、こんな事情に詳しかったところであまり意味はないんですけどね」


「え、そんなことないですよ」


そう言うと、彼女はきょとんとした目で俺を見た。



俺は感謝を伝えるために、彼女の手をとった。


「……へっ……!?」


「ファシアさんがこういった事情に精通されていたおかげで、ポーションの製造が追いつかなくなったらどうしようという懸念が一切なくなりました。


これで安心して、薬屋を開くことができます。


ありがとうございました。


ファシアさんと会ったのは偶然のことでしたが、お知り合いになれて、本当に良かったです」


俺が笑うと、彼女は大きな目で俺を見た。


「これからもよろしくお願いしますね」と伝える。


「は、はい……」



俺は彼女の手を離し、再度、リピンさんから受け取ったリストに目を落とした。


『この価格なら、絶対に赤字にはならない。


基本は自分たちの力で素材を調達しつつ、在庫切れのときは、開拓者ギルドで買って対応……うん、何とかやっていけそうだ』



俺はそれから、開店するにあたって、他に気になることについて思いを巡らせた。


細々した準備はまだ山のように残っているが、店を開けるにあたっての大きな不安はなくなった。



立地から考えて、客足は問題なくあるだろうとのことだったし(商人ギルドでそう説明された)、ギルドでの受付経験があるファシアさんがいれば、ポーションを買いに来た冒険者や開拓者たちの対応で困ることもほとんどないだろう。


『揉め事に備えて、B級冒険者のアーガスに店の用心棒をしてもらうという手もあるけれど……店先に立ってもらったりなんかしたら、誰も入ってこられなくなるかな』


俺は迫力のあるアーガスが店先に立っているところを想像し、くすりと笑う。


『話してみたら、普通に優しいし、良い人なんだけど。何せ見た目が強者すぎるからなぁ……』




「会えてよかった……これからもよろしく、ってこと、は…………け、結婚…………」


何か呟き声が聞こえた気がして、俺は顔を上げた。


するとこちらを見ていたファシアさんと目があった。



俺は独りで考え事に耽っていたことに気が付き、「あ、すみません。やっと開店できるなと思って、ひとりでちょっと浮かれてました」と素直に言う。


しかし彼女の反応が鈍かったので、首を傾げる。「ファシアさん?」


彼女の瞳が、心なしかうるんでいる。

お酒に酔っていたあの夜のように、頬も、ぽーっと赤くなっていた。



俺が呼びかけると、彼女は夢からさめたかのようにはっとした。


そして俺の手を、改めて両手でとった。


「こ、こちらこそ、これからも、ず、ずっと……ずっとよろしくお願いしますっ!」


彼女は大きな声でそう言うと、驚く俺にも構わず、そのまま店の外へと走り去っていった。



『……ん?』


取り残された俺は、首を傾げたまま考えた。



そしてぽんと手の平を打った。


「ああ、なるほど。我慢できないくらいお酒が飲みたかったんだな」






それから二週間余り。


開店までの準備は順調過ぎるほど順調に進み。


そしてとうとう。



「マルサスの薬屋、開店します!」


店に集まってくれたアーガス、リミヤ、ファシアさんとともに、俺の薬屋がついに営業を始めた。

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