エンカウント
最近、考え事に詰まったら、王都を歩き回っている。
騎士団の自衛力が強い王都ステラデーテンは、夜でも一人で出歩けるくらいには治安がいい。
アンデッドが大量発生するなどといったよほど例外的な災厄を除けば、基本的には安全なのである。
繁華街の方へいけば夜遅くまで明かりの灯っている酒場はたくさんある。
周辺に行けば、酒に酔い大声で会話しながら歩く冒険者たちの姿が多く見られた。
俺はそういった「夜でも賑やかで、明かりのついている場所」に行くと、なぜだかとても気持ちが安らぐ。
だから薬屋にいて一人で考え事に疲れてしまったときには、そういった場所をうろつくのだった。
以前の雇われ生活では、日の出前から夜遅くまで働いていたから、こうやって夜の王都を歩くなんていう暇はなかった。
とにかく素材を調達し、ポーションを売ったら、宿に帰って寝る。
そして次の日の素材調達に備える。本当に、それしかできない日々だった。
しかし今はありがたいことに、アーガスとリミヤのおかげで、素材調達の効率が格段にあがった。
昼前に王都を出発しても、短時間で十分な素材が揃い、日没前までに王都まで帰ってくることができる。
おかげで余った時間は、開店までの準備にあてることができているし、体の疲れもそれほどではないので、こうして夜遅くまで起き、考え事をするなんていう余裕も生まれるのだった。
明かりのついた酒場の前を通ると、店の中からも笑い声が聞こえてくる。
ちらと中を覗くと、入口の傍では陽気な四人組の冒険者パーティーが、酒を飲みながら笑い合っていた。
クエストを完了した打ち上げでもしているのだろうか、とても楽しそうだった。
俺は店の前を通り過ぎて、自分たちのことを考えた。
諸々の準備は順調だが……やはり最も大きな問題は、リミヤとアーガスの関係である。
いや、二人の関係というより、リミヤ個人の問題かもしれない。
アーガスの方はそれほどでもなかったからだ。
というのも、俺はアーガスとも一度話し合ったのだ。
いくらアーガスが屈強な冒険者であったとしても、当たり前のことだが彼も一人の人間だ。
リミヤに悪気がないとはいえあれだけ避けられれば、むっとしたり、悲しんだりしているかもしれない。
アーガスにはすごく仕事を助けられているし、変なところで嫌な気持ちになってもらいたくなかった。
だが、これは俺の杞憂だった。
「リミヤのことだけど……」と俺がアーガスに対する彼女の態度を話題にあげると、「ああ、あれが普通の反応だろうな」と平然と返されてしまった。
「え、どういうこと?」
「ああ。別にスキルのせいではないと思うんだが、俺もこんな風体だからな。
新しいパーティーに加入させてもらったら、大体、一人はあんな感じになる奴がいるよ。
委縮するというか、怯えているというか。
もう慣れたよ。そのことが理由でパーティーを追い出されたことも、何度かあるしな」
本当に気にしてはなさそうだったが、聞いているだけで胸が痛くなる話だった。
「ごめんなさい。俺が何とかできればいいんだけど……」
するとアーガスは目を丸くし、それから大口を開けて笑い飛ばした。
「マルサスのせいじゃないさ。それに、リミヤのせいだとも俺は思わない。
俺に、人を委縮させる何かがあるのは事実だからな。
いいんだ。俺はああいう態度を取られても全く気にならん。
むしろマルサスには感謝しかない。
こんな俺でも、追い出そうとせず、雇ってくれてるんだからな」
アーガスは真っ直ぐに俺の目を見た。
「ああいう態度をとられることには、慣れているから何も驚かん。
むしろあんたみたいな奴の方が、俺にとっては珍しいよ。
最初にあった時から、俺に全く臆している様子がなかったからな。
肝が据わってるよ。たぶん鍛えたら、冒険者としてもいいとこまでいくと思うぞ」
「いや、さすがにそれはないと思うけど」
俺にできるのなんて、毒を集めることぐらいだし。
アーガスは肩を竦めた。
「……謙虚な奴だ。
まぁとにかく、リミヤのことなら、俺は何も気にしちゃいないからな。
彼女の方に気を配ってやってくれ」
アーガスとの話はそんな感じでまとまった。
苦労人だからなのか、人ができてるなぁと俺は思ったのだった。
じゃあとりあえず彼の器の広さに甘えることにして、リミヤの方に気を配りつつやっていこう、と考えた……のだが。
『どうやったって、二人だけで素材調達に行ってくれるようになる未来が想像できないんだよなぁ……』
俺がついていけば、何とかはなる。
だが薬屋を開店したらどうするのだろう。
定休日を設けて、その日に三人で素材調達に行く?
だがそれだと、素材調達できる日は限られるし、店に並べられるポーションの量はだいぶ減りそうだ。
リミヤが来て以来、他のポーション精製者からの面接希望は来ていない。
商人ギルドを訪れても、「ポーション精製者はもともと少ないですし、色んな薬屋で引っ張りだこですからねぇ……」と濁されるばかり。
他の薬屋から積極的に引き抜きたいとまでは思わないけれど。
俺のように安い賃金しかもらえない上に、「他に行くあてなどない」と脅されている人がまだまだいる気がして、相変わらず商人ギルドの人間は信頼できなかった。
「どうするかなぁ……」
気が付くと俺は、繁華街から大分外れたところまで歩いてきていた。
ちょうどぐるりと一周回る感じで薬屋の近くまで来ていたから、このまま帰ろうと、俺はその方向に向かって歩き続けようとした。
そのとき。
「……ん?」
建物の隙間に、誰か倒れている。
「あの……」と声をかけようとして、俺は立ち止まる。
もぞもぞと動いている背中。
あの奇妙な動きは。
「アンデッド……?」
警戒した俺は、いつも腰に差している短剣に手をかける。
ガバッ。
「!!」
寝転がっていた人が、急に起き上がった。
そしてふらふらと、近づいてくる。
「今、誰に言った……」
違う、アンデッドじゃない……!
「今、誰に……誰に、アンデッドって言ったのーー--!!!!」
ぷんと鼻をつくにおい。
この人は……ただの酔っ払いだ!!!
「この見目麗しき乙女の、どこがアンデッドなのーー---!!!!」
路地で倒れていた酔っ払いが、こちらに向かって飛びかかってきた。
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