スキルを使うとき
騎士団長は、受付を見渡して説明する。
「現段階の調査では、アンデッド化のステージは三段階に分かれている。
ステージI。顔から血の気が引き、全身が徐々に冷たくなる。
ステージⅡ。昏睡状態となり、こちらの応答に応えられなくなる。
ステージⅢ。理性を完全に失い、人間を見ると無差別に噛みつく。
ステージⅢになったものは」
サラが叫び声のあがった方を見る。
三人の冒険者が、暴れている人を取り押さえていた。彼には口輪がついていた。
三人は彼を羽交い締めにし、受付の奥へと連れていっていた。
「他の者に被害が及ばぬよう、別室へと連れていく。
ここにいるのはステージⅠとⅡの患者だ。
どうする、誰からあたる?」
俺はざっとフロアを見渡した。
「本来なら、優先度の高い方から手当するべきでしょうけれど……でもまずは、解毒士スキルで出来ることを確かめさせてください。
一人目は、傷口の明らかな方から見させていただきたいです」
「わかった」
俺はパッと周りを見て、意識のはっきりしている少年に目をつけた。
まだ5、6歳に見える。こんな子がアンデッドになるなんて……。
「ちょっと、いいかな」
近づいて、声をかける。
「は、はい……」
少年はがたがたと震えていた。傍にいるのは、彼の兄らしい。ぱっちりとした目と、可愛らしい赤の頬がよく似ている。
兄はナイフを握っているが、まだその刃には血がついていない。傷をえぐる踏ん切りがまだついていなかったのだろう。
しかし傷口がぐちゃぐちゃになっていない方が俺としてはやりやすいので丁度よかった。
「ここを噛まれたの?」
弟の腕、赤く染まった皮膚を指差して尋ねる。
「はい、そうです」
兄が答えた。
「ちょっとごめんね」
俺がそう言うと、「ひっ……」と少年の口から悲鳴がもれた。傷口をえぐり取られると思ったのだろう。
「大丈夫だよ。痛みはないからね」
俺は手に何も持ってないことをしめし、その手を傷口に近づけた。
――「抽出」
スキルが発動し、パッと手元が光る。
感覚的に、少年の傷口から毒が抜けていくのがわかる。人間相手の毒抜きは初めての経験だったが、毒草から毒を抜くときと感触は変わらない。
しっかり最後まで毒を搾り取って、反対の手でかばんから小瓶を取り出し、その栓を開ける。
この3年間、朝から晩まで繰り返してきた要領で、毒を採取し、蓋をきっちりとしめる。
そして傷口を確認する。
――「分析」
『うん、傷口に毒は残ってない』
意外とすんなり取れてしまった。
小瓶に採取した液は、緑色でどろどろしている。
――「調合」
手をかざすと、小瓶の中に小さな渦が生まれる。
そしてしばらく待つと、透き通った液体に変わった。
――「分析」
小瓶の液体に、対毒性の成分が含まれているとわかる。
解毒ポーションの完成だ。
男の子に、その小瓶を差し出す。
「解毒ポーションだよ。これを飲んだら、もう大丈夫だからね」
傷口の毒はおそらく抽出できたものの、100%大丈夫かなんて俺にも分からなかった。
でも不安げな兄弟たちを前に、あえて堂々と良い切る。安心してもらうには、それくらいしかできることが思いつかなかった。
男の子は安堵したように見えたが、得体の知れない液体を見て怯えた。助けを求めるように、兄を見る。兄は力強く頷いて、弟の肩に手を置いた。
それで少年の決心はついたようだ。弟は俺から小瓶を受け取り、液体を口に流し込む。辛そうに眉を顰めたが、最後の一滴まできちんと飲み切った。
「頑張ったね!」
空になった小瓶を受け取り、俺は少年のことをほめたたえた。
弟は照れくさそうに笑った。
兄は「あの、ありがとうございました」と頭を下げる。弟も、それにならって「ありがとうございます」と頭を下げた。
「うん」俺は手を振って、彼らから離れた。
後ろに控えていた騎士団長が驚いた顔をしている。
「あれだけで治療できたのか……!?」
兄弟に聞こえないよう、小声で返す。
「まだわかりません。
体の状態を確認できるスキルの持ち主はいますか?
このあと彼らの容態がどう変化するのかを見守ってもらいたいです。
それと、回復系の魔法が使える人もお願いします。
この子たちはまだ大丈夫だと思いますが、大きな傷口を持つ人たちの時に、手伝ってもらいたいです。俺は解毒しかできないので……」
騎士団長の顔がすぐに引き締まる。
「わかった、すぐに手配しよう。
他に要望はあるか」
「そうですね……。
そうだ、この小瓶を洗える人をお願いしたいです。あと19本は替えがあるのですが、それ以上は替えがないので」
「わかった。浄化魔法を使える者を大至急、呼びよせよう。
すぐに次の者を見てやってくれ」
「分かりました」
ギルド内には、また新たな怪我人が運びこまれてくる。
俺は周りを確認し、今度は優先度の高そうな人を探す。
『あの人、やばそうだな』
顔が真っ白になっており、眠っているかのように目を閉じている冒険者。隣にいる二人はパーティーメンバーだろうか、必死に彼を揺さぶり呼びかけている。
おそらくステージⅡ――昏睡状態に陥っている。アンデッドとして人を襲い始めるのも、時間の問題だ。
「すみません!」
俺はすぐさま駆け寄って、声をかけた。
二人のパーティーメンバーが、ぱっと顔を上げた。
「彼の傷口を見せてください」
「あなたは……?」
「毒に関するスキルを持っています。力になれるかもしれません」
「「!」」
こうして俺は冒険者ギルドに倒れる人々を次々に回って、かたっぱしから解毒作業を行っていった。
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