金貨の使い道
コツコツ、と音がした。
俺はその音で、目をさました。
部屋の中は、窓からの光でとっくに明るくなっていた。しかしその光が気にならないくらいには、ぐっすり眠っていたようだ。
窓を開ける。コツコツと音を立てたのは、魔鳥だ。
国が連絡係として使役している魔鳥は、ゆうに500を超えるという。
ほんの数週間前、緊急招集を伝えるため、この部屋にやってきたものと同じ個体なのかは、判別がつかなかった。
「予定通り、お迎えに上がりました。ご都合はよろしいですか?」と魔鳥は当たり前のように人の言葉を喋った。
「大丈夫です。ちょっと待ってください、すぐに支度するので」と答える。
「かしこまりました」
魔鳥は小さな姿のまま、窓枠にとどまっていた。
俺はあのときと同じようにかばんを肩にかける。本当はそれなりに綺麗なよそ行きの服なんかを持っていればいいのだけど、そんな洒落たものは持っていないので、普段着でいくしかない。
一応、はねている髪を手でおさえつけた。
「お待たせしました。よろしくお願いします」
「それでは背中にお乗りください」
魔鳥はひょいと窓枠から離れ、体を大きくする。
俺は窓枠に足をかけ、魔鳥の背に飛び移った。
「おぉ……」
「それでは出発します」
数週間ぶり、二度目の背中。やはり、魔鳥の背中に乗って空を飛ぶのはテンションが上がる。
それに。
見下ろす王都にはもう不穏な空気など流れていない。
街路には人がごった返していて、活気は戻りつつあった。
もちろん不吉なアンデッドの姿はどこにもない。
「気持ちいいなぁ……」
「それは良かったです」
「あっ、はい」
思わず口に出てしまった感想を拾われて、少し恥ずかしい。
でも、本当に気分がよかった。
この美しい王都を、幸せに暮らす人々の生活を。
取り戻すことの役に、少しは立てたのだから。
魔鳥に運ばれてやってきたのは、王城だ。
しかも案内された先は、最も重要な部屋である「王の間」。
重厚な扉の先に待っていたのは、紛れもなく現国王だった。
そして隣には彼の側近たちの他に、あの美しい騎士団長の姿も。
「解毒士、マルサスよ。
このたびの国を救う働き、まことに立派であった」
王直々に、言葉を贈られる。
「あ、あ、ありがたき幸せ……」
やりとりの間中、自分で自分が何と言っているのかは全く分からなかった。
「緊張したかい?」
王城を出ると、騎士団長のサラが砕けた口調で尋ねてきた。
「そりゃあ、まぁ……」
「ふふふ。面白い人だな、君は」
からかわれているのだと分かり、じっ、と睨み返す。
本来ならば、騎士団長相手に俺みたいな一市民がとる態度ではない。
でも今回の一件で、俺は騎士団長に対して、古くからの付き合いのような親しさを感じるようになっていた。
彼女の方でも、それを怒ったり嫌がったりはしていない。むしろ向こうからも、気を許してくれている感じがした。
「さ、のってくれ」
サラが指差した魔鳥は、真っ白な毛で覆われていた。
おそらく、彼女専属の魔鳥なのだろう。青い瞳は、主人のものと同じく透き通っていて、理知的だった。
魔鳥に乗ったサラの後ろにお邪魔する。
「腰を持っていいよ。振り落とされないよう、しっかり体をつけて」
「あ、はい」
前に座るサラにぐっと体を寄せる。風に揺れる美しい髪からは、花のような香りがした。変なことを考えちゃだめだと自分に言い聞かせるけれど、心臓がばくばくするのはとめられない。
「ミハイラ、飛んでくれ」
サラが魔鳥に呼びかけると、体がふわりと、地面から離れた。
「本当によくやってくれたよ、マルサス」
「いえ、たくさんの方に協力していただいたおかげです」
冒険者ギルドの三階にある、ギルド長室。
サラはもともと冒険者の出身だ。実力を買われ、ギルドの長、さらには騎士団の長に大抜擢された。
現在も両方の職を兼任しているという、とんでも実力者である。
「さて、ここからは実務的な話だ。
まず国から報奨金が出ている。金額を確認したら、サインをしてくれ」
「……え?」
渡された書類を見て絶句する。
1、10、100……1000枚?? しかも銅貨でも銀貨でもなくて……き、金貨。
銀貨換算すると、10万枚。
俺の賃金が1日2銀貨だったから、5万日働かないと得られない額なんですが……。
「いただけないですよ! こんな大金……」
サラは怒るように言った。
「何を言っているんだ。君は未曾有の大災厄から、王都を救ったんだぞ。
むしろ金貨1000枚でもかなり安いくらいなんだ。
ちゃんと受け取ってくれ。これくらいの額も払えないようなら、国の面子は丸つぶれだ」
「じゃあ、このお金は今回被害に遭われた方に」
「舐めてもらっちゃ困る。
国は今回の災厄に関して、被害に遭われた市民の方にできる限りの助力をする。
金銭面だけではもちろんないし、正確な試算はまだあがってないが、おそらく金貨100万枚はくだらない額が生活復旧に費やされるだろう。
それは君個人へのせめてもの感謝の額なんだ。きみ個人で使ってくれ」
俺は観念して頷いた。
「分かりました」
「よし」
サラは厳しい顔を解いて、にっこりと笑った。
「それと、各方面から君に、個人的なお礼をしたいという声が届いている。
もちろん許可なく君の素性を開示したりはしていない。どうする?」
「そうですね、素性は明かさないでいただけると助かります。
お礼もできれば断っておいてください。たまたま持っていたスキルが役に立っただけの話ですから……」
騎士団長は、やれやれと肩を竦めた。
「まったく、君は本当に謙虚な奴だ。
わかった。こちらからむやみに君の情報を明かすようなことはすまい。
しかし断り切れなかった手紙やプレゼントなんかは、こちらで管理するから折を見て受け取ってくれるかい?」
「すみません、お手数をおかけして」
「謝ることはない。そういうのも国の仕事だ。
さて。では最後に、私の方からも言わせてくれ。
『解毒士』、マルサス。素晴らしい力を惜しみなく貸してくれて、本当にありがとう」
俺は苦笑した。
「持っていたスキルがスキルだったんで。あの状況だったら誰でもそうしたと思いますけど」
騎士団長は首を振った。
「いや。残念なことに、王都内で連絡のついた他の『解毒士』たちはいずれも非協力的だった。
どうしてただで働かなくてはならないのかと訴える者もいたし、失敗したときの責任はだれがとるんだと怖気づくものもいた。
今回、有効な解毒スキルを持った上で力を貸してくれたのは、君だけだったよ。
つまり偶然そのスキルを持っていたからではなく、君の『助ける』という意志によって多くの人々の命が救われたというわけさ」
そうだったのか。
「本当にありがとう、『解毒士』マルサス」
胸が熱くなる。
「こちらこそ、お世話になりました」
最後に握手を交わして、俺は冒険者ギルドを出た。
その数日後、俺は大量の金貨を持って、ある場所を訪れた。
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