絶句(後編)

町のいたるところから、煙があがっている。


どうやらとんでもないことが起こったらしい。隣国から攻められたのか、それとも大規模な魔物の襲撃でも起こったのか。しかし、王都ステラデーテンは壁に囲まれた城塞都市だ。そう簡単に外部からの侵入を許すとは思えないのだが。



と。


「わっ!」


こちらに向かって、黒い鳥が勢いよく飛んできた。


俺は思わず尻もちをつく。すると鳥は開いていた窓の枠にぴたりととまった。


『お、王都の使い鳥……?』


カラスに似た見た目、知的な緑色の瞳。間違いない。国からの連絡を運ぶために、いつも王都の上空を飛び交っている魔鳥だ。



「解毒士のマルサスだな?」と魔鳥は言った。


「え、ええ……」


「国王より、緊急招集がかかった。すぐに身支度を整え、私の背中に乗ってくれ」


そう言うと魔鳥は、窓の枠から飛び立って、空中で大きく膨らんだ。



有無を言わせぬ圧を感じ、俺は慌ててかばんを肩にかける。


その中には、お金を入れるための巾着、汗をぬぐう手拭き布、ポーションを入れるための小瓶、毒草を採集するためのナイフなど、いつも外出時に持ち歩くものが入っていた。



窓から身を乗り出して、魔鳥の背中に飛び乗る。


「よし。では出発する」


「は、はい。


……わー!!」


「なんだ?」


「い、いえなんでも」


魔鳥に乗って王都の上空を飛ぶなんて、もちろん初めての経験だ。思わず声を上げてしまったのが、恥ずかしかった。


しかも、明らかにはしゃいでいる場合ではない状況なのである。


あちこちの建物からあがる煙。


そして街路には。



『あれは、人……? 

違う、アンデッドだ! なんでこんなにも王都の中に……』


街路をぞろぞろ歩いているのは、人型の魔物、アンデッド。


人間や魔物の死体などに寄生してその腐った体で行動する、気味の悪い魔物だ。


これだけのアンデッドがいつの間に湧いたというのだろう。


俺が眠っていた間に一体何が起こったのか。



魔鳥はあっという間に目的地へとたどり着いた。


王都の中心地に立つ、冒険者ギルドの前だった。何か魔法が張られているのか、街にあれだけあふれていたアンデッドも、この通りにはまったく見当たらない。



ギルドの前には、首から下を鎧で覆った一人の女性が立っていた。


『えっ、この人って』


王都の防衛において最も大きな権限を持つ重要人物の一人、騎士団長のサラ=ラフィーネ。


短く切りそろえられた金髪と、高い鼻、美しくも鋭い青の瞳。言わずとしれたこの国の英雄。


魔鳥は彼女の前に俺を降ろすと、すぐにまた飛び立っていった。



「解毒士のマルサスだな?」


「あ、はい」


「私は騎士団長のサラ=ラフィーネだ。緊急の招集にも関わらず、迅速に応じてもらったこと、感謝する」


騎士団長は俺に手を差し出してきた。装備越しではあるけれど、いつもちまちま毒草を集めている俺とは比べ物にならないほどの、力強い手。



「時間が惜しい。申し訳ないけれど、すぐに本題に入ろう」


騎士団長が近づくと、冒険者ギルドの前に立っていた二人の門番が、ギルドの入口扉を開け放った。



「!!」


目の前に広がったものを見て、俺は絶句した。

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