底辺「解毒士」でしたが、一夜にして国を救いました。褒賞金の金貨1000枚で、不遇スキル持ちたちと薬屋始めます!
Saida
絶句(前編)
「ほら。今日のお代だよ」
カウンターの上に置かれたのは、銀貨2枚。
俺ははっと顔を上げて、薬屋の女主人の顔を見た。
「なんだい。この金じゃ、不満だっていうのかい?」
「すみません。でも……」
薬屋に並んだ毒消しポーションの売値を見る。
1本で、銀貨10枚。
今日、俺が一日がかりで精製した毒消しポーションの本数は、20本。
売値に換算すると、銀貨200枚。金貨2枚分に相当する額だ。
女主人はため息をついた。
「悪いけどね、うちも慈善事業じゃないんだ。
ここに店を開いているだけでも土地代から何から経費ってものが馬鹿にならないし、売れ残りのリスクを抱えることにもなる。
単純に、売値が全て私の懐に入ってくるわけじゃないんだよ。
うちだってかつかつでやってるんだ」
そうやって身振り手振りで説明する女主人の指には、大きな魔結晶の指輪がいくつも輝いている。
「もしうちに卸す値段が気に入らないんだったら、商人ギルドに許可をとって薬屋でも何でも自分で開けばいいじゃないか。
え? 違うかい?」
「いえ……」
薬屋を開くための資金なんて、今日明日の食事にすら窮している貧乏人が持っているはずがない。
「すみません。せめて、3枚。銀貨3枚でいいので、いただけませんか?」
女主人は高級パイプに火をつける。そしてたっぷりと時間をかけて吸い、その煙を俺の顔の前に吐き出した。
「次、値段交渉してきたら、あんたのポーションは二度と買わないから。
銀貨2枚だ。それが嫌なら、他をあたりな」
頭の中が真っ白になった。仕事を失えば生きていけなくなる。
震える手で、銀貨2枚を受け取った。鞄に入っていた依頼分のポーション20本をテーブルの上に置く。
女主人は引き出しから空の小瓶20本を取り出して、こちらに差し出す。
「ほら、次のポーションのための小瓶だ。
それ鞄にいれたら、とっとと帰りな」
俺は黙って、その小瓶を鞄に詰める。
と、薬屋の入口にさがっているベルが鳴った。
「あら、いらっしゃいませ。今日は何がご入用ですか?」
女主人は慌ててパイプをテーブルの隅に寄せ、二段も三段も高い声で入ってきた客に応じる。俺には早く出て行けと、きつい視線を寄こして。
俺は客と入れ違いに出口へと向かった。
小太りの冒険者らしい客がはきはきとした声で言う。
「回復のポーション5つと……それから毒消しのポーションを6つもらおうかな。
いやぁ、ここの毒消しポーションはとにかく品質がいいね。他の店で買った安もんじゃ、全然効かないからぁ!」
つくった高い声で、女主人がそれに応じた。
「ありがとうございますぅ! うちもそれなりにコストをかけて生産させてもらってますからね。ちょっとお高めですけど、品質は保証いたしますよぉ」
せめて家に帰るまではと唇を噛みしめたが、店を出て一歩目で涙がこぼれてしまった。
成人の時に授かったスキル「解毒士」。
対象物から毒を取り出し、その毒を素材にして解毒剤をつくることのできる、毒に特化した珍しいスキルだ。
「良かったなぁ。生産系のスキルは食いっぱぐれることがない」と、親代わりであるユタイ神父は言ってくれた。彼は親に捨てられた俺を教会で育ててくれた恩人だ。
俺は彼の言葉を胸に、商人ギルドで紹介してもらった薬屋と契約して解毒ポーションを卸す仕事を始めた。
しかしこの仕事はとにかく儲からなかった。精製した解毒ポーションは面白いくらいに買い叩かれた。そのことを商人ギルドに訴えても、相手にしてもらえなかった。
「どこも最初はそんなもんですよ。
それにころころ契約先を変えてたら、そのうちあなた自身が信頼されなくなって、契約してくれる薬屋がなくなってしまうかもしれませんよ。
悪いことは言いません。しばらく今の契約で頑張りなさいよ」
担当のギルド職員であるラードという男に言われると、俺はそれ以上、食い下がることができなかった。
それからあっという間に三年が経ち、現在。
俺はまだ同じ薬屋と契約を結んでおり、ずっと同じ種類の毒消しポーションを作り続けている。仕事を失うのが怖くて、契約先を変えることができなかったのだ。
さらに親代わりだったユタイ神父が、1年半ほど前に不慮の事故で亡くなった。俺は天涯孤独になり、頼るべき相手を失った。
借りて住んでいる宿に戻ると、ベッドに体を横たえた。
ぐぇーと苦しそうになったお腹。でも今日の稼ぎも、たったの銀貨2枚。パン二つ買えば消えてしまうようなこのお金を、無駄遣いするわけにはいかなかった。
無理やり目をつぶって眠ろうとするが、空腹に邪魔されて、なかなか意識は消えてくれない。
それでも早く眠らなくちゃ。明日も朝から働かないといけないのだから。
毒草の生えている森まで歩いて数時間はかかるし、ポーション20本分の毒を抽出するには、それなりの量が必要になる。しっかり体を休めないと。
「ウーーーーーーーーーーーー」
けたたましいサイレンの音で、目が覚めた。
『王都警報だ……一体どうして……』
慌ててベッドから飛び起きて、窓を開ける。空は既に明るかった。昨日は遅くまで眠ることができず、そのせいで寝過ごしてしまったらしい。
「なんだ、これ……?」
窓から見た景色は、異様な様相を呈していた。
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