③ フライング
「ーーさーん。 お客さーん、ここで寝ないでくださーい」
揺さぶられてビクッと目が覚める。
「もう電車こないですよ、出て下さいー」
状況を飲み込むのに時間がかかった。
ベンチで寝ていたようだ。だらしなくよだれまで垂らして。
「大丈夫ですかー、もう電車来ませんよー、出て下さいー」
「ぇ、あ」
駅員と目が合い、一瞬の沈黙。
「あっ、す、すみません、すぐ出ます。」
焦燥感と羞恥心で止まったエスカレーターを駆け上がる。
信じられないが終電がなくなるまでホームで寝ていたのだ。
改札を出たあたりで、やっと冷静になる。
普通の駅だ。安心感で鼻の奥がツーンとした。
「よかった、なんて夢だよ」
「疲れてるな、俺」
駅前に出るとロータリーで酔っ払いが嘔吐している。
最寄駅までは2駅。
歩く元気はない、タクシーを拾った。
「〇〇交差点のコンビニ辺りまでお願いします。」
「…あー、向かいに牛丼家あるとこ?」
「そうです」
「はいー、分かりましたー」
窓越しに外を眺めながら、ボーッとする。
「…お客さん、つかれてるね」
運転手がミラー越しにこちらを見る
「え、あぁ、そうかもしれませんね」
「車内暗いけど、顔色悪いの分かるよ」
それはそうだろうあんな夢を見た後だ
「甥っ子がね、仕事で精神病んじゃってね、お客さんもあんま無理したらいかんよ」
「ははっ、気をつけます」
違和感のある愛想笑いをして会話を切る。
気まずい沈黙に外を眺めて到着を待つ。
コンビニの前でタクシーを降り、惣菜と缶チューハイを買って帰る。
スーツを脱ぎ捨て、シャワーを浴びる。
熱いシャワーを浴びるとようやく仕事が終わったように感じる。
半乾きの髪、テレビをつけ惣菜を缶チューハイで流し込む。
普段はほとんど酒を飲まないが、今日は飲まずにはいられなかった。
あの繰り返す恐怖を忘れて眠りにつきたかった。
久しぶりのアルコールに意識がぼんやりとしてくる。
テーブルの上を片付けないままベッドに横になる。
いい夢なんて見れなくてもいい。
ただ穏やかに目覚められるような睡眠がとりたい。
そう思うと眼球がひっくり返ったように意識は突然暗闇に落ちていった。
ふと目が覚める。
眠りの浅さを内心ぼやきながら、
ぼんやりと時計を確認して眠気が吹き飛ぶ。
午前11時を過ぎている。
血圧が上がる。急いで携帯でも時間を確認する。同じく11時を過ぎている。
「マジかよ、目覚まし鳴ってねえよ」
飛び起き、大慌てで着替えを始める。
パニックでテーブルを蹴飛ばし、惣菜の空容器から残り汁が飛び散る。
「痛って、うわ、最悪」
スラックスが汚れ、足の親指の爪が割れた。
踏んだり蹴ったりな状況に気分はどん底になる。
割れた爪に引っ掛けながら靴下を履く。
カバンにネクタイを乱暴に押し込み、
靴紐もほどけかけで玄関のドアノブに手をかける。
「あ?」
ドアノブがクルクルとから回る。
一度鍵を閉め、もう一度開ける。
ドアノブは変わらずクルクルとから回る。
「おいなんだよ、ふざけんなよ」
ドアノブを叩いてつかむ
変わらずドアノブはクルクルとから回る。
「くそっ、なんなんだよもうっ!!」
ドンッ
焦りと怒りに任せて両手でドアを強く叩きつける。
ドアノブがひとりでにクルクル回り出す。
キュルキュルキュルキュルキュルキュルキュルキュルキルキュルキルキュル
唖然として音を立てて回るドアノブを見つめる。
キュルキュルという金属音が笑い声のように頭の中をこだまする。
「…ぁ、ぁあ…外に出ないと」
正常な思考を失い、ジリジリとあとずさり。
逃げ出すようにベランダを目指してドタバタと駆け出す。
飛び降りてでも外に出たかった。
勢いよくカーテンを開けると、見慣れた壁紙が視界に広がった。
汗と動悸、天井を見つめたまま呆然としていた。
いつものベッドの上、時計を確認するとアラームの時間までは1時間弱ある。
電気もTVもついたままだった。
テーブルの上を片付け、TVを消す。
電気を消し、再びベッドに横になる。
涙が耳の方に流れていくのを感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます