② 通過駅

アラームの音に目覚める。

ゴロつく眼球、不快感、世界はグルグル回るようだ。

トイレでカレンダーを確認する。

木曜日、明日を乗り切れば休み。


吊り革から伝わる電車の揺れ、

規則的なリズムにやっと自然な眠気を感じる。


ビルのエレベーター、徐々に気が沈む。

無機質なオフィス、モニターの光が充血した目を刺激する。

外線の着信音、コピー機とシュレッダーが騒々しい。


昼休みに会議室のセッティングをしていると、

いつの間にか席に着いていた女性社員に声をかけられる。


「吉岡さん大丈夫ですか?いつもに増してクマひどいですよ」

不意の声かけに反応が遅れる。


「・・昨日あんまり寝れなくてっ、大丈夫ですよ、もう準備終わったんで」


引き攣った笑顔を浮かべているのが自分でも分かる。

気まずさから逃れるように会議室を後にした。


軽めの残業で仕事から上がると、いつもより混み合う電車の中。

香水、汗の臭い、人の体温と不快感、ブレーキの慣性で押し潰される。


耐えかねて降車客の波と共に途中下車する。

喉の奥の不快感が吐き気を催す。

目の前のベンチに座り、満員電車を何本も見送った。

通過する急行の風が心地よい。

満員電車でほてった身体が浄化されていくようで思わず目を閉じた。



薄暗い地下鉄のホームで点滅する蛍光灯、

黒く煤けたコンクリートの壁

ゴロつく眼球をホームの風が乾かす。

チカチカと不快な瞬きを続ける黄ばんだ蛍光灯。

気づけばまばたきも忘れ、渇いた目でそれを見つめていた。


少し混んでいても次の電車で帰ろう。そう思った。

どれくらい経ったか、そろそろ電車が来るはずだと、

天井から下がる電光掲示板を探すが見当たらない。


「あれ?」


ホームを左右に見渡すと奇妙な事実に気づく。

電光掲示板だけでなく、駅名をかいたプレートもない。

ホームが短い、せいぜい3両分程度だろうか。

一路線のホーム、左右はどちらも登りの階段になっている。


「あれ、なんだこれ」


降りた時に特に確認もしなかったが、

普通に降りられるホームがこんな形になっているわけがない。


「ん、なんだ?従業員用かなんかか?」


混乱しながらも、なんとか奇妙な状況を肯定しようとする。

だがそんな訳がない。


ベンチから立ち上がり、改めて左右を見渡す。

誰もいない。電車も来ない。

黄ばんだ蛍光灯は不規則に点滅し、線路向こうの壁は薄黒く煤けている。

短いホームの両端は登りの階段。


「なんだこれ、どうなってんだ」


理解できない状況に血圧が上がる。

鼻の奥が熱くなる。

沸々と恐怖が湧き上がりその場から動けない。

もう一度ベンチに座る。うつむき、瞼を閉じ3回深呼吸をする。

祈るように顔をあげ左右を見渡す。

さっきと変わらない光景にもう一度うつむく。

恐怖に押しつぶされそうになりながら30秒ほど床を見つめた。


「ダメだ、とりあえず動かないと」


意を決して立ち上がり、右手の階段を目指して歩き出す。

階段の下で立ち止まる。

思ったより長い。15メートル程あるだろうか。

階段の先には天井が見える。


ゆっくりと一歩目を踏み出す。

階段の上は何かしら見慣れた光景であることを祈りながら。


少しづつ上の階が見えてくる。

左側に線路があるようだ。またホームであることは分かった。

あと一歩でその先が見えてくるあたりで立ち止まる。

後ろを振り返る。登ってきた少し長い階段があるだけ。

大きく息を吐きまた歩き出す。

階段を登り切ったところで立ちすくむ。


3両分程の短いホーム、3人掛けのベンチが1つ。

看板等は何もなく、その先は登りの階段だった。


「なんだよこれ」


理解できない状況から逃げるようにホームを走り抜け、

そのまま息を上げながら階段を駆け登り、呆然とする。


「ありえねえ、意味分かんねえ」


短いホーム、ベンチが1つ、その先は登りの階段。

切れる息に鼓動が早い。

ありえない状況にパニックになりながら来た階段を引き換えす。


階段を登り終えるとまた左側に線路、短いホーム、その先に登りの階段があった。

戸惑い立ちすくむ。


「うぅ、うぁぁぁあぁぁあああ」

混乱と恐怖に押しつぶされそうで叫び声を上げる。



自分の声に驚き目が覚める。

汗と動悸、息は過呼吸一歩手前だ。


ホームのベンチに座っていた。

「なんだ…夢かよ」


蛍光灯が点滅する。

辺りを見回してゾッとする。


短いホーム、両端の階段、駅名はない。


ベンチから立ち上がり、左側の階段を目指して歩き出す。

徐々に早足になり、ついには走り出す。

息も絶え絶えで階段を駆け上がる。


短いホーム、左側に線路、点滅する黄ばんだ蛍光灯、向かいの階段。


「…ずっと夢か?、夢だよな」


そう思うと目の奥に吸い込まれるように意識が遠のいていく。


スッと目が覚める。頭は冴えているが、状況が理解できなかった。

黒く煤けた天井、黄ばんだ蛍光灯が点滅する。

背中が冷たくゴツゴツする。体が言うことを聞かない。

なんとか左右に首を捻ると思考が止まる。


線路の上で寝ている。

線路の先には薄ぼんやりと暗闇が口を開けている。

体が言うことを聞かない、

なんとか身を少しだけ捩らせる。


不意に風が吹く。


ぼんやりとした暗がりの奥に小さな光が2つ。

レールから背中に振動が伝わる。

光がだんだん大きくなってくる。


体が言うことを聞かない、声も出ない。

パニックになりながらも身をくねらせることしかできない。


迫る光、金属音と振動、警告のホーンが鳴り響く。


視界が涙で滲む。全てを諦めて瞼をギュッとつぶった。

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