朝を夢見て

黒月 郁

① S字トラップ

いつの間に目が覚めたのか、

汗と動悸に上半身を起こす。


呼吸が浅く意識は朦朧としている。

脈動で張り詰める目と耳、体温が上がる。


体は無意識に水を求め、

暗い部屋から手探りでキッチンのシンクを目指す。


蛇口から流れる水で手首を冷やす。

そのまま喉を潤し、濡れた手で顔を拭い、髪をかき上げた。


悪い夢にうなされたのだろうか、

頭は重いままだが、呼吸と動悸は落ち着いた。


ふと嫌な臭いが漂う。

散歩帰りの犬のような生臭さ。

汚れた排水口に漂白剤を流し込む。



アラームの音に目覚める。

いつものベッドの上、ゴロつく眼球。

頭は締め付けられるような不快感で世界はグルグル回るようだ。

トイレでカレンダーを確認する。

水曜日、週も折り返しまで差し掛かった。


朝食は摂らず、最低限の身なりを整えて駅へ。

曇り空越しのぼやけた日差しに頭痛がする。

痙攣する瞼に嫌気が差しながら革靴でアスファルトを蹴る。


地下鉄の改札からホームへ。

行儀よく短い列に並び、降車客を待って電車へ乗り込む。

満員というほどではない。

吊り革につかまり、腕に頭を預ける。

湿度と人の臭いに鼻水が垂れてくる不快感、

いつもと変わらない通勤時間だった。


この気怠さ、今日も眠りが浅かったのだろう。

寝つきが悪ければ夢見も悪い。

繰り返す毎日の中で気づけば睡眠に問題を抱えていた。

最後にぐっすり眠れたのはいつだろうか。

最近では予定のない休日でさえよく眠れない。


無機質なオフィス、モニターの光が充血した目を刺激する。

外線の着信音、大声の中年社員、コピー機とシュレッダーの音。


「ーーおい吉岡ぁ、てめえ無視してんのか」

一つ空いたデスクの向こうから上司が睨む


「あ、すみません。気づきませんでした」


「ぼやーっとしてんなよ、仕事始まってんだぞ。」


「すみません。」


「虚な目ぇしてよぉ。夜中までゲームかネットか?

身なりぐらいちゃんとしてこいよ、スーツもヨレヨレじゃねえか」


「すみません。」


「昨日頼んだデータいつ整理終わんのよ」


「午後にはお渡しできます。」


「あぁ?昼前に終わらせてくれよ」


「最優先でやります。」


「ああ、頼むわ。」


そう言い残すと上司は何処かへ消えた。


暗くなった帰り道、昼飯を食いそびれた空腹で、1番近くの立ち食いそばにフラフラと吸い込まれた。有線からは耳慣れない演歌、蕎麦の湯気に意識が朦朧とする。


熱いシャワーを浴びるとようやく仕事が終わったように感じる。


シャワーカーテンを開けて体を拭く。髪も半乾きのままベッドに倒れ込む。

少しでも長く眠りたいがそれもままならない。

疲れた体に反して意識は冴えている。


キッチンのシンクで睡眠薬を飲む。

悪循環だと感じていたが、眠れないことが怖かった。

一睡もせずに働けるような状態ではなかった。


再びベッドに横たわる。

重力が増したように意識と身体が下へ下へ吸い込まれてった。



排水口に漂白剤を流し込んでいたのは父だった。

「ダメだ、臭いな」

こっちに気付く

「ダメだ、掃除中だ」

そういうと父は再び排水口に漂白剤を流し込む


散歩帰りの犬のような生臭さが漂っていた。


いつものベッドの上、目が覚める。

まだ真夜中だろう。

無意味な夢に限って記憶に残る。

起きあがろうとベッドから離れると足に力が入らない。

そのまま倒れ込む。

両腕でつっぱるが、床に頭が押し付けられるようで立ち上がれない。


「ぅ、ぐぁ、、ぁ」


声にならないうめき声をあげると、いつものベッドの上で目が覚める。


頭が混乱してそのまま動けずにいた。


天井を見つめながら少し寒気がした。

今度はそのまま立ち上がれた。

部屋を出る。

まだ真夜中だが妙に明るく感じた。

蛇口を捻り水を出す。

少し口を濡らすと、排水口から犬のような生臭さがした。



汗と動悸に上半身を起こす。

呼吸が浅い、体温が上がる。


時計を見る。まだアラームが鳴るまでは1時間弱あった。

布団をはだけて再び横になる。天井を見つめながら汗が身体を冷やした。


何回か、夢が繰り返したようだった。

気味の悪い体験だと感じた。

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