第5話

 ちょうど一希がそちらを向いたとき、カタッと音を立てて襖が開く。


「おかえり」

「ただいま戻りました」

「ただいまー」


 襖の向こうには伊織と遊太が立っていた。


「勝手に動かないでって言ったのに」

「す、すみません。ちょっとトラブルに巻き込まれちゃって」


 伊織の言葉に一希は困ったように笑った。

 一希も好きでトラブルに巻き込まれたわけではない。


「だめだよー、お兄さん。センパイを困らせたら」

「俺の制止を聞かなかったやつがなにを言う」

「ごめんなさーい」


 伊織がじとっと遊太を見たが、遊太は気にする様子なく気の抜けた謝罪をした。


「伊織、この子も自警団に入ることになった。仲良くするのだぞ」

「えっ」

「そーなの?」


 黄怜の言葉に、伊織と遊太が驚いたのか目を点にした。


「二人はおぬしの先輩となる。とくに伊織はおぬしの所属する三番隊の隊長だから遠慮なく頼るとよい」


 黄怜が一希に向かってそう言った。


「わぁ、うちの隊に新人が増えましたか……」

「僕が先輩って、めんどくさいからお兄さんが先輩ってことでいいよ?」

「いや、おぬしが先輩だ。先輩らしくせい」

「えー……めんどくさ」


 黄怜に言われ、遊太が不満そうにぼそりと言葉を漏らす。


「あ、なんかその、成り行きで自警団に入ることになりました。よろしくお願いします。えっと、伊織先輩、遊太先輩?」


 初めに出会ったときに名乗ってはいたが、同じ隊に所属することになったからと思い、もう一度挨拶をする。

 彼らは一希の先輩になるのだから、先輩と呼んだ方がいいだろうかと思ってそう呼んだ。


「わー、いやだー、その呼び方。遊太でいいよ」

「俺も伊織でいい。伊織くんとか伊織さんとか、そんな感じで」

「あっ、はい、わかりました」


 どうも二人は先輩呼びは気に入らなかったようで訂正を求められた。


「伊織さんと遊太、でいいですか?」

「うん」

「それでよし、だ」


 一希が呼び直すと二人は満足そうに頷いた。


「ふむ、仲良くできそうでなによりだ。ところで残りの三番隊の子はどうした?」

「さらちゃんは休みで、登慈とうじちゃんは北区で店のヘルプを頼まれてそっちに行っています」


 黄怜が伊織に問いかける。伊織が詰まることなく答えると黄怜は頷いた。


「そうか、では伊織は一希を宿舎に案内してやってくれ」

「はい、わかりました」

「遊太は引き続き見回りを頼む」

「りょーかいです」


 黄怜の指示で遊太はまた外に出て行った。


「では儂は仕事に戻るからの。今日はゆっくりと休むとよい」

「あ、はい!」


 黄怜はそう言うと部屋を出た。建物の外には向かわなかったので室内で仕事をしているのだろう。


「じゃあ、宿舎に案内するからついてきて」

「はい、お願いします」


 今日は色々あったので疲れており、やっと休める、と一希は息を吐いた。

 伊織の案内で着いた宿舎は自警団本部の隣に建っている建物で、見た目は西洋風の造りをしていた。

 中に入ると玄関ホールの中心に立派なシャンデリアが吊るされているのが目に入った。

 右手には誰もいない受付のような場所があり、左手にはテーブルや椅子が設置されてあって、いろんな人が憩いの場所として利用しているようだった。

 伊織のあとを追ってシャンデリアの下を通り、エレベーターに乗る。


「うわっ、すごい。扉が網みたいになってる」

「昔のエレベーターだよ。古臭いけど、今まで止まったり落ちたことはないから安心して」


 エレベーターは蛇腹式扉になっており、伊織がハンドルを回して扉を閉めた。

 扉が完全に閉まると伊織は三階のボタンを押した。ボタンは全部で五つあって、最上階は五階のようだ。

 ゆっくりとエレベーターが上に上がる。


「エレベーターの横に受付があったでしょ? ここは昔ホテルとして使われてたらしいよ」

「そうなんですか」


 二人きりのエレベーターで伊織が話題をふる。


「入って左にあるスペースはカフェテリアになっていて、住人とか俺たちが気石を見つけるのを待ってる人たちが利用してるんだ」

「へぇ、ということは今も気石が見つかるのを待っている人がいるんですか?」

「今は二人いるよ。最初は困惑してたけど、今は慣れて一人は一階のカフェテリア、もう一人は西区の玩具屋おもちゃやでアルバイトをして暮らしてるんだ」

「適応力がすごいですね……」

「俺が今まで会った中では遊太ちゃんと塔坂ちゃんの方が適応力が高いと思うけどね」

「えっ、そうなんですか」


 伊織の言葉に驚く一希だったが、自分のことはわからないものの、たしかに遊太は適応力が高そうだと思い直し納得した。

 そうしてるうちにチン、とエレベーターが三階に着いたことを知らせる。


「じゃあ、塔坂ちゃんはこの部屋を使って。鍵はこれね。この階に住んでるのは三番隊の人間だけだから他の部屋はほとんど空室だけど」


 エレベーターを降り、通路を歩いて部屋に案内される。伊織から鍵を受け取った。


「三番隊と言えば……伊織さんと遊太以外にも隊員がいるんですよね?」

「うん、いるよ。さらって女の子と登慈って言う大柄の男がね。きみも含めると五人だね。まぁ、二人とは明日挨拶するといい。今日はゆっくり休んで」

「はい、おやすみなさい」

「あっ、待って。まだ話があるんだった!」


 伊織に挨拶して部屋に入ろうとするとエレベーターに向かおうとしていた伊織が大声を上げて引き返した。


「これ、少ないけど使って」

「これは……」


 伊織に手渡されたのは見たことのない絵が描かれた、一希の世界の物よりも一回りほど小さい紙幣だった。


「この世界のお金だよ。俺たちの世界のお金はここでは使えないから。これで夕食食べたり銭湯に行ったりしてね。一応このホテルにも風呂はあるんだけど壊れててお湯が出ないからさ。銭湯は宿舎と同じ通りにあるから迷わないはず」

「あ、俺、普通にそのまま寝ようとしてた……」


 伊織の言葉にハッと気づく。疲れていたので一希はなにも食べずに休もうと考えていた。


「お腹が空いて寝付けないといけないからね。一応そのお金は白夜びゃくや以外の街でも使えるけど、できるだけ街からは出ない方がいい」

「白夜?」


 伊織から聞いたことのない単語が聞こえてきて、一希は首を傾げた。


「あれ? そっか、説明してなかったっけ。白夜っていうのはこの街の名前だよ。ここ以外にもいくつか街があるんだ」

「ああ、そうなんですね。覚えられるかな」


 一希はいくつもあるという街の名前を覚えられるか心配になった。


「まぁ、慣れれば大丈夫。それにさくっと気石が見つかってすぐに帰れるかもしれないしね」

「それもそうですね」


 会話が終わると今度こそ伊織と別れて部屋に入る。

 中は清潔感があり、ベッドに机や椅子も設置されていた。

 大きな窓もあって晴れた日は太陽の光がたっぷりと差し込みそうだが、伊織が言うにはこの世界の空は常に薄暗いそうなのでその景色は拝むことは出来なさそうだ。

 夕食にお風呂、寝る前にやりたいことはあるが、一度ベッドに腰掛ける。

 この世界に来てから一人きりの状態で気を休めるのは初めてで安心するとどっと疲れが襲いかかった。

 一希は体が重く感じベッドに横になる。今にも瞼が閉じてしまいそうだ。


「ごはん……」


 急に襲いくる疲労のせいで、一希はそのまま意識を手放した。 

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