第4話
「おぬし、伊織たちと同じ人間だな?」
「あ、はい。ミケって人に道を教えてもらって、自警団の本部に向かってたんです」
「ふむ、そうか。あいにくだが、うちはこんな暗がりの中にはありはせんよ」
「うち?」
「儂が自警団の団長、というものをさせてもらっておる」
一希の危機を救ってくれたのは自警団の団長だったらしい。
「すまんの。本来なら儂ら自警団の者が保護に向かうべきだというのに」
「いや、途中まで伊織さんと遊太くんって人たちが一緒にいたんですけど、はぐれてしまって」
「ほう。それは災難だったな。ん? おぬしは……」
男性は急に黙り込むとその整った顔を一希に近づけてまじまじと観察するように見つめた。
「あ、あの、どうしました?」
突然男性が近づいてきて一希は思わず後ずさりながら問いかける。
「ふむ、そうか、そうか。よし、儂についてくるといい。本部まで連れていってやろうぞ」
「あ、ありがとうございます」
男性は満足そうな顔をすると一希からすっと顔を離して歩き出した。一希は男性のあとを追う。
ちらりと横を見ると悪鬼たちは男性と話している完全に塵のようになって消えてしまったようだ。
人気のない住宅街を抜け、街中に戻る。
「ここが自警団の本部だ」
煌びやかな街の一角にそれはあった。木造の古風な雰囲気を漂わせているが、門や柱などの至る所に繊細で美しい細工が施されていて立派な建物だ。
「こっちだ」
スタスタと進んでいく男性に遅れないようにあとに続く。庭を含めるとかなり広い土地が自警団の敷地になっているようだ。
「ここが儂の部屋だ」
そう言って男性は部屋の襖を開く。整理整頓された綺麗な和室のようで畳の香りがした。
「どこにやったかの……」
男性は大きな戸棚を漁り、なにかを探しているようだった。一希は知らない人の部屋だからか居心地が悪そうに襖付近で大人しく待つしかできなかった。
「ああ、あった、これだな」
一希を放置してなにかを探していた男性は振り返り一希に手を出すように言う。
「これをおぬしにやろう」
「なんですか? これは」
男性が一希に手渡したのは琥珀色をした石でできたブレスレットだった。差し出されたので思わず受け取ってしまった一希が男性に問いかける。
「これは儂が昔に作ったものだ。おぬしのその不運を抑えてくれるぞ」
「俺の不運を⁉︎」
「ああ」
まじまじとブレスレットを見つめる。たしかにこの世界では現実ではありえないことばかり起こっているが、なにか不思議なパワーかなにかで十年以上悩まされてきたこの不運な体質を治すことができるのだろうか。
「なんだ、いらんかったかの?」
「あ、いや、欲しいですけど……俺、あんまり金とか持ってなくて」
もし不思議な力かなにかでこの不運な体質が変わるというのなら興味はあった。おそらく元の世界でこのブレスレットを買うとーなどと言われても信じなかっただろうが、悪鬼だの耳の生えた人間だのがいるこの世界で言われると信じたくなってしまう。しかし一希にはあいにくと手持ちがなかった。
「ふむ、なるほどな。お代は結構だ。だが、その代わりにうちで働いてもらおうかの」
男性はすっと目を細めた。微笑む男性の姿は色気を感じさせる。
「……は?」
「悪鬼に襲われた際のおぬしの健闘、見させてもらった。おぬしなら三番隊の一席に腰を下ろすことも可能だろう」
「いや、俺はあいつらを倒すことはできないですし……」
たしかに一希は持ち前の瞬発力を持って悪鬼の攻撃を何度も躱した。しかし遊太のように悪鬼を倒すことは到底できそうにはなかった。
「なにも自警団の仕事は悪鬼退治だけではない。おぬしならできるぞ」
「さっき会ったばかりの人間を買い被りすぎでは……」
「儂はこれでも人を見る目はあるからの。ああ、そうだ、名を聞くのを忘れていたの。儂は
何度一希が断っても男性は聞く耳を持たない。
どうしたものかと考えながら、男性が名乗ったので一希も自身の名を答える。
「俺は一希、塔坂一希です」
「一希か。これからよろしく頼むぞ」
一希が名を名乗っただけで黄怜はそう言った。あいにくと一希は自警団に入ろうとは思っていなかったので否定する。
「いや、俺は自警団に入るとは言ってな」
「ではそれは返してもらおうかの」
「うっ」
一希が断ろうとすると黄怜が手を差し出した。ブレスレットを返せという意味なのだろう。
不運を抑えてくれるというブレスレットに興味はあったので、一希は思案する。
「俺にできることだけでもいいなら」
「もちろんじゃ」
考え抜いた結果、一希がそう答えると黄怜は満足そうににこりと笑う。
一希は彼に手のひらで踊らされている気分になって頭を抱えた。
「ああ、そういえば伊織と遊太たちとはぐれたんだったか。一応伝えておこうかの」
黄怜はそう言うと軽やかに口笛を吹いた。すると窓の外から
「これを伊織たちに届けておくれ」
黄怜は紙になにかを書くと丸めて雀に咥えさせた。黄怜の言葉に頷くように雀は外に飛び立っていく。
「伝書鳩、の雀バージョン?」
「まぁ、そんな感じだ」
一希の口から漏れた言葉にそう答えた黄怜はじっと一希を見た。
「えっ、なんですか?」
「つけんのか?」
「あっ」
黄怜がブレスレットをとんとん、と叩いた。
一希は早速ブレスレットを左手に通す。琥珀色のそれは不運を抑える、などと言われなくても気にいるほど綺麗な物だと一希は思った。
「これで街を一歩出ただけで悪鬼に襲われることは減るはずだ」
「ありがとうございます!」
実際に効果があるかどうかは、すぐにはわからないがありそうな気がする。そう一希は思った。神秘的なブレスレットに一希は目を輝かせた。
「気に入ったのならなによりだ」
一希のその姿を見て黄怜は満足気に微笑んだ。
「さて、自警団に入ってもらうからには制服を用意しなくてはの」
「伊織さんが着てた服ですか?」
「そうだ。どれ、今のうちに採寸しておくかの」
黄怜が声をかけるとすぐにねずみのような頭をした人が駆けつけ、一希は別室に移動してその人物に服の採寸をしてもらった。
採寸が終わり、少し崩れた身だしなみを直していると部屋の戸が叩かれる。採寸をしてくれた人物と入れ替えに黄怜が部屋に入ってきた。
「すぐに新しい制服を用意するからの。楽しみに待っておれ」
新しい制服と言うからには誰かの使っていたものの使い回しではないのだろうか、と考えていると黄怜が口を開く。
「そろそろ伊織たちも知らせをみて帰ってくるころだろう。広間まで迎えに行こうではないか」
「あ、はい。わかりました」
移動を開始した黄怜のあとを追って一希も部屋を出た。長い廊下を歩いて正面玄関の近くにある広間の中に入る。
「適当なところに座って待っておるといい」
「はい」
黄怜の許可も得たため、宴会にも使えそうな広い畳張りの床に、隅に重ねられていた座布団を引いて座る。
こんなにも広いというのに部屋には一希と黄怜の二人しかおらず、一希はなんとなく気まずく感じて広間の入り口に視線を向けた。
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