二日目

第6話


 不思議な夢を見た気がする。

 小さな子供が、の入った丸い石を後ろ手に隠すように持っていた。

 そこに男性が近づいてきて、少年はにこりと笑った――



「おはようございます」


 宿舎に入ると玄関ホールに遊太と伊織を見かけて声をかけた。二人は一希の存在に気がつくとこちらを向いた。


「おはよー」

「おはよう、塔坂ちゃん。昨日はゆっくり寝れた?」

「はい。結構疲れてたらしくて、ぐっすりと」

「お兄さん、どこかに行ってたの?」

「うん。お風呂に入ろうと思って、銭湯に」


 昨日そのまま寝てしまった一希は目が覚めると一階のカフェテリアで食事をとり、銭湯に向かった。今はちょうど帰ってきたところだった。

 目が覚めて昨日と変わらない薄暗い空を見たときは時間の感覚がおかしくなるかと思ったものだ。


「そっか、俺たちは本部に行くけど塔坂ちゃんも一緒に行く?」

「あっ、はい!」


 元々荷物を持っていない一希は部屋に戻らず、伊織たちのあとについて自警団本部に向かうと、本部の入り口に女性が立っていた。

 長い髪を後ろで束ねた綺麗な女性は一希たちに気がつくとにこりと笑った。


「おはようございます!」


 ぺこりとお辞儀した女性の髪が揺れる。


「あなたが新人さんですね! 私は御子柴みこしばさらと申します。よろしくお願い致します」

「あっ、塔坂一希です。こちらこそよろしくお願いします」


 さらに握手を求められて手を取った。


「あなたのことは今朝、黄怜殿からお聞きしました。一希殿の稽古を頼まれておりますので、頑張らせていただきますね!」

「えっ、稽古?」

「はい!」


 なんのことかと戸惑う一希とは反対に、さらは元気よく頷いた。


「お兄さん、よかったねー。さらさんは剣術とか得意だから稽古をつけてもらうと自己防衛くらいはできるようになるんじゃない?」

「えぇ、俺にできるかな……」

「一希殿のお役に立てるように稽古をつけさせていただきますのでご安心ください!」


 さらはそう言って胸を張る。


「さらちゃん結構スパルタだから頑張って」

「えっ」


 伊織は一希の肩をぽんぽんと叩くと、動揺する一希を置いて建物の中に入っていった。


「では、我々は道場で稽古するといたしましょう!」

「今からですか?」

「もちろんです!」


 一希の問いにさらは笑顔で答える。


「お兄さんの稽古を見学したい気持ちはあるけど、僕も仕事あるから、ばいばーい」


 そう言って遊太も中に入ってしまった。


「では行きましょう!」


 道場は自警団本部の敷地内にあるようで、さらの案内で建物の中には入らずに庭を通って古めかしい木造の建物に入った。


「右手にあるのが男子更衣室です。練習着が置いてあると思いますので、そちらに着替えてください」

「わかりました」


 さらに言われた通りに更衣室に入り、置かれていた服に着替える。私服よりも素材が伸びて動きやすい。


「着替えましたけど……」

「はい、では稽古を始めましょう!」


 入り口で待っていたさらに声をかけると、さらは扉を開いた。


「うわ、ひろい」

「ここは自警団の方が稽古する場所ですからね。体育館ほどの広さがあります」

「へぇ、そうなんですね……って、なにあれ?」

「え? ああ、登慈殿ですよ。おはようございます」


 興味深そうに周囲を見ていた一希だったが、奥になにかを見つけて動きを止めた。

 よくよく見るとそれは人で、なぜか逆立ちをしていた。一希の混乱をよそに、さらは平然とその人物に声をかける。


「……ああ、おはよう」


 さらと一希の視線に気づいた男性は軽やかに体を動かして立ち上がった。


「ご紹介致します! この方は登慈殿です。そしてこちらは一希殿です!」

「ああ、話は聞いている。俺は清水しみず登慈とうじ。よろしく頼む」

「あっ、はい。塔坂一希です。よろしくお願いします」


 登慈に手を差し出されて、一希は登慈と握手を交わす。

 なぜ逆立ちをしているのだろう、と一希は思ったが、聞いていいものかと悩んだ。それに気づいたのかさらが言う。


「登慈殿は考えごとをする際に、ああして逆立ちをされるのです。なんでも頭がすーっとして思考がクリアになるとか」

「そうなんですか」


 一希は変わってるな、と思ったが人それぞれだろうと考え直す。


「二人は稽古をするのか?」

「はい!」


 登慈の問いにさらは元気に答える。一希はさらがスパルタだと言う伊織の言葉を思い出して気が重くなった。


「俺に手伝えることがあれば言ってくれ」

「そのときは遠慮なくお手伝い願います。さぁ一希殿、やりましょう!」


 さらは瞳を輝かせて一希を見つめた。

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