第34話
「……クソ」
僕は小さく言葉を吐き捨て、刀を握る手に力を込める。
マリーナは裏切った……いや、裏切るも何も元より僕の味方でも、婚約者でもなかった。
人類を滅ぼすとさえ言われている魔王なのだ。
ラインハルト公爵家ならともかく、マリーナの生家であるユスティノス伯爵家程度であれば一族まるごと洗脳することなど実に容易いだろう。
「あぁ……」
「いい加減死んでくれるかしら……?耐え過ぎよ。ほんと、こうして戦うとあなたの対人能力は頭おかしいわね」
「まぁね……僕は自分が生き残る可能性が0.001%でもあれば容易くそこを通り抜ける。そんな性能だからね」
「馬鹿げているわ……ッ。だからこそ、ここで死になさい」
マリーナの猛攻を前にして体勢がわずかに崩れた僕の体に出来たほんの少しの隙を突き刺すように振るわれるマリーナの一刀は、僕の心臓を貫かんと迫りくる。
「……は?」
だが、その一振りは空を切る。
「君がね」
そして、その代わりに僕の刀がマリーナの心臓を背後から貫いた。
「ぐふっ……」
僕はマリーナから刀を引き抜き、心臓を貫かれたマリーナは口から血を吐いて崩れ落ちる。
「な、なんで……転移能力は……ッ」
「……自分でも嫌になるほどの警戒心が、さ。上手く行っちゃったよ……僕が短剣へと毎回転移していたのはただの誘導。僕が転移魔法陣を何かに刻印するのにかかる時間は一秒にも満たない。僕は、さ。地面にも簡単に転移魔法陣を描いてそこへと飛べるんだよ」
「……なに、それ……ッ」
愛していたはずのマリーナすら見せていない僕の初見殺しの手札の一枚。
僕の保険はしっかりと機能し、マリーナの不意をついて彼女の心臓を容易く貫いてみせた。
「……ころ、さないの……?」
地面へと崩れ落ちたマリーナ。
そんな彼女の下にはいつの間にか深い闇が広がっており、そこへとゆっくりと体が飲み込まれていっていた。
「……」
僕は闇へと沈んでいくマリーナを見つめる。
何が起きているのかはわからないが……恐らく逃亡のための一手だろう。既に彼女からは殺意を感じていない。
「さっさと逃げろし。ただのガキが一人で魔王を倒せるかよ」
僕は表情を歪め、吐き捨てる。
マリーナの血がついた刀を振って血を払い、鞘へと納刀する。
「……二度と顔を見せるな」
僕はマリーナへと背を向け、地下室の扉へと向かっていく。
「……アーク、様」
「……は?」
かつてのように名前を呼ばれ……思わず振り返る。
既にマリーナの体の大半が闇に飲まれており、もう顔しか出ていない。
「あ────」
僕の名を呼び、何かを告げようとしていた彼女はその言葉を僕へと告げることなくその場から消えていった。
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