第29話

 三才の頃、初めて人を殺すことになった場所で。

 ジメジメとした湿気に支配される不快の一言以外出てこないような地下室で。


「何をしているのですか?父上」

 

 混沌竜を倒した後、急いで領地の方へと帰ってきた僕は醜悪な実験を続ける己の父上へと声をかけた。


「……ッ!?アーク!?何故ここにッ!?」

 

 気配を消し、一切の音を立てずにここへと忍び込んだ僕の存在に話しかけることでようやく初めて気付いた父上は僕の方を見て驚愕に目を見張る。

 父上の背後には長女だった『もの』が置かれている。


「お、お、お、お前には混沌竜の討伐を命じたはずだッ!!!なんでこんなところにッ!?」


「ふふふ。ちゃんと討伐しましたよ?」


「なぁ!?」

 

 その言葉を聞いた父上は愕然とした表情でありえないと言わんばかりに声を漏らす。


「僕がここの存在に気づき始めていると感じたあなたは僕に無理難題を押し付けることで領地から引き離し、時間を稼ぐこと僕への対策とした……でも、僕は三才の頃にこの場所を知り、今日この日のために暗躍していたんです。時間稼ぎなんて消極的な策は僕を相手に遅すぎましたね」

 

 天井からぶら下げられた。

 壁に打ち付けられた。

 床へと打ち捨てられた。

 数々の実験によって作れられた元人間の残骸より流れ出る血が作る水溜りの中を歩き、呆然としている父上の元へと近づいていく。


「ここであなたは終わりです。不老不死と一族の悲願の達成は……僕という天才の誕生を前にして終わりを迎えるんです」

 

 非人道的な実験の数々。

 ラインハルト公爵家が数世代にも渡って続けられていた不老不死を体現するための死霊魔法の研究。

 

「さぁ、大人しく捕まりましょう?」

 

 僕は父上の前に立つ。


「お、お、お、お前にも、わかるはずだッ!!!ラインハルト家のものであればッ!!!ここを見れば!死へのッ!恐怖と甘美ッ!!!不老不死という頂きの魅力がァッ!!!」

 

 僕を前にして、父上は僕を見ることなく不老不死への渇望を綴る。


「あぁァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?此度!?よう……やくッ完遂するッ!我が一族の悲願がァ!あの日!?父に連れてこれ!?この日を夢見て進んできた日々が完遂されるぅゥLuッ!?」

 

 ここにいるのは不老不死という魅力に囚われ、抜け出せなくなった哀れな男。

 人生のすべてをこの研究に費やしてきた執念の悪魔が叫ぶ。


「お前にもッ!わかるだろうッ!!!!!」

 

 決して齢一桁の子供に同意を向けるべきでない行為をしながら、父上は一切の疑いもなく僕の同意の言葉を信じる。


「わからないね……こんな多くの人を殺す研究の成果などこれっぽちも」

 

 僕は父上の体を優しく押す。


「……は?」

 

 僕に押され、数歩下がった父上は信じられないと言わんばかりの視線を向けてくる。


「もう一度言います。ここであんたは終わりだ」

 

 僕は腰に下げた刀を鞘からゆっくりと引き抜いた。

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