13 癒やしの力も使えない期待外れの落ちこぼれなんです!


「えっ、あの……っ!?」


 戸惑うレニシャをよそに、村長が言い募る。


「氷狐にやられた者達の怪我がかなり深いのです! ですが、氷狐がいるため、馬車を出して神殿に連れてゆくこともできず……っ!」


 村長が気遣わしげな様子で家の奥の扉を振り返る。


「怪我人をわたしの家でまとめて面倒を見ておりますが、日に日に具合が悪くなるばかりで……っ! 怪我のせいで高熱を出している者も多く、日に日に具合が悪くなっているのです! このままでは……っ!」


 村長の手が恐怖をこらえるように強く握りしめられる。


「伯爵様だけでなく、『聖婚』の聖女様まで来てくださるなんて、光神ルキレウス様のお導きに違いありませんっ! どうか、癒やしの奇跡をお恵みくださいっ! 怪我をしている者の中には、わたしの息子もいるのですっ!」


 深く深く、いまにも床に平伏しそうな勢いで村長が頭を下げる。


「どうか、聖女様のお慈悲を……っ! 癒やしの奇跡をお恵みください……っ!」


「ま、待ってください……っ!」


 村長の言葉に、レニシャはうろたえてかぶりを振る。


 怪我を負ったうえに熱まで出しているなんて、かなり具合が悪いに違いない。助けられるものなら、レニシャだって助けたい。


 けれど。


「ほ、本当に申し訳ありません……っ! わ、私……っ、癒やしの奇跡を使えない落ちこぼれなんです……っ!」


 村長に負けないほど深く頭を下げて詫びる。


 希望を踏み潰す罪悪感で胸が痛い。じわりとにじみそうになった涙を固く唇を噛みしめてこらえる。


 レニシャには泣いていい資格なんてない。嘆きたいのは村長のほうなのだから。


「そんな……っ!」


「待て」

 愕然がくぜんとした村長の声に、ヴェルフレムの声が続く。


「癒やしの奇跡を使えないだなど……。嘘だろう?」


 硬質な声に、びくりと肩が震える。聖女の力が使えないことを決してヴェルフレムに知られるなとスレイルに厳命されていたというのに、村長の勢いに呑まれて、つい正直に話してしまった。


 だが、いまさら言いつくろうことなどできない。


「う、嘘ではないんです……っ!」


 ぶんぶんぶんっ、と千切れんばかりに首を横に振る。紡ぐ声が嫌でも震えた。


「聖女と呼ばれてはいますけれど、私は癒やしの力も使えない期待外れの落ちこぼれなんですっ! 本当に申し訳ありませんっ! 私に力があれば、いくらでも癒やすのですけれど……っ!」


 もう一度、深く頭を下げて詫びる。


 聖都でずっと投げつけられてきた言葉が頭の中によみがえる。


 癒やしの力も使えぬ役立たず。

 『聖別の水晶』の間違いだったのではないか。

 魔霊に嫁がせるくらいしか役に立たない期待外れの落ちこぼれ……。


 どれほど願ったことだろう。どうか癒やしの力を使える立派な聖女になれますように、と。


 けれど、何度光神ルキレウスに祈りを捧げても、聖女の力は発現せず……。

 ここ三年ほどは、試すことすら諦めた。


「申し訳ありません……っ!」


 震え、潤んだ声で詫びる。


 村長もヴェルフレムも、どれほど呆れ果てていることだろう。二人の反応をこの目で見るのが恐ろしくて、顔を上げられない。


 深く頭を下げ続けるレニシャに降ってきたのは、ヴェルフレムの確固とした声だった。


「いや、お前は癒やしの力を使えるはずだ」


「な……っ!? ですから、使えませんと……っ! 私だって使えるものなら使いたいですっ! 何を根拠にそうおっしゃるのですか!?」


 かたくな声の響きに、思わずヴェルフレムをにらみ上げる。


 じっとレニシャを見下ろす紅の瞳の威圧感に気圧けおされそうになるが、唇を噛みしめてこらえる。


「根拠も何も……。お前はその身に光神ルキレウスの力を宿しているだろう? 魔霊である俺が、見間違うとでも?」


「え……?」

 ヴェルフレムの言葉に驚きの声を洩らす。


「『聖別の水晶』がなくてもわかるのですか……?」


 巡礼神官が持ち歩く数少ない『聖別の水晶』でなければ、力の有無はわからないと思っていたのだが。


 レニシャの問いに、ヴェルフレムがつまらなさそうに鼻を鳴らす。


「『聖別の水晶』などに頼らずとも、魔霊ならば力の有無くらい見ただけでわかる。お前はいままでラルスレード領に来た歴代の聖女以上の力を宿しているぞ? ただ……。かなり力が不安定なようだな。ふつう、まくのように一定の厚さで身を覆っているはずの力が、お前の場合、力が強すぎるせいか、嵐の海のように、常に波打っている。お前が癒やしの力を使えぬと言っているのは、そのせいかもしれん」


「で、では、私も癒やしの力を使えるかもしれないということですかっ!?」


 礼儀も忘れて、思わずヴェルフレムに取りすがる。


「何か方法があるんでしょうか!? ご存じでしたらお教えください! 癒やしの力を使えるようになるのなら、私、何だってやりますっ!」


 このまま、レニシャはヴェルフレムをたばかって、一生、落ちこぼれのまま生きていくのだと思っていた。


 だが、汚名を返上できるかもしれない機会があるのならば、飛びつかぬ理由がどこにあるだろう。


「方法も何も、お前が自分の力を感じ取ることができれば、それを使うことなどたやすくできる。むしろ、なぜいままで使えなかったのか、そちらのほうが不思議だ」


 ぎゅっと服を掴んで見上げるレニシャに、ヴェルフレムが眉を寄せて告げる。が、レニシャはそう言われても何が何だかわからない。


「自分の力を……? そうおっしゃられても、力を感じ取ったことなんて、いままで一度もありません……」


 やっぱり、何かの間違いではなかろうか。


 力なく告げると、ヴェルフレムの眉がさらにきつく寄った。


「こうしてふれていても、俺の魔力を感じられないのか?」


「ヴェルフレム様の魔力、ですか……? あたたかいのはわかりますけれど……? すみません、よくわかりません……」


 先ほど、抱き上げて運ばれている時も、冷たい風が吹いていたにもかかわらず、まったく寒さを感じなかった。


 おずおずと答えると、嘆息が降ってきた。呆れられてしまっただろうかとびくりと肩が震える。


 と、静かな声で問われた。


「……お前は、本気で怪我をした者を助けたいと願うのか? そのための覚悟があると?」


「は、はいっ! もちろんです!」


 射貫くような視線にひるみそうになる心をおしてきっぱりと頷き、金の瞳を見つめ返す。


「では――。次は逃げるなよ」


 低い声と同時に、大きな手に顎を掴まれる。


 ぐい、と上を向かされると同時に、燃えるように熱い唇に口をふさがれた。

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