第二十話 されど状況は進展せず

 戦線を押し上げてから数日。新装備の作成についてディクシズじいさんから了承を得た俺達は、この日も戦地へと赴き、魔王軍の侵攻を食い止めていた。相手は圧倒的物量を誇る魔王軍。倒せど倒せど増援が重なるばかりで、一向に前に進むことが出来ない。とりあえず町の安全は確保しつつ、押し上げた先の前線に簡易的な砦を築き、そこで夜を徹しての攻防を繰り返している。俺の神代魔法に、七天の二人を加えてなお、西の大陸から魔王軍を一掃出来ないのだ。中央大陸と東の大陸。それぞれに散っている残りの七天も同じような状況にあるのだろう。北の大陸にまで攻め入ったと言う話は、これっぽっちも流れては来なかった。


 いっそ七天を一箇所に集めて、集中的に攻めるという考えもないではないが、そうすると他の大陸の守りがおろそかになる危険がある。今更俺が勇者様との共闘するというのも気が引けるし、例え向こうから声がかかったとしても、俺は断るかも知れない。


 俺の身体的なかせいて戦えば、今よりは討伐数も稼げるだろうが、それはあくまで最終手段。こんな場面で見せて、魔王軍に情報を渡してしまうのはリスクが高い。俺だって消耗はする訳だし、それこそ数で押されれば押し負けるのは言うまでもないだろう。実際、既に情報が伝わったのであろう七天の二人の周りには常に魔物が密集するようになったし、ここ数日で確実に疲れを見せるようになった。少しでも二人の負担を減らそうと俺も魔法を連発しているが、やはり物量とは恐ろしいものだ。仲間の死体を乗り越えて進軍してくる魔王軍の様子に、戦意をそがれている冒険者も出ているほど。今戦線を維持出来ているのは、ひとえに補給路を支えてくれている者達の功績によるものである。


 そんなこんなで、この日も夕暮れ時には最前線のメンツを交代し、俺達は休息のために拠点の町へと戻った。うちのパーティーの面々もそうだが、七天の二人も相当参っている様子である。こんなことをあと何日続ければ、活路が開けるのか。先の見えない戦いほど、精神的にきついものはない。出来ればそろそろ反撃のチャンスが訪れて欲しいものだ。


 町の広場で七天の二人と別れ、宿屋へと到着。食事をしたい気分かと問われれば首を横に振りたいところではあるものの、ここで食事を抜いては翌日の戦闘に支障が出かねない。体力を維持するために、無理やりにでも腹に何かを入れなければ。そういう訳で四人で食堂のテーブルに着き、メニューを注文。とりあえず体力のつきそうなものを中心に、片っ端から腹に詰めて行く。普段は食の細いラキュルですらそれなりの量を食べていたので、薄々気付いているのだろう。


 食事を済ませた俺達は、風呂もそこそこにベッドに潜り込み、ぐっすりと眠った。その間に失われる命があることも承知しているが、俺達が倒れてしまえば被害は更に増えるのだ。朝起きて、食事をし、戦場で暴れて、帰ったらまた食事をし、風呂に入って寝る。この繰り返し。いつまで続くかわからない戦いの中、魔王軍を滅ぼすのが先か、俺達の精神が擦り切れるのが先か。どちらにせよ、途中で止まることは許されない。この状況を女神アルヴェリュートはどう見ているのか。俺にそれを測ることは叶わないが、出来ることなら後一手でいい。何かきっかけが欲しいところだ。


 俺に語りかけてくれない女神にもどかしさを憶えつつ、俺は次の朝を迎える。もうしばらくしたら女性陣も起きてくることだろうし、そうなったらまた食事をして戦場だ。若干憂鬱になりつつも、顔を洗うことでそれを洗い流す。冷たい水が頬を伝いあごから滴る感触を確かめつつ、俺は気合を入れ直した。


「よし。今日も張り切って行くか」


 当たり前のことでも、あえて言葉に出すことで得られるものがあると、かつて師匠が言っていたのを思い出す。今更ながらにそれを実感するのだから、師の教えと言うものは無碍に出来ない。当時の師匠は、今の俺よりも少し年上くらいの年齢だったが、非常に博識で、俺の質問には何でも答えてくれた。俺が女神の神託を受けたと伝えた時も、唯一信じてくれたのが師匠だ。今にして思うと、否定しなかっただけで、本当に信じてくれていたのかはわからない。今になって俺自身が不安に思っているのだから、それも当然だろう。


 それでも俺はあの時確かに何かを得て、そして目標を持ったのだ。子どもだからこそのしょうもないものだったのかも知れないが、それのおかげで今の俺がある。数多くの魔法を覚えて、身体も鍛えて。だからこそ、俺は今こうして生き残っている。運がよかっただけと言われれば、そうなのかも知れない。それでも生きているからこそ、やらねばならないことがある。世界最強の魔法使いと呼ばれるまでに至ったのだから、相応の貢献をしてからでなければ、死ぬことは許されないはず。仮に魔王が俺よりも遥かに強かったとしても、挑まないでいい理由にはならない。人類の代表などと驕るつもりはないものの、それなりの功績は残してやろうではないか。


 俺が部屋に戻って着替えようとしたタイミングで、女性陣がそろって部屋を出てきた。幾分疲れが残っているようにも見えるが、体調不良などはなさそうである。俺が拳を前に差し出すと、三人もそれに倣って、拳を差し出した。俺達はそのまま拳を合わせ、ニコリと笑い合った。


 ディクシズじいさんから新装備が完成したと連絡を受けたのは、その更に数日後。思っていたよりもずっと早い連絡に最初は驚いたものだが、出来たと言うのならば受け取る必要がある。俺達は揃ってディクシズじいさんのいる工房におもむき、完成した装備品を確認させてもらう。


 スフレが注文していたのは新しいローブ。勇者パーティーにいた頃から愛用していたローブはもうだいぶくたびれて来ていたし、気分を一新する意味もあったのだろう。完成したローブは、所々がミスリル板に覆われた特注品。防御力が格段に上がったのはもちろんだが、じいさん曰く、空気中の魔素を取り込み魔力を回復する効果もあるとのこと。回復や補助魔法を多用するスフレにはもってこいの性能と言える。


 ノルが注文していたのは弓。こういうのは使い慣れたものの方がいいように思うが、当人はもっと威力の高い弓が欲しいと言う。出来上がって来たのはミスリルを主体とした合金製の弓だ。威力を求めれば弓を引くのにより力は必要になるが、しなやかな合金は連続のしゃにも充分に耐えられるらしい。ミスリルを多く使用しているので魔力との親和性も高く、弓自体に魔法を仕込むことも可能と言うのだから、最早魔弓まきゅうの領域である。魔法に関してはノルの要望でサンライズレインフォースを既に仕込み済み。魔剣グラナディアと同様、一日に三発は撃てるという。回数制限付きとは言え、本来魔法が使えないノルが神代魔法を使えるようになるのは戦力としても大きい。弓の癖に慣れるまでは苦労するだろうが、これからも大いに活躍してくれるだろう。


 ラキュルが注文していたのは投擲用の追加の短剣。だいぶ投擲に慣れてきたラキュルは、投擲専用の短剣が欲しいとのこと。形状はディクシズじいさんに任せると言っていたのだが、出来上がって来たのは思いもしない代物だった。同型の細身の短剣が三本。これだけならば普通なのだが、そのつかの先には鋼で出来ているとおぼしき糸がそれぞれ付いている。じいさんが言うには、特別な製法で作られた鋼の糸――鋼糸こうしは細いながらも非常に頑丈で、今まで使っていた細い縄よりもよっぽど使いが手がよく、ちょっとやそっとでは切れないらしい。上手く使いこなせれば投げた後に鋼糸を操ることで軌道の変更も可能だとか。もちろんそれを行うには相応の技術がいる訳だが、ラキュルの物憶えのよさと器用さを見込んでの設計となっているとのこと。ラキュルはむしろ張り切ってそれを受け取っていた。


 そして俺が注文していたのは防具。封印術を使用した上での素手での戦闘を見越し、ガントレットを含んだ上半身防御力の向上を計った。出来上がってきたのは指の部分にまで金属に覆われたガントレットと、上半身の動きを阻害しない程度に装甲で固められた鎧。両手の稼動に違和感はなく、剣を持った時の安定感もあるガントレットに、細かいミスリル板を組み合わせて稼動域を保持したまま防御力を限界まで高めた鎧は、流石は西の名工と歌われたディクシズじいさんの作品である。じいさんには封印術のことは話していないのに、よくぞここまで俺の要望を形にしてくれたものだと、改めて感心した。


 この日は新装備の使用感を確かめるため、最前線は七天の二人に任せ、俺達は比較的浅い場所に陣取り、戦闘をおこなう。慣れない装備で前線の深いところにまで突っ込んで全滅したとあっては、じいさんに顔向け出来ないからだ。


 しかしながら、新装備はどれも出来がよく、一日を終える頃にはすっかり身に馴染んでくれた。この調子ならば明後日には最前線に復帰できるだろう。七天の二人にはその間負担をかけてしまうが、それで音を上げるような二人でないことは、ここ数日でたっぷりと教え込まれた。彼等は正真正銘、冒険者の頂点に君臨する七人に名を連ねる人物だ。きっとこの先も、人類勝利のための道を切り開いてくれることだろう。この時は、誰もがそう信じて疑わなかった。

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