第九話 装備品に糸目はつけない

 数日がかりで納品したポーション類がようやく町の全土にいきわたり、ポーション納品の依頼がすっかりなくなった頃。冒険者のランクアップに必要な各種の依頼達成数をこなした俺とラキュルは、昇格試験を受けるにあたり、武器を買い武器屋を訪れていた。FランクからEランクへの昇格試験は、ワイルドシープという魔獣の角の採取である。討伐してから採取するのでもいいし、生かしたまま角だけを刈り取るのでもいい。試験官が同行するので、もちろんズルは許されない訳だが。


 ワイルドシープは魔獣と分類されてはいるが、要は多少サイズが大きいだけの羊だ。性格も温厚な個体が多く、大抵は生きたまま捕らえて毛を刈るだけに留めることが多い。ワイルドシープを捕らえられないのであれば、そもそも冒険者に向いていないという程度の脅威度である。魔物の討伐ともなれば難易度は一気に高くなるのだが、魔物の生息域は専ら北方に広がっている魔王領と呼ばれる地域のみ。時々「はぐれ」と呼ばれる独立した魔物の群れが南方に下りてくることはあるものの、ここロンタールまで辿り着くはぐれなど稀だろう。大抵はその前に別の町の冒険者に討伐されてしまうからだ。


 魔物と魔獣の大きな違いは知性のあるなし。知性を持ち集団で行動する魔物と、本能のままに生きる魔獣。魔物は自らの意思で魔王軍に属している場合が多いが、魔獣にはそういったことが可能なだけの知能はない。もちろん魔獣を飼い慣らして使役する魔物もいるし、魔王軍にはそういった能力に長けた幹部も存在すると聞く。今の俺にはあまり関係のない話ではあるものの、魔獣と言えど相手にするのなら気を抜くつもりは毛頭ない。


「さて、どうするか」


 ずらりと武器が並んだ棚を前に、俺はあごに手を当てる。魔法使いとして戦うことを考えるのならやはり杖を選ぶところなのだが、今の俺のパーティーメンバーはラキュルのみ。彼女の見た目で前衛をつとめられるとも思えないので、ここは俺が前衛をつとめるべきだろうか。


 そんなことを考えながらラキュルのほうに目を向けると、彼女は意外にも短剣が並んでいる棚の前にいた。何本か実際に持ってみて、重さや感触を確かめているようである。


「何だ。短剣に興味があるのか?」


 ラキュルは俺の接近に気付いたようで、短剣を棚に収めてから俺の方に向き直った。


「はい。私の能力は普段使いには向きませんし、多少でも戦う術を身につけなければと思いまして」


 確かに、封印術など普段からホイホイ使うようなものではない。俺の側で使われれば俺は一切の魔法が使えなくなるし、そうなったら例のとんでもない身体能力に任せた戦いをせざるを得なくなる。殴った相手をただ肉片に変えてしまう能力など、出来れば使いたくないものだ。


「そうだな。いざ敵に接近された時に対抗策がないってのも問題だし、護身術くらいは覚えておいて損はないだろう」


 対人格闘の経験ならば師匠に嫌と言うほど叩き込まれたので、それなりに使いこなせる自信がある。先の盗賊襲撃の際は悲惨なことになってしまったが、魔法による縛りがある状態でなら真っ当な格闘術になるはずだ。


「これなんかどうだ?」


 俺は一本の短剣を棚から取り、目の前に掲げる。この形状は東洋に伝わる製法で作られたもので、斬ってよし、突いてよし、投げてよしと言う一品。持ち手の先が輪っか状になっており、紐を通しておけば投げた後の回収も楽に済む。重量もそれほどないので、女性が使うのにも向いていると言っていい。流石は商業都市と言ったところか。いい品揃えをしている。


 手にした短剣を持ち替え、持ち手の方をラキュルに向けると、彼女は静かにそれを手にした。そして、ひっくり返してみたり、持ち方を変えてみたり、刃を明かりにかざして見たりしている。


「不思議な輝きですね」

「東洋の方でよく取れる鉱物で出来てるんだ。見た感じ、かなりいい素材を使ってるな。作った職人の腕もよさそうだ」

「そうなるとお値段が張るのでは?」

「勇者パーティー時代にも冒険者と行動することもあったけどな、武器や防具をケチって死んでいったやつを嫌と言うほど見てきた。いかにパーティーを組んでいても、戦場に出れば最終的に自分の身を守れるのは自分だけだ。備えが万全でも死ぬ時は死ぬが、備えを怠ったやつは確実に死ぬ。憶えておけ」


 そういう意味では、ウェインズは相当のやり手だった。町全体に封印術をかける準備を済ませ、密偵を送り込み、完全武装した力自慢で構成した人員で侵攻をかける。魔力が使えなくなったことで混乱したロンタールは、俺と言うイレギュラーがなければ間違いなく陥落していただろう。


 俺が言った言葉を頭の中で反芻はんすうしているのか。ラキュルは黙って手にした短剣を見つめている。俺はその間に店の奥に向かい、店主に話しかけた。


「なぁ、店主さん。この店に杖以外で魔力を増幅させられる武器はあるかな」

「あるにはあるが……。ちと値は張るぞ?」

「どのくらい?」

「ものにもよるが、その辺に並んでるやつの五倍から十倍ってところだ」


 言われて、正面の棚に並んでいる武器の値段に目を向ける。なかなかに質のいい武器の数々は、Fランク冒険者が身につけるには過ぎた代物ばかり。当然値段もそれなりで、通常の手段では手がとどかなそうな値段だ。その十倍ともなれば、最早夢のまた夢。本来であれば見向きもせずに素通りするところである。


「一応物を見せてもらってもいいかな。その十倍ってやつ」

「冷やかしならごめんだぜ? これでもここいらで手に入る武器の中では最上級の代物だ。べたべた触られて手垢でも付いたら敵わん」

「こっちだってこれから命を預けることになるかも知れない買い物なんだ。物を見ずには決められないよ」


 こればっかりは譲る気は毛頭ない。ラキュルにも言った通り、装備でケチって命を落としたくないからだ。幸いグランポーションの納品額の一部が支払われているので資金は充分。後はどんな武器が出てくるか次第である。


「あんちゃん。見かけに寄らず肝が据わってるな」

「そりゃ~、それなりに修羅場をくぐってきてるからね」

「……いいだろう。ちょっと待ってな」


 店主はそういうと、店の奥の空間へと消えて行った。冷やかしごめんと言うだけあって、店内には並べていないようだ。しばらくして戻ってきた店主の手には大層意匠の凝らした鞘に収まった一振りの剣。離れていてもわかる。これは大当たりだ。


「魔剣グラナディア。西の名工ディクシズが手がけた一品だ」


 ディクシズと言えば、西の大陸随一と言われた鍛冶師である。勇者パーティー時代に実際に会ったこともあるが、当人はただの偏屈じいさん。しかしその腕は確かで、当代の勇者――マサヤ=キサラギの剣を作ったのも、このディクシズじいさんである。


「魔剣と来たか。あのじいさん、聖剣以外も作れるんだな」


 店主から魔剣を受け取った。鞘から抜かなくても、それがいかに洗練された剣であるかがわかる。よくもこんな一品が最前線でないここまで流れてきたものだ。魔法職である俺は今まで気にもかけなかったが、俺が戦士職ならばにでも手に入れたであろう一品である。


「何だ。ディクシズに会ったことでもあるのか?」

「まぁ、ちょっとね。それで? 魔剣ってことは何らかの魔法が込めてあるんだよね? その魔法が何かわかる?」


 頭に魔のつく武器というのは、魔法を込めた武器の総称だ。武器自体が魔力を持っており、詠唱なしで込められた魔法を放つことが出来る。もちろん使用回数には限りがあるし、一度使い切ると、再び魔力が溜まるまで魔法の使用は出来ないのだが。


「ああ、わかる。聞いて驚け? 何と火系統の神代魔法――ドラゴニックバーンストームだ」

「……ああ、あれね?」


 その魔法をどうやって込めたのか心当たりがあったが、俺はそれを口にしなかった。作った時期を考えれば、この魔剣は勇者用に作られた聖剣の弟作に当たるという訳だ。


「何だ、驚かないのか?」

「まぁ、ちょっとね。それより、この剣がこの店で一番上等の武器? 他に似たようなのない?」

「ああ。一応魔槍まそう魔鎚まついと揃えちゃいるが、その魔剣と比べると質は劣る。近隣の町にある他の武器屋を回っても、これ以上の品には出会えないぜ?」


 それはそうだろう。性格はともかく、腕だけは確かなディクシズじいさんが手がけた一品だ。魔法云々を抜いて考えても、武器として一級品なのは間違いない。剣技にはあまり自信はないのだが、神代魔法が込められていると言うのなら、下手な人間の手に渡るよりは安全だろう。神代魔法はそれほどに危険な魔法なのである。


「それじゃあこの魔剣買うからさ、あっちの女の子が持ってる短剣おまけで付けてよ」

「おい、あんちゃん。あれはあれで東洋の名工が作った一品だぜ? そりゃ~この魔剣に比べれば安いもんだがよ。ただって訳にはいかねぇ~」

「見たところ、この店防具も扱ってるよね。防具一式もここで買うからさ。そこを何とか」

「……そこまで言うなら考えないでもないが、あんちゃん余所よそから来た高ランク冒険者かい? 見ない顔だが」

「いや? この町で登録したばっかりのFランク冒険者だよ。これからEランクの昇格試験に出るところだ」


 俺がそう言うと、店主は見る見る間に怪訝そうな顔になった。


「Eランクの昇格試験って……。確かワイルドシープの討伐だろ? そんなもん、この店の装備じゃなくてもどうにかなるぜ? うちはあくまで高ランク冒険者向けの店だからな」

「そこはまぁ、備えあれば何とやらって言うでしょ?」

「言っとくがツケは聞かないぜ? 払うなら一括だ。冒険者はいつおっちぬかわからないからな」

「それはもちろん」


 手持ちの財布をドンとカウンターに乗せてみせる。詰めに詰めた財布の中のプラチナ硬貨は、千万リラはくだらない。これでも持ち出したのはほんの一部。大半はギルドに預けたままにしている。


「プラチナ硬貨だぁ~? 本物……だよな? 初めて見たぜ」

「これだけあれば足りるでしょ?」

「あ、ああ。もちろんだ。なぁ、あんちゃん。もしかしていいとこのお坊ちゃんだったりするのかい?」

「いいや。どこにでもあるような辺鄙な村の出だよ」


 俺とラキュルの防具もしっかりと見繕って、魔剣グラナディアと、先ほどラキュルに渡した短剣とともに一括購入。これだけ揃えておけば、当面は装備には困らないだろう。帰りがけに道具屋でポーションなどの回復薬を買い揃え、持ち物の準備は万端。後は少しでも購入した武器に慣れるべく、数日の鍛錬の日を設け、しっかりとワイルドシープ対策を練っておく。


 そして迎えた昇格試験当日。俺達はいさんで宿屋を後にし、ギルドへと向かうのだった。

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