第八話 ポーション事変

 出来るだけ早く町中にポーションを届けられるようただひたすらに調合を続け、一晩で何とか百本分のハイポーションを生成するに至る。一本ずつ小分けにするためのビンが確保できなかったので、ギルドに確認を取ったところ、非常事態下故、樽での納品を受け付けてくれるとのこと。ラキュルが調合したおよそ五十本分のポーションの入った樽とともに、宿屋の主人に借りた荷車に載せて、俺達はギルドまで向かった。


「流石はディレイドさんです。一晩で百本分のハイポーションを作ってしまうなんて」

「俺の場合はただ調合に慣れてるだけだよ。昔から修行で怪我することが多かったからな」


 地獄のような修行の日々を思い出す。今だからこそ懐かしい思い出だが、当時は本当に師匠に殺されるのではないかと、戦々恐々とする日々を過ごしていたものだ。


「それよりも。ラキュルこそなかなか手際がいいじゃないか。一晩でポーション五十本なら薬師として本職でもやって行けると思うぞ?」

「おたわむれを。私は出来ないことだらけです。一応読み書きは憶えましたが、計算のたぐいはからきしですし」


 そんな話をしながら歩いているうちに、ギルドへと到着する。ラキュルに扉を押さえておいてもらい、俺はポーションの詰まった樽を受付カウンターの傍まで運んだ。


「取り急ぎポーション五十本分と、ハイポーション百本分。納品に来ました」

「昨日の今日で納品とは。すごい手際ですね。それもこの量……」

「これでもまだまだ足りないでしょう? 一休みしたら、また薬草の採取から始めますよ」

「あまり無理をしなくてもいいんですよ? それでディレイドさん達が倒れてしまったら本末転倒なんですし」

「俺ならこのくらい何ともないですよ。ラキュルの方は様子を見てきちんと休ませますから。ご心配には及びません」

「そうですか? くれぐれも気をつけてくださいね?」


 セレーネさんは不安そうにしながらも、納品予定のポーションの精査の準備をしてくれる。こういった薬類の納品には精査が付き物だ。元々は薬の品質が基準値に達しているかを調べるものだが、中には薬といつわって意図的に毒を混入するといった悪質なケースも存在する。そういった、冒険者経由で入って来るまがい物を市場から排除するのもギルドの仕事の一つ。人々の安全を守る大切な作業なのである。


「それでは精査いたしますので、しばらくお待ちください」


 精査にかかるのは三十分ほど。この間は特にすることがないので、食事でも取ることにしようか。


「ラキュル、食事にしよう。昨日の夜から何も食べてないからな」


 コクリと頷いたラキュルを連れて、同じ建物内にある飲食スペースに向かう。大抵は飲んだくれている冒険者のたまり場だが、流石に非常事態下ということもあって、いつものような無法地帯ではないようだ。


「何にする?」

「一番安いもので」


 見たところ一番安いのは豆と野菜のスープである。豆は元々栄養価が高いし、最低限の食事と言う点では優秀だ。しかし、いくらなんでもそれだけでは質素が過ぎると言うもの。俺は適当にパンと肉も頼んで、売り上げにも貢献してやることにした。


 数分後。テーブルに並んだ料理の数々を見て、ラキュルは心配そうな顔をする。


「あの、ディレイドさん。こんなに頼んで食べ切れるのでしょうか」

「二人分なんだからこんなもんだろ」

「私も食べるんですか?」

「もちろんだ。ちゃんと食わないから、そんなにガリガリなんだよ。まずは肉を付けろ。例え生産職だろうと冒険者は身体が資本だからな」


 目の前に並んだ料理と俺の顔を見比べてから、ラキュルは恐る恐るといった感じで肉にフォークを伸ばした。口に入れる前にしげしげと焼いた肉の塊を眺めてから、意を決したように口に放り込む。


「――っ!?」


 瞬間。ラキュルは目を見開き、そして顔をふやかした。よほど美味かったようだ。


 そういう訳で、俺も肉を一口頬張ってみる。宿屋のメシも割りと美味かったが、香ばしく焼かれた肉は独特のスパイスが効いていて大層美味だった。


「こりゃ美味いな」

「はい。美味しいです」


 味付けが濃い目なのは酒のつまみにするのが目的だからだろう。単体で食べるには味が濃過ぎるかも知れないが、それでもパンと組み合わせれば、ちょうどよい塩梅あんばいである。最後に豆と野菜のスープを口に流し込めば、これはもう至福の一時と言えた。


 多めに注文した料理の数々を思いの他あっさりと完食し、二人で満足のため息をつく。これまでは遠慮しがちだったラキュルも満腹になったようで、どことなくご満悦の様子だ。


 と、食後の余韻に浸っていたところで、セレーネさんが慌てて駆けて来た。


「ディレイドさん、お食事中にすいません! ちょっといいですか!?」


 驚き半分、興奮半分と言った様子のセレーネさんが、手にしていた一枚の紙を俺に手渡してくる。見ると、それは俺が納品する予定のハイポーションの精査結果を記した紙のようだ。


「これがどうかしましたか?」

「どうかしましたかって……。ここ、ここを見てください!」


 セレーネさんが指差す先。ポーションの種別を記す欄に書かれていたのはハイポーションではなく、ポーションの最高位であるグランポーションだった。ポーションの種別としては、下から順にポーション、ハイポーション、メガポーション、トライポーション、グランポーションとなっている。中でもグランポーションと言えば、飲めば瀕死の重傷者がたちまち全回復すると言う一級品だ。


「あの、これ間違ってませんか?」

「間違ってません! 精査の結果、これが正しい種別です!」


 俺が調合に使ったのは、確かに師匠から教わったハイポーションのレシピである。何度も作っているのだから今更間違いようがないし、例え調合に失敗したとしても、ハイポーションがグランポーションになるなどあり得ない。まったく訳がわからなかった。


「確かにこの町の付近の森にはグランポーションの素材となる薬草も生えていますが、グランポーションはレシピ自体が希少で、それを知っているのはごく一部の人だけです。それに加え、例えレシピを知っていても調合の成功率は一割未満。ごく少量の配合違いで、何の薬にもならない失敗作が出来上がるだけなのに……」

「俺はこれの調合に失敗したことないですよ? やっぱり何かの間違いじゃ――」

「レシピを提示してください! 調合成功率十割のグランポーションのレシピなんてものが存在するなら、それはもう世界市場がひっくり返りますよ!?」


 どうしてこうなったかはわからないが、レシピを示せと言うのであれば、大人しく示すまでだ。俺は紙にレシピを書き記し、セレーネさんに渡す。


「どうですか?」

「……本当にこの通りに作ったんですね?」


 俺が「はい」と答えると、セレーネさんは何を思ったのか、そのレシピをバラバラに引き千切り、火系統の魔法で消し炭に変えてしまった。


「ディレイドさん。これは間違いなくグランポーションのレシピです。それも世に出回っているものとはまるで違う。精密で完成されたレシピ。これがあれば安価で大量のグランポーションが世界中の市場に流れるでしょう」


 つまり俺が師匠から教わったのはハイポーションのレシピではなくグランポーションのレシピだったと言うことだ。何故師匠がそんな嘘をついたのかは不明だが、効能の高いポーションが安価で世に出回るのなら、悪いことではないのではないだろうか。


「それはいいことなのでは?」

「ダメですね」


 セレーネさんはきっぱりと言い切った。


「グランポーションはこの世界において秘宝クラスの一品。そんなものが安価で出回るようになってしまったら、それよりも効能の低いポーションはどうなると思いますか?」

「……価格が暴落する?」

「そうですね。そんなことになったら、世界経済が破綻します。ディレイドさんが他にどのようなレシピを持っているかは存じませんが、決して口外しないことをおすすめしますよ」


 俺は、自分が思っていたよりもとんでもない技能の持ち主なのかも知れない。セレーネさんの一言は、俺にそれを知らしめるには充分なものだった。


「とりあえずお持ちいただいたグランポーションは、全て当ギルドにて正規価格で買い取らせていただきます。ラキュレイさんが調合したというポーションも問題はありませんでしたので、納品完了です。初仕事お疲れ様でした」


 グランポーション百本分と言うことで、支払いは少し待って欲しいとのこと。市場価格で一本あたり数千万はくだらないのだから、それも無理からぬことだろう。とりあえずラキュルの作ったポーション分の報酬を受け取り、その場は退散することとなった。帰りがけにセレーネさんに正しいハイポーションのレシピを渡されたのは言うまでもない。


「流石はディレイドさんです。グランポーションの調合を難なく成功させた上にあの速度とは」

「素直に喜ぶべきところなのかな。正直あまり実感が湧かないよ」


 ハイポーションのレシピに目を通すと、そこに書かれていたのは俺が知っているものよりも遥かに簡素なものだった。こんな簡単な手順で作れるのなら量産もしやすいし、その分効能が弱いのも納得が行く。


「とりあえず少し休んだら、今度は本物のハイポーションを量産して持って行くか。グランポーションなんてそうホイホイと使える代物じゃないし」

「そうですね。せっかくですので、私も今度はハイポーションに挑戦してみようと思います」


 一度宿屋に戻り数時間の仮眠を取ってから、俺達は再び森に分け入って素材となる薬草を採取。二人で大量のハイポーションを調合して、ギルドに持ち込んだ。それだけでもそれなりにまとまった収入になった訳だが、俺は改めて考えさせられる。勇者パーティーをクビになり、冒険者としてそれなりの余生を過ごそうかとも考えていた訳だが、俺の能力は一介の冒険者として腐らせておくには惜しいものなのではないか。勇者パーティーに返り咲くことは叶わなくとも、最前線に身を置く方が人々のためになる可能性は大いにある。


 俺が抜けて以降、勇者パーティーがどうなっているのかはわからない。安全に旅を続けてくれていればいいのだが、今となっては確認の取りようもないと言うのが実状。スフレ辺りが手紙の一つも寄こしてくれれば早いのだが、スフレは俺の居場所を知らない訳だし、それも無理な話だろう。


 ともあれ、俺はこの先の身の振り方を改める必要があるかも知れない。ラキュルの持つ封印術の件もあるし、この町に長期滞在するという考えは捨てるべきか。幸い、一度冒険者登録をしてしまえば他の町に行ってもギルドは利用できるので、最前線への復帰も念頭に入れて、これからの計画を練って行くことにしよう。さしあたってはラキュルとの話し合いが必要だ。俺がどのような道を行くことになるにせよ、彼女の面倒を見るという約束を反故にすることは出来ないのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る