第五話 最強の肉体

 結論から言うと、まるで相手にならなかった。俺が、ではない。ウェインズが、だ。


 俺の腕を容易く切り落とすと思っていた戦斧は、腕に触れた途端、合金製の刃はひしゃげ、柄の部分も大きく折れ曲がってしまう。それだけウェインズの攻撃が常識外れに強かったと言う証明なのだが、問題はそこではない。確かに戦斧の刃に触れたはずの俺の腕は、その実何の傷も負っていなかったのである。もちろん衝撃は感じたものの、体感としては軽く受け止められる程度。イメージ的には、木の棒で叩かれた方がまだ痛いのではないか、と言ったところだ。


 ウェインズは元より、俺ですらその状況がしばらく飲み込めなかった。戦斧の一撃に見舞われて無事でいられる肉体など、常識的に考えればあり得ない。しかし、その非現実的なことが、今まさに目の前で起こったのである。


「おい、ラキュル。封印術は発動してるんだよな~?」


 俺よりも幾分冷静さが残っていたのか、ウェインズがため息をつきつつ少女に声をかけた。


「は、はい、ご主人様! 確かに封印術は発動しています! 実際、この場には一切の魔力の流れはありません!」

「ならどうして戦斧の一撃を生身の人間が受け止められる。こいつぁ~どう考えても普通じゃない」

「申し訳ございません。私にも原理がわかりません」

「そうか。この手のことに関してお前にわからんもんが俺にわかる訳もない。当の本人にもわかってないようだし、こりゃお手上げだな」


 ウェインズは直感的に理解していたのだろう。今の俺との絶対的な力の差と言うものを。しかし、その部下達はそうではなかった。半ばやる気を失っている頭領の様子に我慢が効かなくなったのか、それぞれが武器を構えて俺に飛び掛って来る。


「あ、おい、お前等。そんな無用心に飛び込んだら――」


 そんな賊達の動きに、俺の身体は反射的に動いていた。ウェインズの攻撃の時とは違う、明らかな反撃行動。相手がウェインズよりも戦闘技能で劣っていたからこそ繰り出すことが出来た、後発必中のカウンター攻撃。ろくに魔法について教えてくれなかった師匠から直接賜った、数少ない技能の一つ。


 瞬間。飛び掛って来た数人の人間が、赤い肉塊となって弾けた。師匠が授けてくれた一対多数用の格闘術が火を吹いたのだ。


 魔法使いの最大の弱点である魔法が使えない状態。俺の師匠はこの点について殊更厳しく俺にしつけをした。だからこそ、俺はそういった事態を想定して、日頃から体を鍛えるための努力を続けてきたのだ。その結果は、今ご覧いただいた通りである。


「あ~あ。言わんこっちゃない」


 頭をぼりぼりとかきながら、ウェインズはため息をついた。部下の死をいたむ様子はない。


「しかしたまげたね~。人間が水袋みたいに弾けちまった」


 こんな事態に陥っても、ウェインズは冷静だ。部下の死よりも、俺という存在の方に興味があるのだろう。


「ディレイド。お前さん、魔法使うより生身で戦った方が強ぇ~んじゃね~の?」


 せっかく鍛えてきた魔法を否定されるのは心外だ。それでも、今しがた俺自身がおこなったことを考えれば、そういう結論になっても仕方がない。確かに俺は、通常ではあり得ない方法で人を殺した。。急所を突いた訳でもなければ、そういう特殊技能を使った訳でもない。本当に、ただなのだ。


 俺の身体に何が起こっているのかを考えている場合ではない。それでも一つ言えるのは、俺の肉体は人間の枠を大きく超えてしまっているということだ。


「どうしたもんかね~。この日のために有り金全部はたいて準備して来たんだ。引き下がろうにも、それじゃあ部下達の不満を煽るだけ。奪えるもん全部奪うまで、こいつ等は引き下がらね~だろうよ」


 相手は盗賊の類なのだから、そういうものなのだろう。彼等は人を傷つけることで自らを生かす道を選んだ連中だ。多少動機に差異はあれど、行動自体は魔物と大して変わらない。


「なぁ、ディレイド。人助けだと思って道を開けちゃくれないか? もちろんそれなりの礼はするし、何なら俺達の仲間にならないか? お前さんの実力なら、冒険者でちまちまやって行くよりもよっぽど効率よく稼げるぜ?」


 俺は封印術とやらを使った少女に目を向ける。どこか落ち着かない様子の少女は、身なりや言動を見るに、仲間と同列に扱われている訳ではなさそうだ。恐らく奴隷としてその力をいいように利用されているのだろう。封印術と言う奇怪な能力を除けば、そこいらにいそうな普通の女の子である。屈強な男達に囲まれて、逃げ出すこともままならず、悪事に加担し続けねばならないとは、何と痛ましい人生だろうか。


「ウェインズ。あんたは後ろにいる連中よりも頭がいいんだろうから、俺がどう答えるかはもうわかってるんだろ?」

「半ば、な。でも、念のためっていう言葉もあるくらいだ。対話は出来るうちにしておかないと後悔するからな」

「それじゃあ、俺も念のため言葉にしておくよ」


 俺は一端言葉を切って、改めてウェインズを睨みつける。


「お前等のために道を開けるのなんてごめんだし、盗賊なんかの仲間になるくらいなら死んだ方がマシだ。勇者パーティーを抜けたとは言え、俺の持てる力の全ては女神アルヴェリュートから授かった人々を救うためのもの。相手が魔王軍だろうが盗賊だろうが関係ない。俺の前で誰かを傷つけると言うのなら、俺は俺の持てる全力を持ってそれを阻止する」


 ウェインズは再び大きくため息をついて、眼光を尖らせた。


「交渉決裂、か。まぁ、俺にだって俺なりの矜持ってやつがある。一度売ったケンカを買い戻すような真似はしたくない」


 右手を高く掲げるウェインズ。恐らく仲間への合図だ。


「野郎ども! 待たせたな! 略奪の時間だ!」


 ウェインズの背後に控えていた賊達が、ウェインズのそれに呼応するように野太い叫び声を上げながら、大通りいっぱいに展開して行く。


「突撃ぃ~っ!」


 振り下ろされたウェインズの右手を合図に、賊達が一斉に行動を開始した。近隣の建物に踏み込んで行く者、大通りを奥へと駆けて行く者、俺の首を取ろうと飛び掛って来る者。行動は様々だが、その勢いは大したものだ。津波のように押し寄せる賊の大群に、町の住民も、居合わせた冒険者もあっという間に飲み込まれて行った。


 俺は飛び掛ってきた数人を即座に叩き落す。地面には真っ赤な大輪の花が咲き、辺りを鮮血で染め上げた。人間とはこうも儚く散るものかと、少々感慨に耽りそうにもなるが、今はをそれどころではない。


「最初はちょっと混乱したけど、概ね身体の状態は理解した。数が数だからゆっくり相手してる場合じゃないし、悪いけど全力で行かせて貰う!」

「いいね~。男と男の真剣勝負だ。一対一だと分が悪そうだからまとめてかからせて貰うが、悪く思うなよ?」


 そこからは戦闘と言うよりは一方的な虐殺だった。俺の踏み込みに付いて来られない賊達を、一人ひとり、肉片へと変えて行く。決して気持ちのよい感触ではなかったが、手を引く訳には行かない。このまま時間が経てば経つほど、町の奥へと踏み込んで行った賊達の手によって、被害は拡大して行くのだ。


 数分も経たずにウェインズを始めとした居残り勢を片付けて、その場に一人残った封印術師の少女に声をかける。


「君はどうする? ご主人様の後を追うか?」


 しばらくは放心状態だった彼女だが、肉片と化したウェインズを見て、ふるふると首を横に振った。


「そうか。なら、封印術とやらを解いてくれないかな。流石に俺一人じゃ、賊の全員に対処するのに時間がかかり過ぎる」

「……わかり、ました」


 少女が小さく呟くと、足元に展開されていた紋様が徐々に小さくなって行き、そして消える。町の外に巡らされていた紋様も同時に消えたのだろう。町全体に魔力の流れが戻り、各設備が徐々に復旧して行った。


「これで町の警備隊と冒険者も充分に戦えるだろうし、俺もそこに加勢しようかな」


 そう思って駆け出そうとしたが、封印術師の少女に袖を掴まれて止められてしまう。


「あ、あの……。私はこれからどうすれば……」

「どうって……」


 生きるために仕方がなかっただろうとは言え、彼女は人をあやめるのに協力していた身だ。もしかしたら、彼女自身も誰かを手にかけたことがあるかも知れない。となれば、ここは盗賊の一味として警備隊に引き渡すのが順当だろう。しかし彼女を身なりを見ていると、盗賊の中にあっても、まともな扱いを受けていたとは考えづらい。やせ細った体に汚れた衣服。髪もボサボサで、女として扱われていたかも怪しいところだ。そんな彼女を、尋問という名の更なる責め苦が待っているであろう警備隊に引き渡していいものか。しばらく悩んだ末、俺は自分の羽織っていた外套がいとうを少女に渡し、こう指示を出した。


「これをやるから、その血生臭い外套を捨てて、どこかその辺に隠れてろ。戻ってきたら、君の処遇は俺がどうにかしてやる」

「え、でも……」

「返事は「はい」か「いいえ」だけだ。「いいえ」を選ぶなら、俺は君の存在に関して一切他言しない。どこへなりとも行って、好きに生きるといい。さて、どっちにする?」


 強制的な二択は、師匠が俺によく課していたものだ。尤も、師匠の場合はもっと容赦のない二択だったが。


「……はい」

「わかった。それじゃあ少し待っててくれ」


 体を動かしてみたが、先程までの身軽さは消えている。封印術の効果がなくなったことで、俺が自身に課していた魔法も元に戻ったようだ。元の状態に戻っただけなのに今はこうして拘束感を感じるのだから、人間と言うものは贅沢なものだ。


 しかし、強過ぎる力は何も生み出さない。こうして自身に秘められた人知を超えた身体能力をの当りにしたことで、勇者様の言っていたことが少しわかったような気がする。仮に、俺があのまま勇者パーティーで魔法を振るい続け魔王を討伐したとして、その後の処遇に困るのは目に見えている。一国で保有するには、あの力は強大過ぎて手に余るし、場合によっては新たな火種となりかねない。パーティーとしての錬度が上がらないというのはあくまで建前。勇者様はきっとそこまで考えて、あえて俺に自由を与えたのだ。そういうことなら、俺は俺で自由に動きつつ、人のためになることをすればいい。それがひいてはこの世界のためになる。


 町の奥に向かった盗賊は他の冒険者達に任せることにして、俺は付近にある家に乗り込んで行った盗賊から叩くことにした。既に被害が出てしまっていることも考えられるが、そればかりはどうしようもない。今はただ、出来るだけ被害者を増やさないために尽力する他ないだろう。


 そんなこんなで、町のいたるところに散らばった盗賊達を一人ひとり潰して行くこと数時間。ようやく事態を鎮圧し終えることには、空が白み始めていた。聞くところによると、少なからず被害は出てしまったらしい。セレーネさんからの情報では、やはり魔法が使えなかったというのが大きかったと言う。改めて、近代の魔法に頼った生活や戦闘法の弱点が浮き彫りになった事件であった。


 詳細は省いたが、魔法を再び使えるようにしたのは俺であるという情報を流したおかげで、ラキュルと呼ばれていた封印術師の少女という存在はなかったことになる。俺が拘束した盗賊にも封印術師の存在を明かすなと圧をかけておいたので、問題はないだろう。真実を隠すことに少し後ろめたさはあったが、彼女の処遇をどうにかするという約束をたがえる訳には行かない。彼女には少しの間野宿をさせる羽目にはなってしまったものの、食べ物と飲み物は揃えてやったので、当人としては割りと快適であったようだ。


 町の被害状況の調査等の仕事が終わったら、改めて彼女の今後をどうするかを決めねばなるまい。封印術などと言う奇妙な術を使える以上、下手にその正体を晒せば、国同士の争いに巻き込まれかねないのだから注意が必要だ。その点では、俺と境遇が似ているとも捉えられる。


「まぁ、なるようにしかならないか」


 あまり考え込んでいても仕方がない。黙っていても腹は減るのだから、直近の食事のことでも考えて、のんびりやって行くことにしよう。俺は仕事をこなしつつ、今日の夕食には何を用意してやるかをあれこれと考えるのだった。

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