第四話 魔法使いと封印術師
ゆらゆらと揺らめきながら、ゆっくりと近づいてくる明かり。ざっと見たところ、その数は百はありそうだ。よくもまぁこれだけの手勢をそろえたものである。
とは言え、これだけ大規模な都市を攻めようと言うのだ。本来であれば、百程度の手勢では少な過ぎると言っていい。それでもこうして攻めてくるのは、それだけ準備が整っているということ。町中の魔法が落とされているこの状況も、怖らく連中の仕業だろう。
先にも記したが、今時は戦士職でも魔力で身体能力を強化しているのが一般的である。その定石が使えない今の状態では、こちらの戦力は半減以下。魔法が使えない上に戦士ですらまともに戦えないのだから、相手方が純粋な白兵戦に特化した集団であった場合、これに対処するのは難しいと言わざるを得ない。そして、これだけ準備万端で突撃してくるのだから、当然身軽な
俺の背後に現れた気配は二つ。魔物と同等とは言わないが、醜悪で嫌気のさす気配。恐らくだが、ここにいたはずの見張りを処理した連中だろう。
「一応訊くけど、ここに見張りの人間はいたか?」
振り返って見れば痩身の男が二人。手にした短剣には人間のものと思われる血がべったりとついていた。
「いたとして、どうする? こっちは二人、お前は一人。見たところ武器も持っていない。どうにか出来るつもりか?」
俺の武器であった杖は勇者パーティーの財産ということで、パーティーを抜ける時に置いてきている。通常、魔法使いにとって魔力を増幅させる効果を持った杖は必要不可欠だが、素手で神代魔法が使える俺にとってはお飾りでしかない。しかしながら、刃物を持った相手に素手で挑むと言うのは、少々無茶が過ぎると言うもの。こんなことなら、早めに新しい杖を購入しておくべきだった。
「これでも、ついこの間まで魔王軍相手に最前線で戦っていた身なんでね。人間相手なら早々遅れは取らないと思うぞ?」
「様々な状況に対応出来るように準備を怠るな」と言う師の教えを守るため、当然こういった状況に対する手段も身につけて来たつもりだ。もちろん魔法が使えない、魔法が通じないと言った状況も想定済み。およそ魔法使いにとって最悪と言える今の状況を切り抜けるための策。それはもちろん。
俺は腰をやや落として、肉弾戦の構えを取る。
「かかって来いよ、賊ども。俺の目の前で悪事を働いたこと、後悔させてやる」
そんな俺の様子を見た賊の二人は、揃って笑い声を上げた。
「強がるなよ。お前、見たところ魔法職だろ? 流石に気づいているだろうが、今は魔法は使えない。正確には、魔力の伝達そのものが封じられているんだ。そんな風に構えたところで、身体強化は出来ないぜ?」
「それがどうした。そんなものなくても、お前等風情には負けないって言ってるんだよ」
わかりやすく挑発してやる。これで多少でも頭に血が上ってくれれば御の字だ。激情した人間は動きが単調になりやすい。魔力で身体強化が出来ないのは相手も同じ。とするなら、勝敗を分けるのは日頃の鍛錬の度合いと、身につけた戦闘技能の総合力。いくつもの死線をくぐってきた俺が、賊に相手に引けを取る訳には行かない。
「お前が死にたがりなのはわかった。戦士職の連中は本隊が何とかする手はずだし? 俺らは俺らで多少の狩りを楽しんでもいいよな~?」
二人の賊は揃って短剣を構え、距離を詰めて来る。なかなかのスピードだ。彼等は彼等なりに鍛錬を積んでいるのがわかる。しかし、このくらいの速度なら攻撃を貰うことはない。魔物の方がよっぽど速く動くし、動きも読みづらかった。その点では、やはり相手は人間に過ぎないと言うことである。
俺は的確に急所を狙ってくる短剣をそれぞれ手刀で叩き落し、鳩尾に一発ずつ、掌底を叩き込んだ。白目を向いて吹き飛んで行く賊達。思っていたよりも強く叩き込んでしまったらしい。賊達はそれぞれ建物の壁にめり込んでしまっていた。
「……そんなに強く叩いたつもりはないんだけどな」
一応賊達の安否を確認する。殺してしまっては、後で今回の事件に関しての情報を聞き出せなくなってしまう。生かして捕縛しておくのが最善だ。
「とりあえず生きてるな」
そうとわかれば後は動きを封じるだけである。俺は賊の靴から紐を引っ張り抜き、手足を縛って動けないようにした。
「後は本隊か」
先ほど確認した明かりは、既に町の入り口に差し掛かっている。今から冒険者達を集めて迎え撃つというのは難しそうだ。
「俺だけで何とかなるかな」
神代魔法が使えるとは言え、相手の数が数である。いくら女神の加護で超高速詠唱が使えるとは言え、悠長に詠唱をしている暇はないだろうし、仮に使えたとしても元々威力の高い神代魔法となると町への被害は計り知れない。賊を退けたとしても町が蒸発してしまうのでは意味がないのだから、この辺りの匙加減が難しいところだ。
とは言え、このまま町が蹂躙されるのを座して待つという選択肢はない。俺は足早に物見台を後にし、町の入り口へと急いだ。
入り口付近までやって来て改めて思ったのは、やはり賊の数の多さだった。身長が高く、がたいのいい男達で構成された、百人からなる集団。完全に統率が取れているとは言い難いものの、純粋な戦力としての脅威度は高い。
逃げ惑う町の住民達の流れに逆らうように、俺は賊の集団に近づいて行く。
「何だ、お前。この町の冒険者か?」
特に背の高い男が俺に声をかけて来た。長身なだけでなく、筋肉の発達も凄まじい。このレベルになると、ただ鍛錬を重ねただけでは到達できないだろう。生まれ持った血統の差。こと肉体の強度において、恐らく彼に並ぶものは世界でもほんの一握りだろう。
「そうだ。お前達の
「なるほどな~。武器を持っていないようだが、お前、戦士職じゃないな」
「ああ。専門は魔法だ。お前達のおかげでろくな魔法が使えなくて困ってるよ」
「その口ぶりだとろくでもない魔法なら使えると捉えることも出来るが……。一応名を聞いておこう。俺はウェインズ。姓はない。ただのウェインズだ」
「ディレイド=エルディロット。訳あって勇者パーティーを脱退した、新米冒険者だ」
勇者パーティーの名を出したことで、賊達の間に騒ぎが起こる。流石の賊でもその程度の知識はあるようだ。
「ディレイド=エルディロット。噂の歩く魔法砲台か。随分な大物と出くわしたもんだ」
「俺のことを知ってるなら、今すぐ撤退することをお勧めするぞ。お前らが何をしたのかはわからないが、神代魔法は使える」
「そいつはおっかないね~。その気になれば一撃で国一つを壊滅させられるという神代魔法。そんなものをちらつかせられちゃ~こっちも黙ってる訳にはいかね~わな。ラキュル!」
言われて前に出てきたのは、外套のフードを
しかし、この少女に俺を何とかする力があるとは思えない。身体はどう見ても痩せ細っていて、とても肉弾戦に向いているとは思えないのだ。それでも、彼女がまとっているのは明らかなる死のにおい。どうすればこの痩身で非力そうな少女が人を殺せると言うのだろう。
少女の手には杖。と言うことは、彼女も魔法職なのだろうか。しかし魔法の類はそのほとんどが封じられているはず。まさか、この少女もまた神代魔法の使い手だとでも言うのか。
などと考察を重ねていると、少女の口から奇妙な詠唱のようなものが聞こえ始めた。俺の知るどの国の言語とも違う。全く意味不明な音の羅列。こうして口にしているからには何か意味のあるものなのだろうが、何が起こるのかわからない以上、
「ご主人様。封印術、展開完了しました」
「よくやった、ラキュル」
そう言ってウェインズが前に出る。足元に紋様が広がった以外、何が変わったようにも見えないが、一体何をしたのだろうか。
「なぁ、ディレイドさんよ~。封印術って知ってるか?」
「聞いたことないな。何だ、それは」
封印術。言葉通りの意味ならば何かを封印するための術なのだろうが、果たして何を封じたのだろう。少なくとも身体的な拘束は感じられない。
「封印術っていうのはな~、今は廃れちまった古い術の一種なんだよ。その効果は魔力の封印。この術が働いている間、ありとあらゆる魔力はその力を発揮出来ない。元々町全体にその術をかけてたんだが、お前さんの魔力保有量は特別に多いらしい。だから追加で術をかけさせた。それがどういうことかわかるか?」
魔力の封印。そんな術が存在することを俺は知らない。しかし、彼が言っていることが本当であるのなら、恐らく神代魔法も封じられたと見ていいだろう。
「つまり、俺はこれから肉弾戦で、お前達全員を止めないとならない訳か」
「そう言うことだ。いいね~、賢くて、度胸のあるやつは嫌いじゃない」
ウェインズが動く。もちろん俺を殺すためだ。手にした戦斧が俺に向かって振り下ろされた。
魔法の全てを封じられ、魔力による身体強化も出来ない。流石にこれはどうにもならないか。そんなことを考えつつも、身体は本能的に防御反応を起こす。無意識に振り上げられた右腕。このままであれば、後数瞬で俺の腕は切断され、その後無防備になった胴体も切り裂かれることになるだろう。
しかし、そうはならなかった。俺自身信じられないことが起こったのだ。
俺は失念していた。俺が俺自身に何を課して来たのかを。純粋な肉体強化のために何重にも張り巡らせた、拘束、弱体、加重の魔法。それら全てから解き放たれた時、この身に何が起こるのか。俺は全く想像していなかったのだ。
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