第三話 魔力が消えた町

 町に入るなり、すぐに理解する。明らかな異常事態。魔法の力で町を照らすはずの街灯がついておらず、代わりに大量のかがり火が焚かれている。その他にも各方面から「水が出ない」やら「魔法炉まほうろが止まった」などと言う声が聞いて取れた。


 現代文明を維持する上で、魔法はなくてはならないものだ。それこそ身の回りのあらゆるものに魔法が絡んでいる。例えば、上水道はその循環に水系統の設置型魔法を使っているし、魔法炉は読んで字の如く火系統の設置型魔法を使って火を起こす設備だ。街灯の役目を担っている魔法灯まほうとうもその一つ。見た限り、町中の魔法が、何らかの要因によって効果を失ってしまっているようだ。


 これだけの規模の魔法破綻が複数の魔法で同時に起こるなど、早々ありえない。これはつまるところ、何者かが意図的に引き起こした、都市に対する攻撃である可能性を示唆しさしている。何が目的であるにせよ、ろくなことではないというのは明白。俺は情報収集する意味も含め、ギルドへと急いだ。


 開けっ放しになっている扉から建物の中に入ると、そこは僅かなたいまつで照らされるのみの空間が広がっている。この事態を受けて出払っているのか、人の気配は少ない。心許ない明かりを頼りに受付のカウンターに辿り着くと、数名の受付嬢が不安そうに身を寄せ合っていた。


「何があったんですか?」


 俺の冒険者登録を担当してくれた受付嬢に声をかける。すると、相手も俺の来訪に気付いたようで、足早にカウンターまでやって来た。


「ディレイドさん、無事でしたか」


 話を聞くと、俺が月華草採集のために町出て少しした頃に、突如として町中の魔法が効力を失ったと言う。町全体を覆っている魔物避けの結界から、照明、水道、空調、かまどなど産業や生活を支えている下部構造まで。その一切が機能していない状態にあるというのだから、非常事態もいいところだ。


 と、ここで俺は背中の荷物の状態に行き着く。町中の魔法が機能停止している今、俺が使った保冷魔法はどうなっているのか。


 その場でかごをおろし、中を確認する。触れてみたところ、かごの中は保冷状態であることがわかった。


「これは大丈夫なんだな」


 その様子を見ていた受付嬢は驚きの声を上げる。


「ディレイドさん。もしかしてそのかご、魔法かかってます!?」

「あ、はい。月華草を保存するために保冷魔法を少々」

「そんな……。この町の魔法使いは全員一切魔法を発動出来なくなっているのにどうして……」

「既に発動している魔法は大丈夫……な訳ないか。設置型の魔法も全滅してるみたいだし」


 だとすると違いは何だろう。試しに魔法を詠唱してみることにした。


「光よ。つどい、大地を照らせ」


 俺が使おうとしたのは現代魔法の一つ。光系統の中でも周囲を照らす程度の効果しかない光球こうきゅうを生み出す魔法――ライトボールだ。しかしそれは不発に終わる。本来であれば詠唱を行うことで俺の体内の魔力が放出、収束し、魔法へと変化するのだが、放出の段階で不具合が生じたようで、魔法の発生へと至らなかった。


 それならばと、次の詠唱に入る。


「光の精霊よ、我が呼びかけの応じ顕現せよ。契約に従い、その力の行使をこいねがう。その身をもって暗黒を絶ち、あまねく世界を照らす輝きと成せ」


 光の精霊の力を借りて一定範囲内を光で包む光系統の古代魔法――ライトラウンドスプレッド。これもまた不発だった。古代魔法は自らの魔力を使って契約を交わした精霊を召喚するところから入るのだが、そもそも精霊の呼び出しに失敗している。となれば、当然魔法が発動する訳もない。


「古代魔法もダメか」


 仕方ないと、俺は次の詠唱に入った。


「我が真名しんめいディレイド=エルディロットの名をもって、光を司りし女神ラーフェインに捧ぐ。汝の気高き姿は常世とこよ全ての闇を祓い、汝の麗しき声は常世全ての邪悪を祓うだろう。御身は既に滅びなくなれど、その魂は不滅。今一度そのことわりき、我が名の下に御身の栄光を示し給え。我もとむは光の雨。愚劣なる闇の化身――ワーガルフの眷属を、その威光を持って打ち破らん」


 光系統の神代魔法――サンライズレインフォース。神の威光をもって光の雨を降らせ指定範囲内の全ての邪悪を絶つ、広範囲光属性攻撃魔法である。よほどの悪人は例外だが、一般人であればダメージを受けることはない。今回はあくまで魔法が発動するかどうかの確認なので、範囲はギルドの建物の中に限定した。結果は無事発動。神代魔法は自分の魔力を神界に送ることで神々の御業みわざを現世に発現させるものなので、そこがあくまで現世の中で魔力のやり取りを行う現代魔法や古代魔法と違うところである。


「これが神代魔法? 初めて見た」


 受付嬢はどうやら神代魔法は初めてのようだ。確かに、今時神代魔法を使う魔法使いなんてめったにいない。詠唱は長くて憶え辛いし、魔力の消耗は激しいし、大抵の場合は使っただけで大災害クラスの影響を及ぼす。よほど保有魔力の総量が多くてコントロールに長けた人物でもなければ、習得しようとも思わないほどだ。


「ちょっと待って。ディレイド=エルディロットって……」


 受付嬢の一人が驚いたような顔をしている。


天限突破の魔導王アンリミテッドウィーザードロードのディレイド=エルディロット!? 世界各国から最強魔法使い認定されてる超一級魔法使いの!?」


 天限突破の魔導王か。確かにそんな風に呼ばれていたこともあった。勇者パーティーを抜けた今となっては、過ぎた二つ名ではあるが。


「ちょっとセレーネ、知らない間に何て人と知り合っちゃってる訳!?」


 俺を担当してくれていた受付嬢はセレーネと言う名前らしい。風の精霊の名前あたりが由来なのだろうか。だとしたら、この人の両親はなかなかセンスがいい。


「いや。まさか本人とは思わないじゃない? 想像していたよりもずっと若かったし」


 冒険者として登録するにあたり、偽名を使う人間は少なくない。有名人の名前を借りるのは、よくあることだ。どうやら俺もその類だと思われていたようだが、神代魔法を使うのには真名が必須。それを唱えたことで、ディレイドが俺の本名であることが証明された訳である。


「でも、どうして勇者パーティーの方が単独でこの町に? それに冒険者登録って……」


 また別の受付嬢が不思議そうに首を傾けた。事情を知らない人間からすれば当然の反応か。


「まぁ、いろいろあったんですよ。それよりも、念のため聞いておきますけど、この中に魔法のせいで具合が悪くなった人とかは……」


 セレーネさんを始め、数名の受付嬢はそれぞれ顔を見合わせて、お互いの無事を確認し合っている。見たところ、体調不良を起こした人間はいないようだ。


「大丈夫そうです。お気遣いありがとうございます、ディレイド様」

「そうですか。それならよかったです。でも、様付けはやめてください。今の俺はしがない新米冒険者なので」


 とりあえず、今回町の魔法が全滅している件に関しては、魔力を絶つ何かしらの要因が働いていると見るのが妥当だろう。保冷魔法が持続していたのは、この保冷魔法自体が、氷系統魔法と、その効果を弱める火系統魔法、魔法の効果を保持する補助魔法のかけ合わせで、とんでもない魔力が込められていたからと言ったところか。通常であれば俺が解除の魔法をかけるまで魔法の効果は保持されたままなのだが、追加で魔力の供給が出来なくなっている以上、放っておけばそのうち解除されるはずだ。


「他の冒険者の皆さんは、たぶん事態の解決のために動いているんですよね?」

「そうですね。原因がわからないので、まずはその調査のために動いてもらっています」

「そう言うことなら、俺も協力しますよ」

「よろしいのですか? わざわざお手を煩わせてしまって」

「言ったでしょう? 今の俺は一介の冒険者です。ギルドの役目は俺の役目。それに、魔法に詳しい俺だから出来ることもあるかも知れません」

「そうですか。それではよろしくお願いします。この辺りは魔物の出現頻度は低いですが、魔法が使えないとなると都市機能が維持できないので、このままでは破綻しかねません」


 これだけ大きな商業都市である。もしなくなりでもしたら、その影響は世界中に波及するだろう。作物を出荷することで日々の糧を得ている村なんかは、最悪全滅するかも知れない。


 勇者パーティーを抜けたとは言え、人々を災厄から救いたいという思いに変化があった訳ではないのだ。ここで立たずして何とする。


「それじゃあ、これの査定でもして待っていてください。何もしていないというのも不安でしょうし」


 月華草の入ったかごをカウンターに乗せ、俺はギルドを飛び出した。この時妙に足取りが軽かったのを、勝手に気分が高揚しているからだと決め付けて、俺は町中を駆け回る。俺にとっては久しぶりに体験する未知の連続だ。「魔法使いなら自分の知らない事象に対して貪欲であるべきだ」という師の教えにのっとれば、これも無理からぬこと。この世界の全てには何らかの法則がある。その法則を見極め、使いこなしてこそ一流の魔法使いと言えるのだ。


 最後に、町で一番高い物見台に登って、周辺を見渡す。ここに来るまでに魔力の流れを阻害する要因となるようなものは発見できなかった。となれば、最初に考察したように、外部からの攻撃と捉えるのがいいだろう。攻撃であるのなら、魔法を封じ、町全体が混乱に陥った今は恰好の攻め時と言える。実力のある冒険者も調査のために町の方々に散っているので、防御も手薄なのは明白。そこで正体の知れない敵の動きを察知できるのではないかと登ってみたのが、この物見台という訳だ。


「普通なら見張りの一人や二人常駐していそうなもんだけど」


 少なくとも、今この場にいるのは俺一人。高い場所なだけあって風の流れも速いので、においもよくわからない。


 と、見渡しているうちに気付く。町の塀の外を取り囲むように、赤い光が点在していた。恐らくここに登るまでは、かがり火の明かりと混じっていたから気がつかなかったのだろう。


「あの光の色は確か……」


 記憶を辿っているうちに思い起こしたのが、例の紋様だ。もしかしたら、あれと同じものが、町を覆うように設置されていたのかも知れない。


 魔力の流れを阻害する紋様。少なくとも俺には心当たりがない。しかし、もしそんなものがるのなら、この世の中のパワーバランスは完全に崩れてしまう。


 何故なら、このアグヌスベルカにおいて、魔法はなくてはならない技術だからだ。日常のあらゆる場面でも使われるし、戦闘面においてはなおのこと重要である。魔法使いである俺は元より、戦士職の人間ですら魔力を使って自らの身体能力を高める技能を使うのが一般的だ。その根本である魔力を封じられてしまえば、残るは自らの身体能力のみ。魔法使いはもちろんのこと、魔力による補助ありきで大型の武器を振るっている人間は途端に役立たずと化す。生まれつき肉体に恵まれた人間ならいざ知らず、そうでないものは一方的に搾取される側になってしまうだろう。とするなら。


 俺は町の入り口に目を向けた。その向こうから並んで迫り来る無数の明かり。それが迎え撃つべき敵が掲げるたいまつだと気付くのに、そう長い時間はかからなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る