第一章 世界最強の魔法使い、封印術師の少女と出会う

第一話 商業都市ロンタール

 五日間かけて目指していた商業都市――ロンタールに到着する。道中魔物に遭遇することもなかったので、これまでの勇者パーティーとしての旅路は無駄ではなかったようだ。途中立ち寄った町で入手した情報によれば、勇者パーティーにならった編成の冒険者が増えたことで、効率よく「はぐれ」と呼ばれる魔物の群を狩ることが出来るようになったそうで、そういう意味でも勇者という存在がいかに偉大であるのかがわかる。俺はもう勇者パーティーではないが、俺の能力を生かすのなら、冒険者にでもなって、町の治安維持に徹するのがいいかも知れない。


「他に仕事の当てがある訳でもないし、とりあえずギルドに直行かな」


 一通り料理は出来るつもりだし、これでも体を常日頃から鍛えているので体力には自信がある。それらを生かした仕事というのも考えないでもないが、やはり俺にとっての本領は魔法。せっかく修練を重ねてきたのだから、この力を誰かのために使いたい。


 と、そんなことを考えながら歩いていたからだろうか。前から歩いてくる人物に気付かず、そのまま正面衝突してしまった。


「きゃ!」

「うわ!」


 体格差もあって俺は倒れずに済んだが、相手方はしりもちをついてしまう。フードを深く被っているので顔はわからないものの、声から察するに、ぶつかった相手は俺と歳の近い少女。外套がいとうの上からでも、やせ細った身体が見て取れる。


「ごめん。うっかりしてた。大丈夫か?」


 そう言って、俺は少女に手を伸ばした。しかし、少女はその手を取らずに一人で立ち上がり、小さく会釈をして、そそくさとその場を後にしてしまう。


 すれ違い際にかすかに嗅ぎ取ったにおい。だいぶ洗い流されているので一般人にはわからないだろうが、勇者パーティーの一員として常に魔王軍との交戦の最前線にいた俺にとっては、最早嗅ぎ慣れたものだった。それは人の血のにおいだ。それも一人や二人のものではない。こんな平和そうな町の中でそんなにおいをまとっているなどただ事ではないが、疑わしきを一々罰していてはきりがないというのが現状。念のため手荷物を確認してみるが、何も取られていないので少なくとも盗人ぬすっとの類ではないようだ。


「何だったんだ、あの子」


 しばらく少女の去った方を眺めていたが、他人の心配よりも、今は自分の心配をした方がいいだろう。何せ今から冒険者として登録を済ませたとしても、受けられる依頼は最低ランクのものだけだ。当然報酬も安く、この町で生活して行くには心許ない収入と言わざるを得ない。誰かの紹介、それこそ勇者様の一声でもあればいきなり高ランク冒険者として実入りのいい依頼を受けることも可能だっただろうが、それを断ったのは他でもない俺自身。料理人として腕を振るうのとどっちが稼げるだろうかと頭の中で勘定をしながら、俺は冒険者ギルドへと向かうのだった。




 それなりに大きな町になら、大抵は存在する冒険者ギルド。必ずしも品行方正な集団とは限らないものの、ここロンタールの冒険者ギルドは比較的大人しいと評判である。扉を開けて真っ先に目に入ったのは、テーブル席で昼間から飲んだくれる冒険者達。数名は近隣から集まってきた依頼書が張ってある掲示板の前にいるが、その割合は全体の一割にも満たない。「ケンカ騒ぎが起こってないだけ平和か」などと思いながら、カウンターに歩み寄り、受付嬢に声をかけた。


「すいません。冒険者登録をしたいんですけど」

「はい、畏まりました。冒険者登録は初めてでしょうか」

「初めてだけど細かい説明はいいです。大体知っているので。何か特別な注意事項などがあれば教えてください」


 本来であれば、この段階で冒険者になるにあたっての基礎的な知識や、冒険者ランク、昇格試験についての説明が入るが、長らく勇者パーティーとして世界中を旅して来た俺にとっては今更説明を受けるまでもない内容だ。飛ばしてしまっても、特に問題はないだろう。


「そうですか。それでは一点だけ」


 受付嬢が言うには、最近ギルドを介さない私的な依頼と言う形で新人冒険者が意図せずに犯罪組織に加担してしまうという事例が多く報告されているらしい。なので、そういった私的な依頼は受けずに、必ずギルドを通して欲しいとのことだ。


「一部では、ギルドがそれを強要するのは依頼料の上前をはねるためだと言って誘惑されたという報告もありますが、当ギルドは適切に仲介業務を行っておりますので、決して耳を貸さないでいただきますようよろしくお願いします」

「わかりました」

「それではこちらの用紙に記入をお願いします」


 必要事項を記入し、待つことしばし。バックヤードに下がっていた受付嬢が、真新しいギルドカードを持って俺の前に戻ってくる。


「こちらがディレイド様のギルドカードとなります。記載事項に間違いがないか確認をお願いします」


 受け取ったギルドカードを確認。名前、年齢、役職などが記載されているが、どれも問題なし。冒険者ランクは当然一番下のFランクだ。


「問題ありません。ありがとうございます」

「では冒険者登録のご案内は以上となります。すぐにご依頼をお探しになりますか?」

「そうですね。多少難易度が高くてもいいので、今受けられる依頼の中で、実入りのいいものがあれば教えていただきたいのですが」

「実入りがいいと言うことであれば、採集系がおすすめですよ。今はちょうど月華草が咲く季節ですし、保存状態がよければ、当ギルドで高く買い取ることも出来ます」


 月華草とは、名の通り月の光の下で花を咲かせる植物で、花びらが青白く光るのが特徴だ。鮮度が落ちると光が弱くなるので、いかに美しさを保った状態で保存し運搬するかが重要になる。


「月華草の採集となると、出かけるのは夜か」


 夜道が安全でないのは言うまでもない。視界は狭いし、魔物とは行かないまでも、野生の獣と遭遇すれば怪我を負う可能性もある。実入りがいいと言っても、それはあくまでFランク冒険者が受けられる依頼の中では、と言う話だ。


 運搬自体は、氷結系魔法の応用を使えば鮮度を保つことが出来るので、入れ物さえ何とかすればいいだろう。勇者様みたいに収納魔法が使えれば楽なのだが、何物ねだりをしても仕方がない。


「この依頼を受けられますか? 報酬は歩合制となりますが」

「はい。受けます」

「それではこちらにサインを」


 差し出された依頼書のすみに名前を書く。後は現物を持ち込めば依頼は達成だ。


「それではお気をつけて行ってらっしゃいませ」


 受付嬢に見送られ、俺はギルドを後にする。とりあえず必要になるのが、採取した花を運ぶための入れ物だが、どうしたものか。


 ふと視線を流すと、道具屋の店先にかごが並んでいるのが見えた。


「しばらくは採集系の依頼ばっかりだろうし、かごを買っておいてもいいかも知れないな」


 そういう訳で、俺は道具屋に立ち寄る。一口にかごと言っても、そのサイズは様々で、片手に乗るくらいの小さなものから、背負って使うような大きなものまで揃っていた。大きなかごの方がたくさん入るのは言うまでもないが、あまり大き過ぎても、中に積んだ花などが潰れてしまう。報酬が歩合制なので出来るだけ多く持ち帰りたいところではあるものの、保存状態が悪くなってしまうのでは元も子もない。俺は中型のかごを選んで購入し、背負って使えるよう肩紐をつけてもらった。


 道具屋を出たところで空を見上げる。日の位置はまだ高く、夜になるまではだいぶ時間があった。


「先に宿屋に部屋を取って、その後は周囲の森を散策しておくか」


 月華草の生えている場所は依頼書に記載されていたが、俺はあまりこの周囲の土地勘がない。暗くなる前に事前に地理を把握しておけば、採集にかかる手間も少なくなるだろう。


 いくつかあった宿屋の中で手頃な値段の宿に部屋を取り、俺は一端町を出る。町をぐるっと取り囲んだ塀の東側にある森の中。そこが依頼書に書かれていた月華草の主な採集場所だ。外から森の外観を眺めてから、俺はそこに分け入って行く。町の近くだからと言って注意は怠らない。来た道がわかるように時折木の幹にナイフで印を残しながら、慎重に進んで行く。虫や鳥の鳴き声はひっきりなしに聞こえるものの、今のところ周囲に猛獣などの気配はない。あまり人の手は入っていないようだが、今のところそれほど危険はなさそうだ。


「後は夜行性の動物に注意するくらいかな」


 人間にとって危険な生物は夜行性であることが多い。人が本能的に暗闇を怖れるのはそういうことらしいというのを昔本で読んだことがある。本来であればたいまつの一つも持つのであろうが、俺には光魔法があるので、光源の確保に手を使う必要がない。自分の食い扶持を稼ぐためだけに女神様から授かった加護の力を使うのは多少後ろめたいものの、こんなところで獣相手に命を落とす方が罰当たりな気がするので、そこは多めに見てもらおう。


 森を入ってから歩いた道のりと、かごと一緒に購入しておいた地図とを照らし合わせれば、月華草の採集地まであと少し。そろそろ次の印を残そうと近くの木に向かって行くと、足元に何やら不思議な紋様があることに気が付いた。

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