第4話

「いよいよだな……」


 良八がゴクリと唾を飲んだ。

 大和はコクリとうなずいた。


「じゃあ後はうまくやれよ」

「待て待てーい」

「ぐえっ」


 大和はカエルがつぶれたような声を上げた。


「てめえ襟元えりもとを急に引っ張んな。首しまるだろうが」

「なんで帰ろうとしてるんだよ!最後まで付き合え」

「へえ。そりゃてめえといっしょに討ち死にしろと」


 大和が皮肉げに言うと良八はこともなげに言った。


「相手はたかがじい様だ。鏡取って戻ってくるぐらいちょろいもんだって」

「つまり討ち死にじゃねえな。窃盗の共犯になれと」

「違う。あれは元々師匠が預かってたんだから、こっちのもんだ」

「そういえばそうだな……。ややこしい」


 大和は舌打ちした。


「それとも腕に自信がねえのか。なにしろ俺の動きにはついてこれてねえからなあ」

「あれはお前が人を囮にして逃げただけだろうが。ひねりつぶすぞ」


 はあ、と大和は言った。


「じゃあ見回りに行くだけ行くぞ。もう一度聞くが金の鏡取り戻したらお前はお山のお家とやらに帰るんだよな?」

「ああ。……別にこの街に特別な用事なんてないしな」


 珍しく真面目な顔をした良八に大和は言った。


「どうした?」

「しっ。下に人の気配がする。……何人かいるな」

「じじいは一人暮らしなんじゃなかったのか?それか客が来ているか」

「そんな雰囲気でもないな。見ろ」


 そう言うので良八といっしょに屋根から首だけぶら下がるように室内を見ると老人が男たちに囲まれていた。


「知らないと言っているだろう!」

「ああ?なんだこのじいさんごまかす気かよ」

「知ってるだろ?金の鏡だよ金の鏡。アンタが持っているってネタはあがってるんだよ」


 おそらく、良八が追われていた連中だろう。


「お客様いたな」


 大和が顔を上げると良八はうなずく。


「ああ千客万来だ」

「どうする?」

「どうするってそりゃお前」


 大和と良八は視線をかわした。


「強情な野郎だな」

「少し痛めつけてやったほうが話しやすいか」


 ギラリと刃物が光る。


「わかった!話すから乱暴はやめてくれ」


 男たちの動きがピタリと止まる。


「最初からそうしてりゃいいんだよ」

「掘り出し物だと思ったんじゃ。ガラクタ市で見かけてこれは綺麗だと一目で思って」

「あーあーわかった。それでその掘り出し物はどこなんだよ」

「それが、ないんじゃ」


 空気が一瞬凍った。


「ああ?」

「家の中にはないんじゃよ。最近もうろくしてしまってるのか。人に預けたのかどこかに置いてきたのか皆目見当もつかないんじゃが」

「ジジイ、ナメてんのか?」


 空気が剣呑になってきた。


「じゃあ思い出させてやるよ」


 刃が振り上げられる。



「どうするってそりゃお前こういう場合は」


 パリィン!

 良八と大和は窓ガラスを割って中に飛びこんだ。


に決まってらァ」


 二人そろってそう言った。


「いくぞおらあっ!」


 大和は向かってくる相手を投げ飛ばし、良八は身軽な蹴りと拳で相手の急所をつく。

 半数ぐらいが倒れてから敵も動揺しだした。


「なんだお前ら!」

「なんだと聞くからにはてめえから名乗るのが筋じゃねえのかい」


 良八がそう言うと相手は居丈高に言った。


「我らは『あけぼの』。忍の力によって世をよりよくせんがために動くものたちである」

「曙ねえ。聞いたことあんぜ。忍の世界の面汚しだってなあ」


 良八は笑って言った。


「そういうお前は八の字のやつだな。お前じゃなくてこのじいさんが持ってるっていう噂を聞きつけてここまでやってくれば」

「へえ、それはお生憎さま。アテが外れたな」


 そう言って冷えた目で良八は男たちを見た。


「お前ら、曙と言ってもゴロツキみたいなやつらだろ。こんなところで老い先短いじいさんから金品せびって恥ずかしくねえのかい」

「老い先短いは余計じゃ」


 老人は抗議の声を上げる。


「俺も知ってるぜ。本当の曙はこんなもんじゃねえ」


 大和は構えた。


「消えな。これ以上俺の前に立つってんなら容赦はしねえぜ」

「威勢のいいことを!お前のような小童こわっぱ一人片手でも!」


 そう言って突っ込んできた男の顎を大和は片手で砕いた。

 崩れ落ちる男に目もくれず大和は言う。


「次はどいつだ?」


 敵の人数は来たときよりも圧倒に少なくなっていた。


「構わねえ、たかが子供二人だやっちまえ!」

「ここは引くぞ」


 中の一人がそう言うとあたりがシンと静まりかえった。


「金の鏡。たしかに我らが手中にするには魅力的だがここまでの人員をさくには効率が悪すぎる。ここは引いて後日またやってくるとしよう」


 そう言って背を向けると男たちは立ち去っていった。


「嵐は去った、か」


 大和はそう言うと膝をつく。


「おい大丈夫か」

「普段学生やってると久々の実地戦闘でな。体がなまってるんだよ」

「なんだよ情けねえ」


 そう言うと良八は眉を下げた。


「だけどどうするかねえ。これじゃ堂々巡りだ。鏡を見つけて、師匠の手に渡せばやつらもおいそれとやってこねえと思うんだけど」

「お前の師匠は何者だよ……」


 大和はそう言って嘆息する。


「おいじいさん。本当に場所に心当たりはないんだよな」

「それなんじゃが」


 老人はなぜか暴漢に強襲されたにしては冷静な顔で言った。


「家の中にはないと言った。それは偽りじゃないが」


 そこまで言うと庭でナオ、と鳴き声がした。

 カリカリと土を削る音も。

 良八と大和は顔を見合わせた。

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