第2話

「信じられんねえって誰がだよ俺だよ」


 はあっと大和はため息をつく。

 よく見れば少年、もとい良八は体のあちこちに傷があった。

 追いかけっこのうちについたものもあるがどう見てもその前からついていたものもある。

 消毒してやると痛がってわめいたが、アイスをやると静かになった。

 アイスのことを知らないようでなぜ急にこんな冷たいものが出てきたのかとかなんとか不思議がっていたが。


「常識はずれにもほどがあるぜ……」


 とうの本人は布団でぐっすりと眠っていた。

 客用の布団があったので大和がそれを出そうとしている間に敷きっぱなしだった大和の布団で寝こけていたのだ。

 はたき落としてやろうかと思ったがやめておいた。

 憎たらしいやつだが、その寝顔はやたら安らかで起こすのがためらわれた。


「俺もとんだお人好しだな……」


 そう言うとビニール袋からおにぎりを取り出して食べた。


「つぶれてら」



 朝。

 大和は起き上がった。

 そして盛大にため息をついた。


「夢じゃなかった……」


 頭を抱え。

 今度こそ良八を布団からはたき落とした。


「おはよう……」


 くああ、と良八はあくびする。


「おはようさん。お前ここに置いてやっただけでもありがたく思えよ」

「はいはい。ありがとう。じゃ邪魔ものは消えらあ」


 そう言って良八がそのまま出て行こうとするのを大和は止めた。


「待て」

「んあ」

「一宿一飯の恩。働かざるもの食うべからず」

「……だから?」


 大和はほうきを突き出した。


「せめて掃除はしていけ。部屋と流しと便所な」


 ひくっと良八の顔がひきつる。


「俺そんなことしてる時間ねえんだけど……」

「まずは布団をたため」


 にらみ合いをしていたが結局良八が折れた。


「……へいへい」


 ほうきを手に取るとガックリうなだれた。



「意外だな」


 ゴミ袋をまとめながら大和が言うと良八が笑った。


「逃げないのが?」

「わかってるじゃねえか」


 はあ、と良八は息をつく。


「たしかにお前には借りがあるしな。これくらいのことをしても罰は当たるめえよ」


 不器用だが手際よく良八は掃除していく。


「ほらよ。これぐらいでいいか」

「まあ、及第点だな」


 グッと大和はゴミ袋の口をしばった。


「……なあ聞くけど」

「なんだ」

「お前どこから来たんだ」


 スッと良八の目が遠くなった。

 アパートのベランダの先を見つめる。


「お山のほうだよ」

「そこにも忍が?」

「ああ。といっても俺と師匠だけだけど」


 と言ってから良八は固まった。


「やべ……」

「どうした」


 そのまま動かなくなったので大和は顔をのぞきこんだ。


「腹でも痛いのか」

「忘れてた……」

「忘れてた?何を」


 そう言うとガバッと良八は大和の胸ぐらをつかんだ。


「なんだよ!やめろシャツが伸びる!」

「あんた、この街の人間なんだよな。ここに詳しいんだよな」

「この街の人間っていうか……。大学に通うために住んでるだけでここの出身じゃねえけど」

「どっちでもいい!この街のこと知ってるんだろ!」

「そりゃまあお前よりは?」


 よしっ、と小さく言って良八は言った。


「大和。俺を手伝ってくれねえか」

「どうしたんだよ。手伝うってなんだ」


 良八は懐から何かを取り出した。


「俺はこれを追ってここに来たんだ!この街にあるはずだから、探してるんだ」


 そう言って良八は紙を広げた。

 それを見て大和は一言。


「ていうか絵下手すぎてなんも伝わってこねえんだけど」



「なにこれお前の絵……?ていうか字も汚い!なにこれつぶれたコロッケか?」

「ころっけ……?ってのがなにか知らないけどこれは師匠の絵と字だ」


 よっぽど絵心がない師匠なんだなと思った。

 これならそこらの小学生の描いた絵のほうがまだマシだ。


「でこれはなんなんだ?」

「ちょっと待ってろ。……紙と墨ある?」

「墨はねえけど」 


 大和はメモ帳とマジックペンを渡した。


「なんだこれ……。書きにくいな」


 ぶつぶつ言いながら良八はペンを動かした。


「よしできたぞ!」


 そう言って描いたものを大和に見せる。


「いや、変わらねえよ!」


 良八から紙をひったくって大和はそれをじっと見た。


「コロッケがメンチカツに進化したぐらいの違いだろ……」

「なんだ?めんち?」


 理解できないという顔をして良八は言った。


「絵と文で伝わらねえなら口で伝えたほうが早いな」


 じゃあ最初からそうしろと思う大和である。


「それは金の鏡だ」

「金の鏡?」

「ああ。混じりけのない金でできているからそれ自体が価値あるものだと同時に、その鏡は吉凶も占うことができるとされている」

「便利だな」

「だから、古くから朝廷、幕府の裏、とにかく権威の集まるところを中心に移り渡っていた。だが、とにかく最近は武に優れたものがいない。特に一般人は。それで、数年前から師匠がそれを預かっていたんだ」

「師匠、ってお前の?」

「そう。師匠は最強の忍だからな」

「……」


 サラッと最強、と言ったところには口をはさまないでおいた。


「だとしても、なぜなくしたんだ」

「あー……。それは」


 急に歯切れが悪くなる良八である。

 きょろきょろとあたりを見渡す。


「そういやお前、昨日連れてた猫はどこ行ったんだ。たしか寝るときにはいたと思うが」


 ガササっとそのときタイミングよくベランダの外に立っている木が揺れた。


「なんだ?」


 昨日のトラ猫が姿を現す。今気づいたが首元に赤い風呂敷のようなものを付けている。


「万両丸!てめ、コラ。どこ行ってやがった!」


 どことなくフラフラと歩いている猫を見て大和が言った。


「おいなんか様子がおかしくねえか?」


 良八が万両丸をつかむと、思いきり逆さに振った。

 チャリン、カラ、ガラ。

 金属質な音を立てて何かが落ちてくる。

 小銭、ガラス玉、ネックレスのチェーン部分、はては小さな銀食器まで。


「ど、どこからこんなに出てきやがった」


 それを手に取って良八を見ると思いっきり目をそらした。


「……という次第でありまして」

「……つまり、てめえのドロボウ猫が師匠からかっさらっていったと」 


 大和は冷たい目線で猫と飼い主を見た。


「ドロボウ猫なんて言うなよ!」

「事実だろうが」

「取り戻すまで山に帰ってくるなって蹴り出されたんだ」

「そういうことか。事情はわかったぜ」


 ぽん、と大和は良八の肩を叩いた。


「まあ、頑張れ」

「薄情者ー!」

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